第3話 少女と京都

朝がやってくる。

辺りを照らす光は、いつも以上に温かい。

今日は土曜日で、大学も休みだ。

おかげで、いつもよりもゆっくりと眠れた。

着替えを済まして、1階に降りると台所に母さんの姿が見える。

親父が失踪してから、母さんは内職を始めた。


「母さん、おはよう」

「あら、早いのね」

「うん。今日は試しに親父の古書店を開いてみようかなと思ってるんだ」

「そうなの? 無理はしないでね」


無理はしないで欲しい…俺も母さんにばかり無理はさせられない。

親父の店を継ぐというのは、古書店を途絶えさせたくないし、それに少しでも収入が欲しいという思いがある。

でも、本当は親父に憧れていたからというのが一番大きい。


「あと明日、京都に行こうかなって思うんだけど…良いかな?」

「京都? どうして?」

「うーん……ちょっと、古書を探しに」

「あらあら、お父さんに似てきたわね。別に構わないわよ」


母さんは、親父のことをあまり心配していない。

"フラッと帰ってくるわよ"

いつもそう言っている。

けど…母さんへの負担は、かなり大きくなっているはず。


「今日の朝ごはんは、鮭の幽庵焼ゆうあんやきとお味噌汁よ」

「美味しそう……母さん、いつもありがとう」

「急にどうしたの?いいのよ~これが私の務めですからね~」


俺は朝食を勢いよく食べる。

母さんの料理はいつも美味しい。

俺には母さんと親父以外に、妹がいる。

おそらく妹は、今日も大学なのだろう。

というのも低学年は、土曜日にも講義があるからだ。


「ごちそうさま。母さん、行ってきます!」

「いってらっしゃい。多智花古書店をよろしくね」


いつもの優しい笑顔と温かい声で、母さんは俺を送り出してくれる。

親父が行方不明になる時もそうだった。

あの時は、親父が返ってこなくなるなんて思いもしていなかった。

こうして家を後にして、古書店へと歩き始める。

位置関係で言うと、自宅から古書店には徒歩で10分程度の位置にある。

表通りは通学路になっており賑やかな一方、古書店が位置する裏通りは閑散としている。

いつもの街並みを黙々と歩き、多智花書店へと辿り着く。


「昨日の整理以来だ…外から見ると、内装は随分と奇麗になったと思う」


俺は多智花古書店の入口の鍵を開ける。

飲食店とは異なり、古書には消費期限はない。

だからこそ、ただ座して客を待つのみだ。

正直、その程度の軽い気持ちだったことは否定できない。


「はぁ……寒ぅ……」


ここには暖房設備が備わってはいるが、今は使用していない。

少しでも節約しなければならない。

看板を店の外に設置し、それから店内で座って待っていたものの、客がやってくる様子はない。

そもそも、ただでさえ人通りが少ないのに客など来るはずもない。

しかも、最近の若者は古書には興味ないというし、この古書店の立地条件は最悪なのかもしれない。


「やっぱり、そう上手くは行かないもんだなぁ……」

「君……」

「え?」

「君が、ここの店主か?」


目の前にはいつの間にか、少女が立っていた。

初めてみる顔だ。

見た感じ中学生のように見えるが、古書に興味があるとは思えない。

それに、とにかく服装が変わっていた。

矢絣柄の袴に、大きなリボンをしている。

いつの時代なんだ……


「はい……そうですけど……」

「もっと、渋い男が店主だった気がするのだがな」

「えと……多分それは俺の親父です。今は、俺が店を継いでいます」

「ほぉ……じゃあ、この本を購入しよう」

「あっ、はい。ありがとうございます。ってあれ、この本は……」


少女が購入しようとした本は、”日本の神様図鑑”という古書だ。

この本……隠れて見えていなかったが、付箋がたくさん貼ってある。

さらに中を見てみると、取材協力の欄にマーカーで線が引かれていた。

そこには、京都府京都市にある須賀神社と書かれていた。


「京都……」

「商品の状態は、かなり悪いようだな」

「え……?」


気が付くと、少女は書籍の中を覗き込んでいた。

すぐ目の前に少女の顔がある。

なのに、何故だろう?

まるで、本当はそこにいないのではないかと思える不思議な気分に襲われた。


「す…すみません。購入はどうしますか?」

「うーん、じゃあ購入は次の機会にしよう。それまでに可能な限りのクリーニングを頼む」

「はい、しっかりと行っておきます。本当に、誠に申し訳ありません」

「んー、私はミサキという」

「あ、はい。えと、どうして名前を?」

「今後ともご贔屓にするためだ」

「は……はぁ……」


それだけ言うと、ミサキは店から出ていく。

風のように去っていった。

一体、何だったんだ……

結局、その日は他に一人も客は来なかった。

家に帰って今日のことを母さんに報告したが、母さんは特に気にも留めていないようだった。

そしてその夜、俺は明日に備えて茜に電話をかける。


「もしもし」

「もっし~♪幸哉君、こんな時間に一体何なのかね~?」

「こんな時間に悪いな…なぁ、茜」

「ん~?」

「たぶん誰も来ないとは思うんだけど、明日さ…多智花古書店の店番を頼めるか?」

「え~いいけど、どしたの?」

「ちょっと、京都に行ってくる」

「えぇ!!いいなぁ~ずるいずるい!」

「お土産買ってきてやるから頼むよ」

「むぅぅ。じゃぁ、亮君も巻き込んじゃお~っと!」


亮…ご愁傷様

こうして、明日の店番を茜と亮に任せて、俺は京都に行く準備をする。

まずは須賀神社に行こう。

こうして俺は決意を改める。

親父の何かが掴めるような気がしてならなかった。

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