第6話
✿―✿―✿
「申し遅れました。私は、この店の副店主をしている
「俺は、
「……警察」
透は内ポケットから警察手帳を取り出し美琴に見せる。そして、ポケットに入れているボールペンを押すと、美琴にいくつかの質問をした。
その質問内容は、写真に写っている少女のことだった。
「君の名前と彼女との関係性を詳しく聞いてもいいか?」
「はい……。俺は、
美琴にやましいことは何も無いので、透に自分と祐希のことを包み隠さずに話す。
「彼女は、
そう言うと美琴は写真にそっと触れる。写真の中の祐希は、とても楽しそうな表情で友達と笑っていた。
「名前が可笑しい、ですか? 普通の名前かと思われますが……?」
小動物みたいに小さな頭を傾げるアリサ。そんな可愛らしい姿に美琴は思わず苦笑いをこぼし、話を続けた。
「俺、昔から名前が女の子みたいだって、からかわれたりしたんです」
「確かに〝美琴〟って名前は女っぽいな」
「なるほど」
美琴の言葉に納得し頷く透とアリサ。美琴は、また苦笑いを浮かべ写真を見た。
「それは彼女も同じなんです。〝祐希〟っていう名前が男みたいだって言われ続けていたらしいです。現に小さい頃は男みたいに短髪で外を走り回っていたそうです。それもあって、よく男と間違われていたって話していました。俺なんて、昔は姉貴に女装させられていたし。それで「お互い性別が逆だったらね」って、祐希のやつ笑ってて……」
出会った頃のことを思い出し、美琴の話が止まる。そんな美琴に透が話の続きを促した。
「それで……連絡は? 最後に会ったのがいつどこでとか覚えているか?」
美琴は透の顔を見た後、視線をカプチーノに落とす。カプチーノはすっかり冷え、泡もいつの間にか少なくなっていた。
美琴はそんなカプチーノをジッと見ながら話を続ける。
「最後に会ったのは四日前です……。祐希の母親から電話がかかって「もう二日も帰って来ない」って……。俺、祐希の携帯に電話とかメールとかしました。遅くても必ず返してくれるのに全然連絡が無くて……祐希が帰ってない前の日、俺、祐希と遊んだばかりなんです。いつも通り元気だったし、帰る時も……でもっ……」
ギリッと唇を噛む美琴。透は手帳を閉じ「なるほどな」と呟く。
「残念ながら、彼女は遺体で発見された」
「神崎さん! 何、言って――」
「やっぱり、そうですか。薄々、そうなんじゃないかって思っていたんです……」
透が真実を言ったことにアリサが制するが、美琴は悲しい目で透の言葉に納得する。透は更に発見されあ祐希の遺体について美琴に打ち明けた。
それは残酷な真実だろうが、透は彼氏である美琴には伝えるべきだと思ったのだ。
「彼女は廃屋となった工場の中で、遺体となって見つかった。遺体の検査をすると殺されたのは四日前のこと。つまり、彼女が殺されたのは君と別れて間も無くだろうと見ている。遺体には睡眠薬の成分と殺傷が複数。犯人の意図はわからないが気分の悪い殺し方だった……」
「そう、ですか……」
「それにしても、死亡については彼女の母親から連絡が無かったのか?」
美琴は黙ったまま頷く。心無しかショックのあまり顔色も悪く見えた。
アリサはそんな美琴の様子を心配するが、美琴は下を俯いたまま話しを続ける。
「今、初めて聞きました……。別れた日の晩、俺、祐希の夢を見たんです。悲しそうに笑ってた。……それを見てから嫌な予感しかなかった」
俯きながら話す美琴は、膝の上にある手を力強く握る。
「そんな夢見たくなかった……! だって、考えてしまうんだっ! もし祐希が死んでいたら、あれは祐希の幽霊で夢枕に立ったんじゃないかって!! 絶対に生きてるって思いたかったけど……俺にもわかんないけど……もう、祐希は居ないって何でか思ったんだ」
そんな言葉を口には出したくなかったのか、美琴は眉を寄せ何かに必死に耐えるように唇を噛んだ。美琴の目には、薄らと涙が滲んでいる。
「……もし本当に死んでいるなら、俺、祐希に言っておきたい事があったんだ。幽霊でも何でもいいからもう一度会いたかった。……あんな別れ方、ねぇよ。……くそっ!」
そう言うと美琴は自分の膝を強く叩いた。
透はそんな美琴を見て「だから、ここに来たのか?」と、美琴に尋ねる。美琴は小さく頷きながら返事をした。
「はい……。半信半疑だったんですけど……もし本当ならって思うといても立ってもいられなくて……」
透は「そうか」と呟くとズボンのポケットから煙草を取り出す。が、アリサによって煙草はむしり取られてしまった。
アリサは目を細め、ジトっとした表情で神崎を見る。
「ここは禁煙です」
「ケチなやつ……。んで、どうするんだ? アリサ」
アリサはムスッと頬を膨らませながら手にした煙草を握り潰し、問答無用でゴミ箱の中にポイッと捨てる。
「あ! 俺の煙草!」
「もちろん貴方に言われなくても引き受けます。仕事ですからね。それに放って置くことも出来ませんから」
アリサは神崎から顔を背け美琴の方を見る。
「斎藤さんの恋人……立花祐希さんは、まだどこかに留まっていると思いますよ」
「どうして、そんな事がわかるんですか…?」
「勘だよ。チッ……」
今度は煙草を取られた透がムスッとしながらテーブルに頬杖をつく。煙草を目の前で握り潰され、且つ、捨てられたのが相当気に食わなかったらしい。
「勘、ですか?」
美琴が透にそう尋ねると、透は頬杖をつきながら「アリサの勘はよく当たる。幽霊がビビって怖がるぐらいにな」と、言った。
「煩い、ボケ神崎」
「誰がボケだっ!?」
ボケ扱いされたことに頭にきた透は椅子から立ち上がりアリサに喧嘩を振るが、アリサは腕を組み「ふんっ!」と言いながら透と顔を合わせなかった。
「あ、斎藤さん。こんな人は放っておいてもいいですからね? こんなゴミ屑野郎の刑事さんなんて。とりあえず、立花さんも貴方に会いたいと思っているような気がします」
「……祐希が?」
『ゴミ屑野郎』呼ばわりされて透のこめかみがピクピクと動いている。アリサはそんな透を無視して美琴との話を続けていた。
「はい。立花さんを発見したら斎藤さんにも御連絡します。……あ、こちらが当店の電話番号です。どうぞ」
そう言いながら、アリサは小さなマッチを美琴に手渡した。
マッチのケースにはお店の名前と電話番号・メールアドレスが記載されている。美琴はアリサからマッチを受け取り、自分の連絡先もアリサに教えると冷えたカプチーノを一気に飲み干した。
そして席を立つとカプチーノの代金を払い、透とアリサに深く頭を下げた。
「祐希のこと、宜しくお願いします!」
「おぅ」
「お任せ下さい」
その後、美琴がお店を出ると店内にはアリサと透の二人だけとなった。お店のBGMには心地よい時間が流れるようなクラシックが流れている。
「で、どうやって探すんだ? 遺体現場の霊は俺が多方連れて来たし。んで、それをお前が祓ったし」
ゴソゴソとポケットをまさぐり煙草を探す透。しかし、ふとついさっきアリサの手によって煙草が捨てられたことを思い出し、透は小さく舌打ちをするとコップに水を注いだ。
アリサはそんな透を一瞥しながら「どうもこうもありませんよ。現場に行き調べるしかありません」と言った。
「ま、そうなるよなぁ」
「そ・れ・と! まだ祓ったお代を頂いてませんが?」
アリサは「さぁさぁ!」と言いながら透の前に両手を差し出す。透はそんなアリサの視線から目を逸らし、背を向けながら水を飲んだ。
「あ〜……その、なんだ。この事件が終わったら渡す!」
「……はは〜ん? それは、忘れたということですね…」
「ギクッ!」
アリサは、ぷくぷくもちもちな白い頬を本当のお餅のように膨らまし、その蒼く大きな瞳で透を鋭い目付きで睨む。
「フェアリーケーキフェアの動物カップケーキ……」
「は?」
「二度は言いません。それじゃないと、私、許しませんから!」
「わっ、わかったわかった! 買ってきます! だからそう睨むな!」
目を光らせるように睨むアリサに透がついに折れる。すると、透な話を逸らすようにアリサにあることを尋ねた。
「あ~……それで、さ。今日は
「紅葉なら、あそこの椅子で寝ていますよ」
不機嫌丸出しでアリサは店の端のテーブル席の方を指す。アリサが指したテーブル……正確にはその席の椅子の上には、黒い小さな兎がお饅頭みたいに丸くなってスヤスヤと眠っていた。
「っ!? け、携帯携帯!」
慌ててポケットから携帯を取り出し紅葉の所まで忍び足で歩み寄ると、透は何枚も写真を撮る。まるで、自分の愛娘愛息子の顔のように表情はかなり緩みきっている。
「はぁ〜……今日もモフモフで可愛いなぁ〜」
「…………」
「お、尻尾がピクっと動いた! か、可愛い〜っ!! と、起こしちゃまずいな」
(この小動物オタクが……)
アリサは心の中で毒を吐く。内心はどん引きだ。
それもそうだろう。女みたいにルンルン気分で兎を眺めては、違う角度で何度も何度も写真を撮っているのだから。
「相変わらず、見た目はソコソコですのに中身はまるっきり残念ですね」
「うるせーな。お前だってそうだろうが! 顔面詐欺女!」
「ふんっ! 私は、見た目も中身も完璧です!」
アリサはそう言うと腰のエプロンを外し、カウンターと奥を繋ぐ入り口にエプロンを掛ける。
「ほら、行きますよ」
「は?」
アリサの言葉に唖然となる透。アリサは当たり前かのように「は? とは、何ですか。今から現場に行くんですよ」と透に言った。
「いや、それはわかるけど。……その格好でか?」
「何か問題でもありますか?」
「いや……問題っていうか、なぁ?」
透は気まずそうに首元に触ると心の中で「その服で出かけると、普通目立つだろう」と思ったのだった。しかし、そこは敢えて口には出さない。口に出すとまたお互い口論になり得るし、アリサの機嫌も更に悪くなりそうだからだ。
それでも透はその服で出かけるのはどうなんだ?と思った。
アリスの見た目も充分に注目を浴びるが、それプラスその制服。コスプレではないとわかっていても、見た目は十代に見える少女がバーテンダー風の制服を着ているのだ。メイド服よりかは幾分マシだが、それでもそれがコスプレと思う者も中にはいるだろう。
「目立つ。本人は気にしなくてもこれは目立つ……はず」と、透は心の中で思う。すると、いくら待っても来そうにない透にヤキモキしてアリサが透に「ほら、早くして下さい」と急かした。
「あー、はいはい。行きますよ」
透がそう返事をすると、アリサは誰も座っていないカウンター席を見る。
「それじゃぁ、お祖父ちゃん行って来ます」
「え、お前の
「今日は朝からずっと居ます。いつもの一番端の左側のカウンター席です」
透はアリサの言う席を見る。透には霊は見えないが、今まで疑問を抱いていたものが解決した。
透は「だから、いつもあそこに座る客いなかったのか」と呟く。そう。幽霊喫茶に訪れる人間の客は、絶対にカウンター席の一番左端に座らないのだ。
一度訪れた客に透はその席を勧めたこともある。が、客はそれでも渋い顔をしながら「いや……遠慮しておきます」と必ず言ったのだ。
もちろん、その理由を聞いたこともある。なぜ座らないのか聞くと、その客達は揃ってこう言うのだ。
『特に理由はないですけど、なんかそこには座ろうとは思わないんです』と。
なぜ誰も座ろうとしないのかアリサに理由を聞くこともできたのだが、透にもプライドというものがある。透は自分の力でその理由を解明してやろうと心の中で密かに誓っていたのだ。しかし、それも今日で終わってしまった。
アリサが答えを言ってしまったからだ。
自分で解明しようと思っていたことをアリサに言われ、内心落ち込む透。
そして、二人は幽霊喫茶を出たのだった。
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