第7話 消えないモノ
俺は、痛む足を引きづりつつ、裏山の階段を上る。
途中、何度か転びかけた。
まだ大凶は有効なのだろうか?
もしここで転んだら、怪我だけでは済まない。
「もうすぐだ……」
見慣れた街並みを背に、ひたすらに階段を上る。
ようやく神社の鳥居がようやく姿を現す。
しかし、心なしかいつもよりも廃れているように見える。
恐らく、今日が新月だからなのだが、人の印象は光の当たり加減1つで変わるものだ。
「ついた……」
口元から噴き出る白い煙は、いつも以上に寒い夜であることを気付かせてくれる。
全力疾走によって温まった体は、寒さを忘れさせてくれた。
とりあえず、膝に手を当て息を整える。
「いた……」
「やぁ、お前か」
社の前に少女は立っていた。
いつもと変わらない袴姿に大きなリボン……
しかし、1つだけいつもと違うことがあった。
「ミサキ……」
「何だ?」
「その体……」
少女の体は半透明になっていた。
その体の奥に社が見える。
それは、もう少女には時間がなく、俺にできることは何もないことを示していた。
「消えるのか……?」
「そのようだ」
「何か思い残すことは……?」
「……」
少女は何も喋らない。
どんなことを思っているのだろう?
しかし、その表情さえ分からないほど、すでに消えかけていた。
「待ってくれ、少しだけ付き合ってくれ」
「消えるまでの間なら構わないぞ」
もう時間があまりない。
すぐさま、俺は用意したスコップを構える。
何度も掘り返すことはできない。
一発で当てないといけない。
日記に描かれた絵では、社を背に右手側に埋められているように見える。
「どこだ…どこなんだ…」
どうしようかと決めあぐねる。
買い物でも、最後の最後まで悩んでしまうのが悪い癖だ。
「参道は神様が通る道だから、通ってはダメだぞ」
「え……?」
このセリフ……聞いたことがあるような気がする。
そうだ、親父がそう言っていたのを思い出す。
もしかしたら……
俺は境内を走る参道から少し外れた右手に向かう。
「おりやぁぁぁ」
手に持ったスコップを思いきり振り下ろす。
可能なかぎり肩の動きをフル回転させる。
「頑張っているところ申し訳ないが、その行為に意味があるのか?」
「ある!」
「……」
「俺は……俺たちは君に会ったことがあるんだ!」
「そうか」
「たぶん、俺たちにとって君は大事な存在だった」
「……」
「母さんも俺も忘れていたんだ」
俺は手を休めることなく穴を掘り続ける。
急に声が途切れるのが恐ろしかった。
だから、ただただ話し続けた。
話しながらも体中から湧き出る汗は、頬を伝い地面に落ちる。
俺が出した水分を全て吸収する土は、俺への疲労をより高める。
「奴も覚えてはいなかったがな」
「え……親父も?」
「だが、奴はお人よしだった。私の正体を一緒に探してくれたのだ」
「そっか……」
「今のお前のように、お人よしだったな」
一生懸命に、彼方此方を回る親父の姿が目に浮かぶ。
たぶん、今の俺も同じくらい一生懸命なのだろう。
こうして穴を掘り続けていると、何か硬い物にスコップが跳ね返された。
「きた!!」
俺はその物の周りの土を優しくスコップですくい、箱を取り出す。
箱についた土を手で払いのける。
見つけられたことの喜びと達成感から、勢いよく少女の方を見上げる。
しかし……
「え……」
そこには、もう少女の姿はなかった。
先ほどまでそこに立っていた少女は、もうどこにもいない……
「嘘だろ……」
俺は唐突に虚無感に襲われる。
何をしても上手くいかない……そう錯覚させる。
言葉が何も出てこない。
街灯もない暗闇に加えて、静寂に包まれている神社で
何も考えずに、手に持っていたタイムカプセルを開ける。
手でも動かしていないと、世界に取り残されてしまう気がした。
「これは……」
タイムカプセルの中には、大きな画用紙と写真が1枚ずつ入っているだけだった。
写真は、旅行先で撮った家族写真だった。
この頃は、まだ幼い妹を仲の良いご近所さんに預けて旅行に行っていた。
そして、筒状に丸められた画用紙を開いて中を見てみる。
そこには、俺の絵日記と同じような絵が描かれていた。
「これ……俺の描いた絵だ……」
この絵には、妹の姿もしっかりと描かれている。
そして、さらに巻かれた画用紙を開いていくと、さらにもう1人の姿が見え始める。
ミサキだ……ミサキの姿がそこにあった。
「ミサキ……」
画用紙を持つ手がかじかんで動かなくなる。
いつも間にか、顔も凍りついている。
心まで凍り付きそうな寒さだ。
そうして、画用紙を最後まで開く。
そこには、ただ一言汚い文字でこう書かれていた。
『わがやのまもりがみ』
その瞬間、俺の脳裏にはミサキの姿が駆け巡る。
全てを思い出した……
そうだ……そうだった……
ミサキはずっと俺たちのことを見守っていてくれたんだ。
なのに、最後まで感謝の言葉を述べることさえできなかった。
「ミサキ、今までありがとう……」
「なるほど。どういたしまして」
「え……?」
振り返るとそこには、消えたはずのミサキの姿があった。
先ほどまでとは異なり、微かに笑みを浮かべている。
「どうして……?」
「言っただろう。私の存在は信仰心によって保たれていると」
「あ……」
「お前は私を本来の姿である守り神として感謝の念を述べてくれた」
あの時は、つい衝動的になっていた。
声を震わせて口にした感謝の言葉に、俺は少し恥ずかしくなる。
「だから、私はここにいる」
「そっかぁ」
俺は体中の力が抜け、地面に座り込む。
さっきまで忘れていた痛みを、脳が急に思い出したせいでまともに思考できない。
そのまま、俺の意識は闇の中に閉ざされた。
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