第2話 来訪者
夕方になり、大通りは下校する生徒で溢れる。
今よりも遅くなると、会社人で溢れかえるのがいつもの光景だ。
これは、そこそこ人が多い中核市のよくある姿でもある。
そんな街の裏通り、ひっそりと佇むのは”多智花古書店”
「よし…開けるぞ」
昨日の夜に来た時とは、様子が異なる。
人間は光の当たり方1つで、物への印象が大きく変わるものだ。
今日は昨日とは異なり、友達の2人も連れてきている。
素人の泥棒でも簡単に開けられそうな古い鍵を開け、古書店の中に入る。
古書店の中には、泥棒も素通りするくらい古びた本の数々。
「うわぁ…凄く埃っぽいな」
「おっ邪魔しまぁ~す♪」
古書店内部には、本棚が所せましと並んでいる。
狭い店なのに本棚が3列、その間を通る通路が2列ある。
親父の店は2階建てで、1階の古書販売がメインだった。
2階は親父の休憩部屋だが、数少ないお客さんの試し読みスペースとして開放していた。
そんな思い出の店内を歩き回り、本を整理し始める。
「これって並び順とか決まってるの?」
「いや…適当だと思うけど…」
「おほぉ~、これは官能小説ですな~♪」
官能小説に反応するというのは、茜らしさが前面に押し出されている発言だ。
彼女がいると、こういった面倒な作業も楽しくなる。
こうして、俺たちは埃だらけの部屋を奇麗にしていく。
そして、年代別に整理し棚に並べていく。
「これは雑誌かぁ…」
「ねねね!これって新古書だよね?」
「そうだなぁ…新古書コーナーと雑誌コーナーを作ろうか?」
ランダムに置かれていた古書が整理されていく。
整理し終えたのは、もう日が沈んだ後の午後7時。
2人には迷惑をかけてしまった。
あとで何か奢ろう。
「あっ、あたしの家にある古書、寄贈するね♪」
「俺も持ってこよう」
「そんな…気を使わなくてもいいのに…」
「ただでさえ、親父さんが行方不明で大変なんだから、これくらいさせてくれ」
「そうだよっ!遠慮しないで~♪」
「ありがとう」
持つべきものは友達と言うが、それは間違いないと思う。
そろそろ帰ろうと、店の入り口まで皆で向かう。
そして、最後に振り返って店を眺める。
整理したことで、とても美しくなった。
けれど、慣れ親しんできた”親父の古書店”ではなくなってしまったような気がする。
「あのぉ…すみません」
突然、入り口のドアが開き、トレンチコートを着た大男が入ってくる。
身長は180 cmを超えるほど高い。
そしえ、その男の手には不釣り合いな小さな古書が握られている。
「で…でっかぁ…」
「えと…何か御用でしょうか…?」
茜は目を輝かせて男を見上げている。
俺は店主…代行として、可能な限り丁寧に対応する。
とはいえ、その大男からは怖い雰囲気は微塵も感じない。
「多智花隆殿はいらっしゃいますかな?」
「親父…?」
「ん?君は隆殿の息子なのかね?」
「あっ…はい」
「なら、この古書を親父殿に渡してもらえるかな?」
大男は手に持っていた古書を渡してくる。
その表紙には『精霊の国』と書かれていた。
「精霊の国…そういえば親父は精霊とか神様とか好きだったっけ…」
「確かに返したよ」
「あっ、あなたは?」
「名乗るほどの者ではないよ。ただ、僕は親父さんの大学時代の同級生だった。ただそれだけだ」
「親父の同級生…」
「去年の秋に、たまたま彼と会ってね。その本は、その時に借りた物だ」
「それを、わざわざ返しに?」
「あぁ、年が明けたら返してくれと約束していたからな」
大男は優しい笑みを浮かべ、店を出る。
店の外を照らす街灯は、闇の中にトレンチコートを浮かび上がらせる。
大男は、立ち去る間際に振り返る。
「そういえば、一月ほど前に京都に行くと言っていたが、親父さんは楽しんできたのかね?」
「京都!?」
「おっと、プライベートに分け入ってしまってすまないね。親父さんに伝えておいて欲しい。ありがとう、おかげさまで上手くいったと」
「は…はぁ…」
「若者が頑張っているのを見ると、微笑ましくなるな。では、少年たちも大志を抱いて頑張りなさい」
「はっ、はい!!」
こうして、大男は闇の中に消えていった。
しばらくの間、沈黙が訪れる。
突然の大男の来訪、そしてあっと言う間の出来事に呆然としていた。
「何かすごい人だったね…幸哉くん」
「なぁ多智花…あの人、京都って…」
「あぁ…もしかしたら大きな手掛かりが得られるかもしれない」
親父は京都に行った。
それが分かっただけでも大きな収穫だった。
もしかしたら親父が見つけられるかもしれない。
きっと、期待からくる笑みを浮かべていたのだろう。
俺はそんな逸る気持ちを抑えて、その日は茜や亮と解散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます