第8話
✿―✿―✿
アリサ達は祐希が通う青陽女子高等学校へと辿り着いた。
「ここが立花祐希の通っていた高校だ」
通用門に着くと透がアリサに言った。
アリサは門から見える学校の校舎を見る。白いコンクリートで建てられた校舎は汚れが一つ無く綺麗で、校舎の傍には花壇があり可愛らしい小花達が咲いていた。
そして、校舎の上部中央には学校のシンボルである紋が刻まれている。正に、私立の女子高。いかにも清楚で頭の良さそうな学校だった。
「ここが女子高ですか」
「因みに斎藤美琴がいる高校は、ここから一駅の男子校だ。なんでも校長同士の仲が良いらしくてな、年に二度この二つの高校で交流会をするらしい」
透はメモに書かれている内容をアリサに伝える。
「学校同士の交流会というか、まぁ勉強だな。で、その次の日は女子高でってのが、ここの行事の一つらしいぞ」
「なるほど」
(確かに、それは恋に落ちやすいかもしれませんね)
アリサは内心二人の恋の始まりに納得すると、アリサと透は通用門を通りそのまま事務室へと向かった。事務室に向かうと、事務員から来客用の名札を貰いスリッパに履き替える。
「さて。先ずは一階からですね」
アリサのその言葉に透があからさまに嫌な顔をする。
「もしかして、全部見て回るのか……?」
「当然です。色んな霊に聞き込みします」
「マジかよ……」
そう言うと透は心の中で「人でも聞き込み。霊でも聞き込みってか。いや、俺には見えないし聞こえないからいいんだけど……体力が……」とぶつくさと思っていたのだった。
また肩が重くなることに「はぁ……」と、項垂れる透の肩に手を置き微笑むアリサ。透は、そのアリサの笑みに嫌な感じがした。
「神崎さん。出来るだけ多くの霊を引き寄せて下さいね♪」
嫌な予感的中。寧ろ、予想通りだ。
透は、アリサの腹黒さに再びガクリと項垂れたのだった。
その数時間後。
透とアリサは一階から順に、生徒に聞き込みをしつつ学校でさ迷っている浮遊霊を集めていた。
最初は普通だった透の顔も次第に厳しくなり、身体も幽霊の重みに耐えきれず段々猫背になってきている。今では、壁を頼りに踏ん張っている状態だ。
「ぐっ、ぬぬっ……ア、アリサ……もっ、もう無理……おっ、重っ!」
「はぁ、情けないですねぇ〜」
「あ、あのっなぁ! こちとら余計な物を、かっ、抱えてるんだぞっ!?」
「わかりましたよ。そうですねぇ。あ、丁度、三階まで来ましたし屋上に行きましょう」
そう言うとアリサは透を残してスタスタと屋上へと向かう。その一方で透は、手すりに這い蹲りながら階段を一段一段上っていた。
傍から見たら、どう見ても変な人に見えるだろう。案の定、通り過ぎる女生徒達は訝しげな目で透のことを見ていた。
すると、ひょこっとアリサが上から顔を出し「神崎さん、早くして下さい」と、透に言った。
透はその言葉に「お前なぁぁぁ! くっそぉぉぉ!」と心の中で言うと、透は額に青筋を浮かべながら半場やけくそになって階段を勢いよく上り始めたのだった。
そして、屋上に着くと透はその場でバタッと倒れた。顔にはじんわりと汗が浮かんでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「遅いです!」
アリサの白い頬がお餅のように膨れている。まるで子供のように可愛らしく見えるが、今の透にとっては憎たらしく見え、その頬をぶにっと潰したくい衝動に駆られていた。
しかし、体が重すぎてもう腕すら上がらない。このまま東京湾に沈めれるぐらい全身が重くて動かなかった。
そんな透のことなどつゆ知らず、アリサは透の側まで歩み寄と透の頭と肩をポンポンと何かを払うように叩いた。
すると、体がスーッと楽になったのか透の顔色が見る見ると良くなった。しかし、体力が尽きているのか顔色が良くなってもバタリと倒れたまま動かない。
そんな透の隣で、アリサは空に向かって話しかけていた。
「あの、皆さん。ここまで無理矢理連れて来てしまい申し訳ありませんでした。一人一人聞くと時間がかかってしまうので、このような行動をとらせていただきました。早速なのですが、誰かこの女性の事を知りませんか?」
そう言いながら、アリサは祐希の写真を鞄から取り出し幽霊達に見せる。集まった幽霊の数は数十人。さすが、最も幽霊が集まりやすい学校だ。
学生時代に未練が残っているのか、集まった幽霊は老若男女お幅広くなぜか猫の幽霊も中には居た。
集まった幽霊達はアリサが持つ写真を見るとお互いに顔を見合わせ首を傾げるか、横に振るかしかいない。
そんな大勢の中の一人の幽霊が「えっ!?」と、声を上げた。
「それ、私!? どっ、どうして私の写真!? 何で何で!?」
いまだ倒れている透を見下ろすアリサ。するとアリサは透の横腹を足先でツンツンとつついた。
「神崎さん、いい加減起きて下さい。彼女いましたよ」
「なにっ!?」
透はアリサのその言葉に慌てて顔を上げる。アリサは自分の手を透の前に差し出し、透は差し出されたアリサの手を握り返すとアリサ同様に空を見上げた。
「……うわ、また大量に釣れたなぁ。さすが俺。で、例の立花祐希は? おーい、どこだぁー?」
透は空をキョロキョロと見回す。それらしい幽霊に「お前か?」と、声を掛けても首を横に振る幽霊達。
すると、その幽霊達の奥から「あ、あの。ちょっと、すみません。通してください」と、女の子の声が聞こえてきた。
沢山の幽霊をかき分けるようにアリサ達の前に現れたのは、この女子校の制服を着たポニーテール頭の女子学生だった。
「あんたが立花祐希か?」
「はい、そうです」
祐希がそう言うと他の幽霊達がざわつき始め「あのぉ……話の途中であれなんですけど……私達はもう行ってもいいですか?」と、他の幽霊が言った。すると、アリサがニコリと微笑んだ。
「はい。皆さん、ご協力ありがとうございます」
深々と頭を下げ幽霊達にお礼を言うアリサ。
「あ、もし、これからどこかに行くのなら『幽霊喫茶探偵事務所』というお店がありますよ。幽霊でも飲食が可能な不思議な喫茶店なので、皆さんも久しぶりに珈琲でもいかがでしょうか? 場所は、渋谷内の幽霊さんに聞いて下さい。探偵業もやっているので、何かお悩みな方は遠慮なくご相談下さいね♪」
そうアリサが幽霊達に言うと、幽霊達は「は、はぁ……」と曖昧な返事をしそれぞれ散って行ったのだった。
透は、隣にいるアリサをジトーとした目で見る。
「密かに店の宣伝するんじゃねーよ……」
「これも仕事の内です」
ふんっと透から顔を背けるアリサ。祐希は、自分はどうしたらいいかわからずその場でオロオロしていた。
アリサは慌ててその場で取り繕い営業スマイルを祐希にする。
「あ、すみません! こんなお見苦しいところを見せてしまい」
「いっ、いえ。あの、それであなた達は一体……?」
祐希がアリサ達のことを尋ねるとアリサと透はそれぞれ簡単な自己紹介をする。
「俺は、警察の神崎透だ」
「私は、幽霊喫茶探偵事務所の副オーナーを勤めさせていただいております深海アリサです。お見知りおきを」
祐希は『警察』『探偵』という言葉に唖然となる。
「け、警察に探偵? それに二人共、こんな私の姿が見えるの?」
「いえ。霊が見えるのは私だけです」
「で、でも、この警察の人も……」
失礼極まりないとわかりつつも、つい指をさしてしまう祐希。アリサはそんな祐希に微笑み、透は眉を寄せ苦虫を潰したかのような顔をして。
「俺は見えねぇよ。見えているのは、こいつの力のおかげ」
「えーと……?」
透の言っていることが今ひとつわからず首を傾げる祐希に、アリサが「私が説明致しますね」と言って小さく笑った。
アリサには不思議な〝力〟がある。一つは、幽霊を見るて、対話できる力。
これは、云わば〝霊感〟の部類に入る。そして、もう一つは他人に霊を見せる力。
アリサに触れた者は、一時的に幽霊を見ることができるのだ。例えば、手に触れる・肩に触れる。一瞬の接触ならば何も異常は起こさないが、数分若しくは数時間アリサに触れた者は、アリサと同じ景色を見ることができるのだ。
故に、手を握っている透は霊が見えるというわけである。
また、透の場合は幽霊を無意識に無理矢理引き寄せてしまうという体質――つまり、変なところで霊感も強いので、見えるだけでなくアリサと同じようにその声も聞こえるという事だ。
全ての話を聞いた祐希は納得したように頷く。
「へぇー。世の中には不思議な人もいるんですねぇ」
「だよな。本当に変わってるよ、コイツ」
祐希は不思議な物を見るような目でアリサをまじまじと見つめ、透は祐希の呟きに同意見なのか何度も頷きながら言う。するとその瞬間、アリサの微笑んでいた口元がピクリと動き、アリサはギュッと透と手を繋いでいる方を強く握る。
「いだだだだっ!」
「あれ? どうしたんですか、神崎さん?」
「てっめっ!」
しらを切るアリサに透が怒りを見せる。「この性悪女! つか、握力強すぎだろ!?」と、口に出したかったが、ここで出せば更に酷い仕打ちが来ることは想定内。なので悪態は心の中でグッと堪え、透は意外と握力の強いアリサに驚いたのだった。
アリサは再び祐希と向き合い、ニコリと微笑む。
「私は美琴さんの依頼で貴女を探していました」
「美琴の!?」
「俺は違うぞ。こっちは事件の解決を願ってるんでね」
祐希は宙にフワフワ浮きながらアリサと透の二人をじっと見ると目を伏せた。その表情はどこか悲しい顔をしている。
「……そう、ですか」
「早速だが聞きたいことがある。事件直後の事は覚えているか?」
透がそう言うと、祐希は渋い顔をして小さく頷いた
。
なぜ透がそんな質問をしたか。それは、幽霊の中には、辛い時の記憶や逆に楽しかった記憶しか持たない者もいるからだ。
「覚えて、います……」
祐希が小さな声でそう答えると、透は祐希に「犯人は解るか?」と今度は尋ねる。
「はい……」
「それは誰だ? お前は、どうして殺された?」
「あ、あの……」
透が尋問のように質問するのに祐希が怯えた様子を浮かべると、アリサが空いている手で透の口を塞いだ。
「神崎さん。彼女に無理矢理問い質すのは止めて下さい。可哀想じゃないですか」
透はアリサの手から顔を背け溜め息を吐く。
「わかったよ……俺も悪かった」
「全く、見た目は中の上ぐらいなのにデリカシーとか性格は皆無ですね」
「お前に言われたくないわ。この甘党女」
呆れるアリサだが、透の余計な一言でカチンと来たアリサ。
「ふん! 貴方に言われたくないですね。この小動物マニア」
「んだと、こらぁ!」
「なんですか、このぉ!」
バチバチと、二人の間に火花が飛び散る。またしても、祐希はそんな二人にどうしたらいいかわからず、その場でオロオロとなっていた。
「喧嘩はよっ、良くないです!」
祐希がそう言うと、アリサが祐希に向かって笑みをこぼし「これは、いつもの事ですから」と、祐希に言う。すると、透が再び溜め息を吐き無造作に頭を掻いた。
アリサは祐希に気を遣い「事件のことは無理に話す必要はありません。それはとても辛い記憶ですから」と言った。
アリサの言葉に幽霊は小さく頷く。
「はい。でも、私……話します。私みたいに他の子もなってほしくないし、私が不安だから……」
そう言うと、祐希は深呼吸を二・三回繰り返し透とアリサに事の成り行きを語り出した。
「実は……この学校に変質者が現れたんです」
「変質者?」
透の言葉に祐希が「はい」と、返事をする。
「最初に気づいたのは……私の部活の後輩です。更衣室にカメラが置いてあることに気がついて、その子、先生に相談したんです。……でも、結局、その件はうやむやになって。先生も犯人を探しているのか探していないのかよくわからない状態になったんです」
「最低な先生ですね」
「だな。生徒を守るのも教師の仕事だろうが……ったく」
呆れて言うアリサと苛立ちを込めて言った透に、祐希が小さく微笑んだ。どうやら、その先生や学校がおかしいことに賛同してくれて少し嬉しいらしい。
祐希はそんなアリサ達を見て、止まっていた話を続ける。
「何もしてくれてないように見えたんで、私……自分で変質者を突き止めようとしたんです。それで、皆に内緒で色々と調べている内に……その変質者が学校の先生ってわかりました……。しかも、後輩が相談した先生だったんです……」
「なるほどな」
何となく予想がついた透に祐希は更に話を続けた。
「放課後になって、たまたま全部活が休みの日に私……更衣室に忘れた物があったのを思い出して、更衣室に向かったんです。そしたら人影が外から見えて、中の様子を見ると……そこ先生が新しいカメラを設置していました……」
段々祐希の顔が俯いてくる。よく見ると、幽霊の方が微かに震えていた。
それでも、祐希は話を続けた。
「証拠になると思って、その写真を撮ったんです。でも、鞄が壁に当たり物音をたててしまって私は……先生に見つかりました。それから先生に捕まって押し倒されて……な、殴られて……私、それでも抵抗して
……っ」
その時のことを思い出し、自分を守るように腕に体を回し震える祐希。
祐希はポロポロと涙を零しながら「それから私、走って他の先生を呼びに行こうとしたんです」と、言って話を続けた。
「無我夢中で階段を上っていると、先生に腕を掴まれて……その反動で私、階段から落ちたんです……。そこからの記憶はありません……。気づいたら、学校にいました……」
祐希は涙を手で拭い、話を聞いた透は眉を寄せ苦い顔をした。
「階段から落ちて頭を強く打ち死亡した、か。確かに体と頭部には打撲の跡があったが……殴られていたとはな。ということは……」
透は祐希が遺体で発見された時のこと……打撲のような跡だけでなく刺し傷があったことを思い出す。
頭の強打で死亡したのなら、祐希の体に刺し傷があるのはおかしいことになる。つまり、その刺し傷は祐希の死後に犯人が捜査撹乱のために付けたとしか考えられない。
怨恨かと思われたがそうでないこと……犯人が暴行だけでは無く死後も祐希に傷をつけたことに透は苛立ち小さく舌打ちする。そして、祐希にもアリサにも聞こえないぐらい小さな声で「胸糞悪い野郎だ」と、呟いたのだった。
しかし、アリサには透の思っていることが多少わかっていた。透が犯人に憤りを感じていることを。
透との付き合いもそこそこ長い。だからこそ、透が今どんな気持ちなのかも犯人に腹が立っていることもわかっていた。
横目で透を一瞥するアリサは、透の手をキュッと軽く握ると透が「なんだよ」と言いながらアリサを見る。
「……別になんでもないです」
「あ? ……変なやつだな」
透がそう言うとアリサはムッとした顔になり、少しでも透のことを心配した自分が馬鹿に思えた。だが、ここでまたいつもの様に憎まれ口を叩くと話がまた進まなくなる。アリサは透に文句を言いたい気持ちをグッと抑え透と祐希の話を聞く。
「それで、その先生の名前を聞いてもいいか?」
「……桂木先生です。数学教師で生徒指導の先生でもあります」
「わかった、礼を言う。後はこちらで調べよう。アリサ、後は頼むぞ」
「わかりました」
そう言うと握っていたアリサの手を離し、透は先に学校を出る。祐希とアリサはそんな透の背を見送ると、祐希はアリサにおずおずとした様子で口を開いた。
「あの……美琴は……」
「斎藤さんは神崎さんから話を聞かされた時、立花さんが亡くなったということを認めたくなかったそうです」
「そう、ですか……」
美琴に悲しい思いをさせたことに祐希の胸が締め付けられる。祐希は、美琴が自分を想って泣いている姿や何も連絡が来ない事、捜しているかもしれないという事にずっと不安で『既に死んでいる自分に縛られてほしくない』と祐希は思っていたのだ。
確かに想ってくれる事は嬉しい。けれど、いつかは前を向いて未来に向かって歩んでほしいと祐希は思っていた。だからこそ、祐希はアリサが言った『認めたくなかった』という言葉に少し悲しくなった。
すると、アリサがそんな祐希を見て話を続けた。
「ですが、それはいつか認めなければいけません。それと、美琴さんは最後に『伝えたいこと』があると仰っていましたよ」
「伝えたいこと、ですか?」
祐希が首を傾げると、アリサは微笑みながら「その事については、ご本人から直接聞いてください」と祐希に言った。
そして、鞄の中から携帯を取り出すとポチポチと操作し、再び携帯を鞄の中にしまい「ふぅ……」と息を吐く。
「これでよし、と。さて、立花さん、行きましょうか。斎藤さんが居る場所へ」
そう言って、アリサと祐希もまた学校を出たのだった。
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