第72話 バレンタイン戦(後)

「鳴島!合流できて良かったよ!高級車に乗り込んで僕は一息つきバサリとカツラを被った。


「坊っちゃま…何という美少女に!!」


「うるさい!もうこうするしかなかったんだよ!!これならなんとか0時まで保つかもしれない!」


「ですが、雪見様のチョコは今日中に受け取らないのですか?」


「…そうだな…時奈さんは大丈夫か?」

 するとスマホが鳴り、出ると影武者の一人から連絡があり、時奈さんと枝利香さんが学校で親衛隊に襲われ逃亡中のことだった。


「なんてことだ!行かせるんじゃなかった!」

 影武者たちもマスクを剥がされ何人か捕まっているようだった。

 しかしこちらも暗くなるまで迂闊に動けない!

 とりあえず女のフリをしてビジネスホテルで夜になるのを待つことにした。


 *


「え…枝利香さん…髪っ」

 私は二つ結びを一つに纏めただけでダサい男子になっているけど枝利香さんは黒い長い髪をカッターでジョキリと切ってしまった!

 こんなバレンタインの戦争の為に!!


「髪なんてまた生えるし!…鳴島さんに嫌われるかもしんねーけど…ダチの為だし仕方ねーよ!気にすんな時奈!」

 とポンポン頭を叩かれる。


「でもどうするの?いくら私達が男装してもあまり迂闊に動けないよ?」


「しょうがねぇ!あそこに行くか!」

 え?どこ?


「カラオケだよ!まぁ男性店員が受付のとこ選ぼうぜ!」

 そうか!その手が!そして私達はカラオケ屋に身を隠したのだった。


 カラオケを流しながらお昼を食べて、


「でも枝利香さん…今日中に吉城くんに会えるかな?」

 そこでブブッとスマホが揺れた。

 吉城くんからライメだ!!


(牛丼さん!大丈夫?どこか怪我してない?)

 気を使ってまだ本名を言わず牛丼と鰻重でやり取りしていた。


(私はなんとか大丈夫!鰻重くんは?)


(大丈夫だよ!夜まで身を潜めてる)


(こっちも何とか身を潜めてるよ…今日中に合流したいね…)


(あの場所に来れる?)


(あ…あの場所に?)


(夜になるまで待って行動しよう…23時まで何とか隠れられる?)


(うん!頑張る!じ、実は私ちょっと変装してるの!)


(え?鰻重さんも?)

 さんもって…吉城くんも変装を!?何見たい!!

 すると一枚誰これと言うような美少女が送られてきた!


「わははは!すっげえ美少女!!!ウケる!!」


「ていうか負けたよね…」


「……時奈…とりあえずお前のも撮って送っておけ」

 と送ると

 いいなスタンプが大量に送られてきた。

 絶対にこれ笑ってるよ吉城くん!!

 悔しくて一応枝利香さんのも送ってみたら


(側で驚いてる人が後で美容院に行きましょうだってさ)

 と返ってきた。枝利香さんはちょっとだけ泣いたけどすぐにゴシゴシ涙を拭った。


「よし!時奈!時間まで歌うぞ!!」

 と音量をあげた。


 *

 22時半に僕はホテルを出た。街では偽Eがまだ出没していた。既に諦めて偽物にチョコを渡した女もいるようだが、慎重な女は数人で偽物を取り囲みマスクを奪い確認しているらしい。何て女共だ!


 僕は女装してカモフラージュのチョコ袋を用意した。ほんと何でこんなことに。

 やっぱりバレンタインは恐ろしい日だよ!

 公園までは歩いて行くことにした。

 そして親衛隊の女に呼び止められた。どっ、どうしよう!

 姿は美少女かもしれないが声で男とバレる!


「ねぇ貴方!E様は見つかった?」

 そこで僕は咄嗟に手話をした。


「お嬢様は口が聞けないのです!E様の為にチョコを渡そうと頑張っておられましたが流石にもう疲れたようでこれからお屋敷に戻られるそうです。さあ行きましょうお嬢様!お車はあちらに止めてますからね」

 と鳴島が誘導した。鳴島も微妙に変装している。


「わ、悪かったわね!口が聞けないなんて知らなくて…ううっ!どうせもうE様見つかんないからこれあんたにあげるわよ!」

 とチョコを渡されそうになる!

 ゲッ!!芝居が仇になったか!!


「申し訳ありません、それは貴方がE様にお心を込めて作られたものでしょう!?我々には貰えません!どうぞまだ諦めないでくださいませ…とお嬢様は申しております」

 僕はコクコクとうなづき手を振って去った。


「なんていい子なの?美少女だったしぃ!あんな子ならE様に相応しかったのにいい!!」

 と女は悔しがって泣いていた。


 僕は走った!ちんたら歩いているとまた声をかけられるかもしれないし早く会いたくて慣れない女物の靴で走る!

 そしてようやくあの公園についた。

 いつもは僕の方が早く着いているのに今日は逆だった。鳴島は側にいた枝利香さんの男装姿を見て手招きしてどこかへ行く。


「時奈さん!!」


「吉城くん!!」

 ブハっと二人で笑った。


「何その格好!!物凄く美少女だけど!!」


「時奈さんこそ!それ全然気付かないよ!僕たちは勝ったんだ!!」

 それから二人で今日の出来事を報告し合ってまた笑った。


「あ…でも…あの…一つ残念なお知らせが…」

 と時奈さんは涙目になる。


「?どうしたの?やはりどこか怪我が?」


「ううん、違うの!!」

 と時奈さんが震えながら袋を出した。


「走り回って…潰れちゃった…ごめんね…」

 ボロボロ泣き出して思わず抱きしめる。


「泣かないで…それちょうだい…」


「でも…潰れてるの…ううっ…」

 僕は受け取りラッピングをほどいて潰れたものを手で掴み食べた。

 ハグハグ食べる僕を時奈さんは驚いて見ていた。指に着いたチョコをきちんと舐め取り完食する。


「うん、やっぱり美味しいよ!最高!僕にとって1番嬉しいバレンタインだよ!」

 とウエットティッシュで指を拭いていると


「うっ…吉城くん!!」

 ガバッと時奈さんから抱きつかれて彼女は恥ずかしそうに言った。


「大好き…」

 と…。

 滅多に言わない時奈さんからの告白に僕は心臓が飛び出そうだ。


「これじゃいつもと逆だね…」

 と僕たちがキスを交わした頃、ようやく0時が過ぎた。


「終わった…」


「うん…やっと終わったね…」

 時奈さんは空になったチョコを見て


「また作る…ちゃんとしたやつ…」

 と決心していた。


「うんチョコもいいけど時奈さんのが甘いよ?とっても濃厚でコクがある……そろそろ帰ろうか…」

 時奈さんがいつもみたいに


「ひぐっ!」

 と声を出して真っ赤になった。

 僕は美少女の微笑みを浮かべてもう来年からは一歩も外に出ず二人だけで凄そうと決めた。

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