第6話 過去の思い出

帰宅したのは、夜の8時頃。

辺りは闇に包まれ、頼りない街灯だけが輝く。

何故かいつもよりも暗い気がする。

親父の古書店の前を通ると、まだ明かりがついていた。

古書店のドアを開けて、店番をしているであろう2人の名前を読んでみる。


「茜? 亮?」

「あれ、幸哉くん!? どしたの、その傷?」

「多智花、救急車を呼ぼうか?」


茜は返事をしたの同時に、興味深そうに俺の基に駆け寄る。

亮は、俺の姿を見て真っ先に行動をとろうとする。

2人とも俺のことを気にかけてくれる。

それはとても嬉しかった。


「大丈夫大丈夫、少し転んだだけだから」

「本当に?」

「あまり無理はするなよ」

「2人ともありがとう。店はどうだった?」


このありがとうには”心配してくれてありがとう”という意味だけではなく、”店番を務めてくれてありがとう”という意味も含まれていた。

気恥しいから、少し手間を省いてしまった。


「今日は3人来てくれたよ! しかもなんと、そのうちの1人は1冊買ってくれたのです! ぱちぱちぱち~」

「どうやら、その3人は昔からの常連だったようだ。親父さんがいなくなって寂しがっていたよ」

「なるほど……面倒事を押し付けて悪かったな」

「何を言ってるんだ。そんなの、当たり前だろ。ところで……そっちは何か情報は掴めたのか?」


その話題になることは分かりきってはいた。

しかし、いざ聞かれると何と答えようか迷う。


「京都に訪れてたことの確認は取れたけど、足取りは掴めなかった」

「そうか……大変だったな。店じまいもやっておくから、多智花はゆっくり休め」

「そうだよ! あとは、まっかせて~」


2人の申し出をありがたく受け、俺は家に帰ることにした。

体中が痛む。

明日は古書店を開けることはできないなぁ……

古書店から自宅まではそれほど離れていない。

にも関わらず、俺はマラソンでもしているのかと思うほど、道のりは遠く感じた。


「ただいま……」


家に着いたのは何時頃だったのだろうか?

よく覚えていない。

母さんは、何も聞かずにいてくれたことだけは、鮮明に覚えていた。


***


鳥のさえずりは、いつもよりも激しく聞こえた。

頭にはまだ靄がかかっていて、上手く思考することができない。

昨日は、風呂に入らず、夕食を食べることもなく寝てしまったような気がする。


「痛っ……」


体を起こそうとして、初めて昨日の怪我の痛みが全身を駆け巡る。

痛みによって寝ぼけた目も完全に覚め、ようやくベッドから起き上がる。

”コンコンコン”

扉を叩く音が聞こえる。


「はーい」

「お兄ちゃん、ご飯だって~」

「分かった、すぐ行く!」


妹はそのまま階段を下りていく。

俺と妹の2人は2階に部屋があり、母さんと親父は1階で寝ていた。

今では母さん1人だけになってしまった。


「母さん、おはよう」

「あら、おはよう」


目の前にはいつもと変わらない朝食が並ぶ。

魚に味噌汁と、定番メニューだ。

口に入れなくても絶品であることは、容易に想像できた。


「あれ、優奈は?」

「遊びに行ったわよ。もう特に朝ごはんは食べ終わってるからね」

「そうなんだ……」


妹は、よく友達と遊びに行く。

おそらく、今日もカラオケだろう。

口にご飯を含みながらそう推測する。

俺は改めて母さんの顔を見つめる。


「どうしたの?」

「いやぁ、何でもないんだ。いつも通り奇麗だなぁ~と思って」

「なぁ~にそれ?あなたもイケメンよ」


母さんは変わらない笑みを浮かべてくれる。

台所をチラ見すると、親父の食器が並べられていた。

母さんはいつ親父が帰ってきても、すぐに食器が使えるように毎日準備している。


「母さん」

「どうしたの?」

「母さんは、神様を信じてる?」

「急な話だね。ん~信じてるかな~」

「どうして?」

「だって愛する夫が信じていたんですもの」

「その親父が帰ってこない原因が、神様かもしれなくても?」


俺はつい聞いてしまう。

この質問は、昨日聞いたことが影響していたのは間違いないだろう。


「もし、そうだったとしてもよ」

「そっか……」

「お父さんのことは大乗だから、自分のことに集中しなさい」

「はい……」

「今日は古書店はお休みね。しっかりと休息をとるのよ」


母さんは俺のことを心配してくれている。

でも、俺は母さんにこそ、自分自身を心配して欲しいと思う。

今日は外出することは出来そうにない。

食事を食べ終わり、母さんに言われるがまま自室へと戻る。


「何もすることないなぁ……」


ベッドで横になり天井を見つめる。

体中の力を抜き、抵抗せずに眠りの海の底に沈んでいった。

うつうつとしていた時、ふと視界の端に1冊の本が目に入る。

親父の古書”ひとりの旅路”だった。


「親父……」


俺は1ページ1ページじっくりと読む。

内容は至ってシンプルなファンタジーだ。

ただ、主人公が誰からも忌み嫌われ、ひとりで旅していることが特徴だろう。


「誰からも忌み嫌われる……か……」


誰からも信仰されない……少女の顔が脳裏に浮かぶ。

昨日、別れてから、少女のことは考えないようにしてきた。

改めて考えてみても、不思議な少女だったなぁ……


「ん?何か挟まっている?」


本には紙が何枚か挟まっていた。

紙には文字がビッシリと書き連ねられていた。


『今日は出雲に行くことにする。出雲大社に行けば何か分かるかもしれない』

『収穫は無し。彼女のは申し訳なく思う。まだ次がある』


どの紙にも少女とのことが述べられていた。


『明日は伊勢神宮に向かうことにする。何か手掛かりが得られればいいのだが……』

『収穫なし…… 早く尻尾だけでも掴まないと、彼女が消えてしまう前に……』


日に日に焦りが募っていく様が、文字から容易に読み取れた。

少女が神様であることも、もうすぐ消えてしまうかもしれないということも、すでに知っているようだった。

親父がそこまでしようとしていた、自称神様だと名乗る少女”ミサキ”……

親父は、そんな大切な少女を放っておくような人ではない。


「そうだ! この本みたいに書斎にある他の親父の本から、さらに手掛かりが手に入るかも!」


俺は急いで1階に降りる。

親父が成し遂げようとした少女の救済……

それだけでも、俺が何とかしてあげたい。

そうしないと、親父に顔向けできない。

母さんは、ソファーで寝ていた。

最近、夜もぐっすりと眠れていないことは知っていた。

だからこそ、早く戻ってきて欲しいと思う。


「母さん、おやすみ」


俺は電気を消し、親父の書斎の扉を開ける。

しかし、そこにほとんど本が残されていなかった。

どうやら、書斎にあったほとんどの古本が古書店に持って行かれてしまったようだ。


「手掛かりはなさそうだな……ん?」


とりあえず数少ない本に目を通す。

しかし、これといった手掛かりは見つけられない。

諦めかけた時、俺は薄い1冊のノートを見つけた。


「これは……?」


それは、俺が幼稚園児だった時に少しの間だけ書いていた日記だった。

こんなところにあったのか……懐かしい。

俺も親も、すっかりと忘れてしまっていた。

ノートを開いてみると、幼い頃に書いた汚い文字だけでなく、絵とも言えないような絵も描かれていた。


「こんなの書いてたっけ?ほとんど覚えてないけど懐かしいなぁ……」


時間を忘れて読みふける。

プロの作家が書いたわけではなく、幼稚園児の落書きだ。

しかし、何故か引き込まれる魅力があった。


「これは親父かな?これは母さんだ。間違いない!それで、これは……」


そこには母さんとは別の女性が描かれていた。

とても優しい笑顔でコチラを見つめている。

誰だろうか?

妹はまだ幼いから違うはずだ。

じゃあ、この女性は……


「この絵の背後にある紅い四角……鳥居じゃないのか?」


もしうだとするなら、どうして俺の日記にミサキが……

そのページの文章を読むと気になる言葉が書かれていた。


『たいむましんうめた たのしみ』


タイム…マシン?

いや……違う、タイムカプセルだ。

俺はタイムカプセルを神社の境内に埋めたんだ。

そうだ、そうだった!

もしかしたら、このタイムカプセルの中に何かヒントが隠されてるかもしれない。

俺は高揚し、勢いよく立ち上がってしまった。

そして、辺りを見渡すと、夕方になっていることに気付く。

これから、どんどん辺りが闇に包まれ始める。

俺は何も考えることなく、走り始めていた。


「母さん、裏山の神社に行ってくる!」

「え?どうしたの、急に」

「あとで話すから!あと、スコップ借りる!」

「え……えぇ……気を付けるのよ~」


母さんはよく分かっていない状態だけど、いつものように送り出してくる。

目の前には大きな山が見えてくる。

目的地はすぐそこに迫ってきていた。

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