【閑話】小さな恋のバレンタイン

 街中が赤とピンク色のハートで埋まりお店に行けばバレンタインフェアだらけ。

 小五の舞川誠也はバレンタイン?そんなの関係ねぇ!!と友達と草野球をしに学校から帰ると鞄を置いてグローブを持ち出した。

 ふとテーブルを見ると出かけた母ちゃんと姉ちゃんがいつもの板チョコをボンって置いていた。


 …これじゃないよな。板チョコ現物だよ!作るか買うかしろよ!いや板チョコも買ったやつだけどさ!!

 すると中二の兄ちゃんの高志が帰ってきた。


「よぉ…誠也…なんかさ、今ポストになんとチョコが入っていたんだ!俺とお前にって!誰だろうなー??」

 と凄く白々しい演技をしてどっかのコンビニで売ってそうなチョコを俺に渡した。

 俺は溜息を吐いて貯金箱から兄ちゃんに500円を渡した。


「あのさ…変な気使うなよ!いいよ兄ちゃん!」


「うっ…誠也!ごめんよ!毎年板チョコがあんまりだと思ってさ!!それにこれ300円だから!200円返すから!!」


「……い、いいよもう…俺友達と野球してくる!」

 いたたまれなくなり俺は駆け出した。

 玄関を出て階段を降りると詩織が下から上がってきた。


「あっ…野球?」


「ああ…」


「ふーん?何時まで?」


「…18時」


「ふーん…いってらっしゃーい」

 美少女の詩織は学校でも同じクラスの男子に今日はチョコを配りまくっていたらしかった。

 詩織とはクラスも違うし俺は貰ったことないけど。思えば団地内で幼馴染でもチョコとか貰ったことねーな!こいつっ義理もくれねーのかケチめ!

 と何度思ったことか。まぁいいや。

 詩織にもいつか本命ができるんだろうし幼馴染として温かく見守ってやるか!


 そして俺は草野球の河川敷に着いて皆と準備した。詩織と同じクラスの友達が


「松原さんから貰ったんだー!いいだろー!!」

 と小さな透明な袋に入った明らかに義理だと判るやつを自慢されてもな。


「どうせ皆に配ってたんだろ?」


「でも誠也お前は今年も貰ってないな?幼馴染なのに可哀想に!」


「単に材料が尽きたんだろ?クラスの男子全員分の作るのなんて大変だろう?」

 俺はちょっとイラっとしたが野球でストレス解消した。


 夕方になり団地のアパートに戻る。団地内では夕飯を作るお母さんの料理の匂いがあちこちからしている。俺の家はいつも俺と高志兄や枝利香姉が変わりに作る。当番制だ。


 俺が階段を上がると詩織が立っていた。


「わっ!びっくりした!お前何してんだ!?寒いだろ?」

 マフラーを首に巻いて立っている彼女は薄暗い蛍光灯の下だがやはり美少女だ。

 皆から人気あるの判るな…。


「誠也18時って言ってたから…」


「言ったけど…まぁいいや、寒いからこたつにでも入ってけば?」

 俺はいつものように詩織を家に入れようとしたがグイっと袖を掴まれた。


 そんでズイッと箱を渡された。


「…え?」


「……チョコレートよっっ!!バカッ!!」

 と赤くなり言われる。


「…ん?んん…ああ、義理ねありがとう」

 と言うと詩織は怒った。


「あ、ああ…あんたバカじゃないのっ!!」


「はあ?何で怒られにゃならんのだ!義理じゃないなら何だこれは!!」


「うっ…!」

 ちょっと泣きそうになった美少女に俺はビクっとした。ええええ?


「どうした詩織?寒いのか?」


「寒いわよ!!超寒いわよっ!!じゃあねバカッ!」

 と自分のうちに帰っていく。

 寒いなら温まっていけばいいのに。


 部屋に戻ると兄ちゃんがドアスコープから覗いていたのか


「お前…ないわ…バカだろう」

 と言った。


「何だよ!詩織が気を使って皆で食べれるよう大きな箱のチョコをくれただけだろ?」


「うわぁ…詩織ちゃん可哀想に…とにかくそれは部屋で1人で食えバカ」


「部屋って兄ちゃんと一緒だろ」


「俺は夕飯を作る!姉ちゃんも帰ってこないし…、ま、昨日チョコ作ってたしな。俺たちのは板チョコだけど」

 と俺を兄弟の部屋に押しやり襖を閉めた。

 何だって言うんだ?


 俺は箱を机に置いて包装を破いて見た。ハラリとメッセージカードが落ちて見ると…

 可愛い字で

(初めて一生懸命作りました。ちゃんと全部食べてください!)

 の文字。ちゃんと皆で食えばいいんだろ?判ったってもう!

 と箱を開けて俺は石になった。

 チョコレートケーキの上にまだ文字があって…


 誠也好き


 と書かれていた。


 ………………。

 えっ?


 何これ?ドッキリ?

 俺は思わずカメラを確認したが当然ない。


「雪姉じゃないんだからあるわけねぇよな、カメラとか」

 え?じゃあこれ本物?


 ポンっと花がくるくる周り、俺の周りが一気に温かくなった。


 えええええええ!あいつ俺のこと好きだったのかあああああ!!!


 その時兄ちゃんが薄く扉を開けて見ていた。


「ににに…兄ちゃん…」


「お前ほんとにバカだな…しかしバレンタインの本命は10倍返しだ!覚えとけコラ!」


「10倍!!き、聞いたことある…」

 誰だそんな恐ろしいルール作ったやつ!!貧乏人に10倍返しとか酷だろうがっ!!


「返事はホワイトデーだぞ?焦って明日返事をするんじゃないぞ?ここはクールに行け!」

 と兄ちゃんがアドバイスした。自分は彼女いないくせに。


「ホワイトデーね…何をあげりゃいいんだ?マシュマロなんて俺作れないよ?あ、業務用買ってきて渡せばいいの?」


「お前はバカかっ!!それ渡してどうすんだ!何かアクセサリーとかだろ!」


「ええっ!?小遣い足んないよっ!!」


「新聞配達をしろ…知り合いのおっちゃんに頼んでおいてやる」


「お…おお…」

 と言う訳で俺は新聞配達をすることになった。

 2月でまだ寒いけど!


 枝利香姉ちゃんはその日深夜に帰ってきたらしいが俺が見たのは翌朝で長い髪がバッサリ切られていて仰天した。そういやテレビでE様の鬼ごっことかやってたしなぁ。雪姉の彼氏も大変だなぁ…。枝利香姉はそれでもにこにこしていたから良かった。枝利香姉の好きな人がまさかあんなダンディな初老とは正直ビビッたのはまだ先の話だ。


 玄関を出て学校に行こうとしたら詩織とばったり鉢合わせした。お互いなんか目線が泳ぐ。


「お、俺…明日から新聞配達始めるんだ!」


「え?なんで?そんなに家計が苦しいの?」


「いや…ほ、欲しいゲームがあるんだ!」


「ふーん…温かくして頑張って…」

 それだけ言うと詩織は先に行き、曲がり角で女友達と合流していた。


「…なんだあいつ…」

 ほんとに俺が好きなんだろうか?何かいつもと全く変わらんけど?どうしよう俺の勘違いであれはただの可哀想な奴に対するお情けの言葉とか…。


 うーん…。判らん…。

 俺は悩みながら学校へ向かった。

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