ケース2:月面入植用人型重機

 西暦2078年、月面の大規模開発が始まります。


「宇宙に進出した人類は、その勢いを止めることを知りません」

——地球連邦宇宙開発省大臣 イアン・カロート


 現在地球では、人類の居住区域が限界に近づいています。そのため、早急に新たな居住区の建設が必要不可欠です。

 しかしながら地上はすでに高層ビル群により覆いつくされ、地下や海上も人類の住むべき場所として検討されています。


「そこで人類は、答えを地球の外に求めました」

——地球連邦宇宙開発省大臣 イアン・カロート


 その答えは月にありました。

 もとより月面は人類の入植先の一つとして候補があげられていました。既定路線と行っても過言ではないでしょう。


「まずは資材の調達からです」

——宇宙開発省移住実行委員会 ダイン・ケイレス


 地球上にある資材はほとんど採りつくしたと考えられています。

 そのため、現在ある資材に加えて新たにどこかから採ってくる必要があります。

 ではどこから持ってくるべきでしょうか?


「基本的な材料は小惑星帯から採ってきます」


——移住実行委員会資材部 ジン・アラカルト


 過去50年の技術によって培ってきたサンプルリターンを応用したものです。大きさ50mまでの小惑星であれば、無人機によって回収することができます。

 現在、小惑星帯には鉄系物質を多く含んだ小惑星が大量にあることがわかっています。

 資材部のジン・アラカルトは、これらを調達することから始めます。これには無人採掘機「エンデヴァー」が使用されます。


「このエンデヴァーは耐久性に優れ、長期間の任務も簡単にこなすことができる機体です」

——移住実行委員会資材部 ジン・アラカルト


 約1年もの時間をかけて、素材となる鉄系物質を100t以上もかき集めてきました。そのほかにも、月の内部にある資源も利用します。

しかしここで問題が発生します。加工した材料はどのようにして組み立てればよいのでしょうか?


「宇宙空間で材料を組み立てるのは簡単な部類です。実際に加工して宇宙空間に運び出すのも比較的簡単でしょう。ですが、ある程度の大きさを持つ建築材料を組み立てるにはどのようにしたらよいでしょう?」

——移住実行委員会建築部 リンダ・ロンデル


 これには実行委員会の頭を悩ませました。この時代でも、なかなか宇宙飛行士という職業には人が集まりません。そのため、人材を多くかけずに任務を遂行する道具が必要になりました。


「そこで我々は、宇宙空間で動くことができる重機を開発することを決意しました」

——移住実行委員会建築部 リンダ・ロンデル


 一体どのような重機にする必要があるでしょうか?

 答えの一つに、人型というものがありました。


「人型のメリットはいくつかあります。もちろんデメリットもありますが、それをカバーするだけの魅力があります」

——移住実行委員会建築部 リンダ・ロンデル


 しかし、ただ単純に人型重機を作るには技術が足りません。そのため、一般企業から技術力を提供してくれる会社を募りました。

 すると、日本のとある企業が名乗りを上げました。

 東部日本重工という日本の企業です。この企業は、人型重機を本格的に商用販売したこともあるほどの実績を持ちます。

 早速実行委員会は、東部日本重工に対して打診を行います。


『よろしく』

『こちらこそ』


 実行委員会は今後の構想を東部日本重工の担当者に話します。


『この条件で何とかなるものですかね』

『なるほど…』


「東部日本重工はその場で答えを出しませんでした。もちろん想定された反応ではありましたが」

——移住実行委員会広報室 セバスト・フレッド


 一度回答を持ち越した東部日本重工は社内で議論を交わしました。


「当時は大小様々な人型ロボットを製造していました。しかし宇宙空間で動作するロボットなんて聞いたことはありませんでした」

——東部日本重工広報室 安藤智康


 数日後、東部日本重工は答えを出します。


『やってみましょう』


「何事も挑戦と思ってやってみました。今でも後悔したとは思っていません」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 早速設計に取り掛かります。

 まずは操縦席の確保からです。

 宇宙空間は真空です。地上とは異なります。そのため宇宙服は絶対に欠かすことのできない必需品とも言えます。

 そんな宇宙服は、技術の進化に伴って従来よりも軽量で着やすくなりました。しかし改良されたとは言っても、まだまだ巨大なものです。

 そのため、狭い操縦席では宇宙飛行士の身動きが取れなくなる可能性が出てきます。


「まずは参考のため、最寄りの宇宙開発センターに向かいました」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 取材を申し込むと、快く受け入れてくれました。

 早速宇宙服の様子を確認します。


『関節は大きく動きそうだな』

『屈伸運動は難しそうだ』


 また、特別に宇宙服を試着させてもらいます。


『これは思った以上に動くのが難しいぞ』


「非常に貴重な体験をさせてもらいました」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 体験した感覚をもとに、早速設計に取り掛かります。

 まずは操縦席の大きさから決めます。幸い、手元には宇宙服の寸法と可動域に関する資料があります。


『この感じだと、出入りは大きいほうがいいな』

『操作盤はなるべく埋め込んだほうがいいですね』


 このように設計は進んでいきます。

 この時点で全体の大まかな設計が完成します。

 操縦席を頭とみなした場合、いわゆる二頭身のロボットです。頭の上部に腕が、頭の下部に足が設置されている全長6m程度で設計しました。

 宇宙空間は真空です。空気が存在しないので、ガソリンエンジンなど内燃機関は使用できません。そのため、電池を搭載したモータ駆動で動かすことにします。

 この情報をもとに詳細な設計を始めます。

 この設計にはVR設計が使用されます。VR設計は、従来のような3DCADをより立体的に把握するためのツールです。

 この設計をしている段階で問題が発生しました。


『これでは宇宙服を宇宙飛行士がうまく乗り込めない』


 大まかな設計の段階では問題ないと考えられていた搭乗口ですが、どうやら詳細な設計を行っていくうちに小さくなってしまったようです。

 このままでは運用に支障をきたします。東部日本重工は直ちに修正を余儀なくされました。

 これがただの修正なら良かったのですが、そうはいきませんでした。


『根本的な設計案の見直しになるぞ』


 問題はモータ駆動の関節部が原因の一因です。検討されていたモータとバッテリーの組み合わせでは、バッテリーが予想以上大きくなってしまうのです。


「このバッテリーの問題を解決しなければ次に進むことはできないでしょう」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 彼らはどのようにして、この問題を解決したのでしょうか?

 まずは問題のバッテリーに注目します。


「手始めに、バッテリーを小型化する所から始めました。手っ取り早い方法です」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 彼らは自社の中で解決しようと努力しました。

 しかし、それは叶わぬ夢でした。いつの世も小型化というのは難題であるからです。


『どこを削ればいいのか……』


 すぐに壁に当たってしまいます。

 そこで東部日本重工は次の手を打つことにしました。


「外部に助けを求めることにしました。つまりは他社との共同開発です」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 すぐさま共同開発を行ってくれる民間企業を探し出します。

 幸いにも、それはすぐに見つかります。

 マスダ技本という会社です。


「マスダ技本はもともと車やバイクの部品を全て自社で製造するような会社です。バッテリーなどの電子部品も量産していました」

——マスダ技本広報室 安藤桐斗


 数日の協議を経て、ついに共同開発がスタートしました。

 まずマスダ技本は従来の安定的な電力供給を行えるリチウムイオンバッテリーの構造を変化させることに注力します。

 当時としては画期的なリチウムナノコイルバッテリーを採用しました。これにより、体積のおよそ5%を削減することに成功します。

 さらに少ない消費電力で高出力を実現するモータを採用しました。これによってさらなるバッテリーの小型化に成功します。


「他社との共同開発は興味をそそられるばかりです。有意義といっても過言ではありません」

——東部日本重工技術部部長 小林征哉


 こうして、バッテリーの問題は解決しました。最終的にバッテリーは当初の大きさより14%もの削減に成功しました。さらに形状を工夫することによって懸念されていた搭乗口の狭さは解消したことになります。

 再び詳細な設計を行い、いよいよ製造に入ります。製造には大型の3Dプリンタを使用します。これは縦横奥行き5mまでの鉄鋼製の骨組みを製造することが出来ます。


「我が社で完成した虎の子でした。過去形なのは現在主流になってしまったからです」

——東部日本重工製造部主任 香川幸二


 数か月もの間、工場をフル稼働させて製造を行いました。

 こうして着々と組み立てを行ううちに、次に重要な案件が発生します。


「この人型重機を月まで運搬する方法を探る必要があります」

——移住実行委員会運輸部 セド・オミット


 これは簡単に達成できると考えられていました。しかし、実際に可能かどうか検討すると、難しいことが判明しました。

 現在使用されている打ち上げロケットでは荷重に耐え切れずに空中分解する可能性があるとの分析結果が提出されました。

 これは重機を完成させると打ち上げができなくなることを意味しています。

 再び行き詰ったと思われました。


「ですが単純なことです。ゆっくり打ち上げれば十分です」

——移住実行委員会運輸部 セド・オミット


 彼の提案はこうです。

 通常使うロケットを倍に増やし、ゆっくりと加速をすることを提案したのです。

 実際にブースターの量を1.8倍にして、出力を若干抑えることで空中分解せずに問題なく打ち上げることが可能です。

 こうして人型重機、通称「フッドマン」は無事に月面へと送り届けられました。


「人類は新たな一歩を踏み出すことでしょう」

——地球連邦宇宙開発省大臣 イアン・カロート


 人類の進歩は、まだ始まったばかりです。

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