第4話

 ✿―✿―✿


 謎のお店の名前――『幽霊喫茶探偵事務所』の情報を得て収穫が0から1に上がる。美琴はお店の名前だけでも知れば何とかなると思い、先生に見つからないように学校を勝手に抜け出し渋谷に向かったのだった。

 基本的に周りは他人に無関心な人達なので、昼間に制服で歩いていても誰も気にも止めない。止めてすらいなかった。

 平日の昼間なのにも関わらず、渋谷の街は今日も人並みが多い。相変わらず、スクランブル交差点やハチ公周辺には人集りができるぐらいだった。

 そんな中、美琴はしがらみ潰しで渋谷の街を歩き始めていた。



「幽霊喫茶探偵事務所……幽霊喫茶探偵事務所……。ここも無いかぁ……」



 ビルの看板や電柱に貼られているボロボロのチラシ等の見落としが無いように慎重に歩く美琴。しかし、どんなに歩いても、そんな看板やチラシはどこにも見当たらなかった。それらしい物すら見つからない。だが、美琴はそれでも諦めなかった。

 自分の願いの為に、その店をどうしても探さなければいけなかったからだ。


 そして、渋谷の街を歩くこと約三時間が経った。結局、どこを歩いても結果は変わらなかった。

 やはり無理があったのだ。ネットにも出ない謎のお店をこの広い土地から探し出すことは早々容易ではなかった。

 駿が見つけたのも、たまたまで偶然でしかない。

 ネットの情報は広大だ。それはあまりにも広すぎる。例えるなら、無限に続く海原や迷路のようなもの。何かの拍子でたまたまそれに繋ぐこともあるが、大抵は気にもとめない。この行き交う人集りのように。

 駿も、そのに入ったに過ぎなかった。

 今までずっと歩きっぱなしなだけあって足も疲れ、美琴はとうとうスペイン坂通りの自動販売機に背を預け、その場に座り込んでしまった。



「はぁ……。幽霊喫茶探偵事務所なんて、やっぱり無いのかな。ネットのデマで所詮は噂……。誰かが作ったでっち上げなのかなぁ……」


 ネットの中には嘘偽りで作り上げたサイトや記事なども多い。『幽霊』『喫茶店』『渋谷』と検索しても出なかったものを、たまたまサイトで見つけたのをどうやって現実の世界で探し出せるか。

 全てはなのだ。

「最早、諦めるしかないのだろうか?」と思い溜め息を吐いた瞬間、横から年配のお爺さんが突然声をかけてきた。



「なんだ? あんた、あそこに行きたいのか?」

「え……?」


 そのお爺さんは、黒のハット帽にグレー地の着物を着て焦げ茶色の杖を持っていた。

 杖には金の装飾があしらえており、一見、お金持ちのお爺さんに見える。それはきっと背筋がピシッと伸びているからそう見えるのかもしれないし、着物も案外似合っているからなのかもしれない。


「はっはっはっ! いや〜、あの店を探している客がいるとはねぇ。これまた珍しいもんだ。丁度良かった。どれ、これが店のチラシだ。少しわかりにくい場所だから、ちゃんと地図を見るんだぞ? 徹三に頼まれたが、やっとチラシを一枚渡せたわい。じゃぁな、若造」


 そう言うと、お爺さんは着物の袖からチラシを一枚取り出し美琴に手渡した。そして、そのまま背を向け歩き出す。

 美琴はわけがわからず言われるがままに受け取ってしまったが、ハッと我に返り慌ててお爺さんの背を追いかける……が、それは既に遅かった。



「ちょ、待っ――て、あれ?」



 角に差し掛かった所でお爺さんの姿は既にどこにも居なかったのだ。

 ここは人が多い街だ。直ぐ見失ってしまうのも有り得ること。一人の人をこの中から見つけるのは難しい。ましてや、今日初めて会った人で顔もろくに覚えていない人物である。

 まるで煙のように現れ、煙のように消えてしまった謎のお爺さんを見つけるのは困難にも等しい。いや、確実に無理だろう。

 美琴は探すことを諦め、手渡されたチラシを見る。チラシはハガキサイズの大きさで、印刷ではなく今どき珍しく手書きでお店の名前が記入されていた。

 このチラシを作った人は、余程字を書くのが上手いらしい。文字は達筆で明朝体で書かれていたのだ。

 中心には少し大きな文字で『ご相談承ります。幽霊も人もご遠慮なくお越し下さい』と記載されている。そして、チラシの端には地図が載っていた。

 その地図も手書きで、とても簡素な地図だった。



「マ、マジ、だったんだ……」



 あまりの出来事と本当にお店は存在していた事実に、暫しその場で立ち尽くす美琴。その途端、ドンッ! と、誰かにぶつかってしまった。

 ぶつかった人は謝りもせず、美琴の横をそのまま通り過ぎる。美琴はぶつかった衝撃で我に返りチラシを握り締め、意を決した面持ちで地図に従って歩き始めたのだった。


 場所は道玄坂一丁目。

 美琴は地図を見ながら歩いていた。

 道玄坂自体へ行く分には迷わないが裏路地をあっちこっちと歩いていると段々道がわからなくなっていた。まるで迷路のようである。表を歩けば『あぁ、ここか』と直ぐにわかるだろうが、美琴はそうせずにチラシの地図通りに道を歩いていた。

 そして、遂に美琴はお店を見つけた。

 お店は薄汚れたビルの裏にあった。その建物自体も、雨風のせいで相当汚れている四階までの小さな鉄筋ビルだった。

 きっと、多くの人がこの建物には気づかないだろう。気づいたとしても、恐らく見向きもしないだろう。

 そのぐらい存在感が薄い建物だった。

 わかりやすく例えるなら、きらびやかな歌舞伎町の中の暗い路地にポツンと建っている寂しげなBAR――そんな印象だった。

 そのビルの入り口には『幽霊喫茶探偵事務所B1F↓』という文字と共に、木でできた昭和レトロ風な看板がポツンと立っていた。

 美琴はチラシをもう一度見る。チラシにも『B1F』と記載されていた。



「地下一階……」



 どうやら本当にここが駿の言っていたお店のようだ。

 美琴は薄暗い階段を一段一段下りて行く。通路は狭く、一人ずつじゃないと通れない狭さだった。

 通路には手摺もあり、美琴は蛍光灯の光と手摺を頼りに少しずつ階段を下りる。そして、お店の扉前まで来た。

 ここまで来る道とビルの外観からにして少し緊張する美琴。

 扉には『OPEN』という掛札が掛けられている。美琴は緊張と不安で口の中が渇きゴクリと無理に唾液を飲み込むと、震える手にグッと力を込め金色のドアノブを握り一気に扉を開く。

 その途端「カランカラン」と、ドアベルが鳴った。

 扉を開けた瞬間、美琴はお店の内観に言葉を失いながら驚いていた。

 外観と内観の違いはもちろん、何よりも驚たのは中にいる美しい少女のことだった。

 思わず呆然となりその場に立ち尽くす美琴。すると、美しい少女がニコリと微笑んでこう言った。


「いらっしゃいませ、お客様。幽霊喫茶探偵事務所へようこそ。さぁ、奥へどうぞ」


 その言葉に誘われるように美琴の足が自然と動き、美琴はお店の中へと入っていったのだった。

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