第7話
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アリサと透は祐希が発見された場所へと辿り着く。
「ここが立花さんが発見された場所ですか」
現場は大方片付いているため入り口に見張りの警官は居らず、立ち入り禁止のテープだけが貼っていた。
透とアリサはそのテープを潜り現場の中に入る。廃屋なだけあって中は埃っぽく、今は使われていない錆びれた機械だけがいくつも置いてあった。そんな中、アリサだけは辺りをキョロキョロと見渡していた。
「神崎さんがだいぶ引き連れて来たので霊の数自体はやはり少ないですね。まぁ、今はですが」
「今は?」
アリサの言葉に透が腕を組みながら首を傾げる。
「ここは暗いですからね。霊は人があまりいない暗い場所が好きなんですよ。だから、今は居なくても後々また自然と集まって来るかと」
「なるほどなぁ」
そう言うと透はある方向を指さ「あぁ、アリサあそこだ」と言った。
「あの柱の下で立花祐希はビニールシートで包まれていた。おそらく、あの大量のビニールシートから引っ張って来たんだろう。で、第一発見者はそこら辺の備品を集めているホームレスだ」
そう言いながら今度は青いビニールシートがいくつも積んである場所を指さす透。アリサはその場所に歩いて行き、ジッとそのビニールシートを見つめる。すると、アリサがふと天井を見上げた。
天井はそれほど高くは無いが、ポッカリと小さな穴が空いていた。
雨風で天井もボロくなり、崩れ落ちてしまったのだろう。アリサはその天井に誰かを見つけたのか、そこに向かって声をかけた。
勿論、普通の人から見るとそこには誰も居ない。
「すみませんが、貴方はここにどれぐらい居ますか?」
「お前は……見える、のか?」
「はい。ハッキリと」
透には見えず、アリサに見えているもの――それは、油等で汚れた作業着を着ている中年の男性幽霊だった。
その男性の首には太めの縄紐が巻かれている。紐の先を目で追うと、紐は天井の柱に括りつけられていた。
この男性は生前、ロープで首を吊り自殺したのだ。幽霊は虚ろな目でアリサを見下ろし話を続ける。
「どれぐらいと、聞いたな……。俺にも……わからない。それぐらい長い時間……ここに、居る」
途切れ途切れで話す男の幽霊にアリサは「そうですか……」と、小さく返事をすると今度は別のことを男の幽霊に尋ねた。
「もう一つ質問してもいいですか? この写真の女性を知らないでしょうか?」
そう言いながらアリサは鞄から祐希の写真を取り出し幽霊に見せる。幽霊は黙ったままアリサが見せている写真をジッと見つめると、カサカサの唇をゆっくりと動かし「……知っている」と、アリサに答えた。
「詳しい事を教えてもらえますか?」
「あれは……いつだったか。晩に男が……女を抱え……入ってきた」
「犯人は男ですか」
犯人の性別がわかった事にアリサが小さく頷くと、男の幽霊は話を続ける。
「……女を包み、捨てると……逃げるようにして、消えた。ここに来たときには……魂は……居なかった」
「その魂が一体どこに行ったのか……」
アリサが顎に手を当て考えていると、透が「その男の特徴とかわかるか 身長の高さとかさ、なにか特徴にあるものとか」とアリサに尋ねる。幽霊の言葉はわからず見えずとも、透はアリサの呟きを聞いているので幽霊が何を話しているのかは大体の予想はついていた。
透は、片手にメモ帳もう片方にはボールペンを持ってアリサの呟きをメモしている。幽霊はそんな透の質問に答えるように、今度は虚ろな目で透のことを見下ろした。
しかし、透には見えていないので互いの目線は合わないし合っていない。幽霊は血の気の無い顔色で透を見ると、また唇をゆっくりと動かした。
「眼鏡を、かけていた……綺麗な……スーツも着ていた……」
「ふむふむ。眼鏡にスーツですか」
「眼鏡にスーツ? 普通のサラリーマンって感じで、これと言って特徴がねぇなぁ」
手掛かりを掴めていないことに透は難しい顔をすると、男の幽霊が更に話を続ける。
「左手に……傷もあった……」
「左手に傷、ですか。有り難うございます」
そう言うとアリサはニコリと微笑んだ。そんなアリサのことを幽霊はジッと見つめる。
「あの子は天に、還ったのか……?」
幽霊の質問にアリサな首を横に小さく振る。
「いいえ。多分、まだいます。……まぁ、私の勘ですが」
「そう、か」
アリサから視線を外し目を伏せる幽霊に、今度はアリサが「貴方は、天に行きたいのですか?」と尋ねる。幽霊はそんなアリサの問いかけに「わから、ない」と、答えた。
「俺は、自分で……この命を絶った。今更、天に還りたいという願いも、叶うはずが、ない……。これは、俺の……罰……」
アリサは黙ったまま幽霊の話しを聞くと、幽霊は透を一瞥しながら話を続ける。
「お前の連れの男にも……俺を、連れ去ることは……出来なかった。きっと……これは、俺の、無意識の意志……なのだろう」
幽霊はそっと目を伏せる。透は天井を見ながら黙っているアリサを見て、どうやら事件の話からなにか変わったらしいと察した。
そして、透は離れたところでその様子を伺っていると、アリサがフッと笑った。それは自信満々に溢れた笑みだった。
「私にはできます。……私には、貴方を還すことができます」
「それは本当、なのか……?」
「はい」
虚ろな目で驚く幽霊にアリサが頷きながら返事を返す。だが、幽霊は直ぐに元の表情へと変わり「いや……それでも、遠慮しよう」と、アリサに言って話を続ける。
「俺は……ここで罪を犯した、から……」
「罪、ですか?」
「ここは……俺の、工場だった」
幽霊はまた目を伏せながら、ポツリポツリとアリサに自分のことを語り始める。そんな幽霊の話をアリサは黙ったまま聞いていた。
「あの時、俺は……闇に、手を染めていた。そして……それに気づいた、一人の従業員を……殺した。遺体は俺の下に……埋めた」
「…………」
「後になって、彼の家族が……行方を追って、ここに尋ねた。まだ……小さい娘と若い奥さんだった。
俺は、自分の欲の為に……その家族の、未来を奪った。酷く後悔した……。だから、自殺した……。彼のいる場所で」
幽霊の話にアリサはそっと目を閉じ「そう、ですか」とだけ返事をする。
「だから、俺は……いる」
「わかりました。けれど、また来ます。貴方を苦しみから解放させるために。そして、貴方の下にいるその従業員さんも」
アリサは強い眼差しで幽霊を見つめ返す。幽霊はアリサの強い意志を感じとったのか、アリサから目線を離し何も無い虚空をジッと見つめた。
アリサにはそれが返事に見え再び幽霊に微笑みかけた。そして、その幽霊に頭を下げると新品の煙草を吸おうとしている透の方を見た。
「ん? 何だ、もう個人的な話は終わったのか?」
「はい。神崎さん、次に行きましょう」
「はいよ」
アリサは幽霊に背を向け透の方へと歩き出す。
「それと、もう少しこの場所を調べてくれますか?」
「何だよ急に」
「わたしが立っていた場所に、男性の遺体が埋まっていますので」
「…………」
アリサのその言葉に透は咥えていた煙草を落とし、口を魚のようにパクパクと動かせながら驚いた。
「はっ、はぁ!? あの場所にまだ遺体があるのか!?」
透の隣まで来たアリサは「私が話した男性の幽霊ですけど、昔、人を殺してしまったそうです。それと、その遺体を引き出す際は私も呼んで下さい。必ず、ですよ!」と、透に言ったのだった。
透は溜め息を吐きながら面倒くさそうに頭を搔く。
「……わかったよ。で、霊の話を聞いたお前の考察はどうなんだ?」
「なんとも言えませんね。傷についても古い傷なのか、新しい傷なのかもわかりませんし……。『立花さんが犯人に抵抗して傷を付けた』というのも考えられます。……とりあえず、彼女の学校及びその周辺も調べていこうと思います」
「だな」
二人は頷き合うと廃工場を後にし、今度は立花祐希が通っていた高校へと向かった。
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