第5話 何も感じないという違和感
リュックをベッドの上に放り投げると、俺は窓を開けてベランダへと出た。
昼下がりに流れる春らしい陽気が、露出した手の甲や頰を優しく撫でていく。
あれはなんだっのか。
足元から這ってくる『何も感じなかった』という違和感。朱石 朱羅という自己が蝕まれていくような感覚。
雲一つない青空を眺めて考えを巡らそうとするが、うまく思考がまとまらない。
望み続けた妹が、突然目の前に現れた為の混乱か。
とんでもなく生意気な妹に、俺はどこかで失望してしまったのか。
単純に、かなでを妹として認知できていないのか。
「…………はぁ」
考えたって仕方がないか。俺は頭の中に絡まった考えを、一度ため息として吐き出した。
そも、違和感がなんであるのか、それすらも不明だというのに正体を探ろうとしたって意味がないだろう。もしも答えが出たところで、俺はそれを心から信じることができないという予感もあった。
何かを一人でうだうだと考えるのは、性に合っていない。
友達の作り方も、話したことのない相手への話しかけ方も、話を長引かせる方法も、どれだけ一人で考えても答えは出ないままだしな……
なんだか悲しくなってきたな。
小さい頃から、悩み事がある時は那由多に相談を持ちかけるのだが、
「那由多は……いないみたいだな」
俺の部屋の正面には、隣の赤城さん家の那由多さんの部屋がある。
今はその部屋にカーテンが引かれている状態だった。那由多がカーテンを閉めるのは留守にしている時か、、着替えている時だけ。恐らく那由多は今、学校帰りのシャワーでも浴びているのだろう。
「シャワー……」
……いや違う誤解だ。那由多のシャワーシーンを想像したわけでは決して全くもってこれっぽちも違う! あんなまな板を想像しても何も楽しくない!
そうではなくて、俺が想像したのはこれからの生活だ。
後ろを振り向き、本棚に詰まった妹モノのライトノベルを見る。
シャワーといえばラッキーイベントの一つだ。
よくあるのは急にできた義理の妹が脱衣所で服を脱いでいる最中、もしくはバスタオルで身体を拭いている最中に主人公が脱衣所の扉を開けてしまう、とか。
そういった、実際に起こると気まずいことこの上ないイベントが、今後我が家でも起こる可能性があるということだ。いや、期待してるわけじゃなくてね? 今後、気おつけなくてはと思った次第でして、ええ。
「けど、実際問題、これからどうするか……」
俺は、かなでを本当の妹として受け入れることができていない。昨日の今日でそんな重大なことを受け入れろというのは酷な話だ。
中学生の頃に、俺に急に義妹ができたら、なんて妄想をしたことがある。不器用にもお互い距離を詰めていき、実の兄妹のような愛を二人の間に紡いでいく。そんな感じの無軌道な妄想だ。
しかし、現実に妹が目の前に現れると、戸惑うしかない。それどころか相手を妹として認知することすら難しい。
もしかすると、かなでが俺の妹であるということが発覚した時点で両親がそのことを俺に教えてくれていたら、色々と違ったのかもしれない。
俺は素直にかなでを妹として受け入れ、かなでは先程母さんに向けていた可愛らしい表情を俺にも見せてくれていたのかもしれない。
……なぜ、父さんは俺に昨日までかなでのことを黙っていたのだろうか。
父さんが言うには、かなでが血縁であるということは二ヶ月前にわかっていたらしい。そしてそれを昨日まで教えなかったのには色々と理由がある、とも言っていた。
「色々……?」
……理由が一つしか思い浮かばないのだが……
そりゃあ、妹狂いの息子に、「お前の妹は実は生きていたんだ」なんて言い出すのは相当な勇気が必要ですよね……
ヤバい、すっごい納得してしまった。
これは両親を責めることができませんわ……
───ブロロロロロ……プシュウ。
家の正面から、トラックの止まる音が聞こえた。一軒家の立ち並ぶ住宅街に見合わない大きなトラックには、引越し業者のマーク。
トラックから降りてきた人は我が家のインターホンを鳴らした。
ああ、そうか。かなでの引越しの荷物か。
✕✕✕
「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」
「だらしないわねー、引越しのお兄さん方を見習いなさいよ」
「ゼェ……ヒュー……ふ、ふざけ……帰宅部の、体力の無さ、を、なめんなよ……ゼェ」
なんで俺が引越し作業を手伝わされてんの? 俺はボディービルダー並にガタイのいい引越しのお兄さんじゃなくて、ただのか弱い帰宅部員なのですが?
「尚更じゃない。普段運動しないんだから。それに、手伝った方が作業も早く終わっていいでしょ?」
母さん……失礼ながらあなたは馬鹿ですか。引越し作業には物を運ぶスピード、ペース、役割が大体決まってんの、その中にもやしの俺が入ったら作業配分が狂ってむしろペースダウンなの。
……と言い返したいのはやまやまなのだが、疲れきって床に伏せているため、そんな気力もない。息を整えるので精一杯だ。
「キモっ……」
吐き捨てるように言ったのはかなでだ。
なんとか頭を動かしてかなでを睨みつける。すると負けじと、陸に打ち上げられてそのまま乾涸びてしまった哀れな魚を見るような蔑みの目でこちらを見下ろしてくる。
誰の荷物を運んでこうなってると思ってんだ……しかし、疲れすぎて声が出ない。
傍から見れば、ハァハァと息を漏らして横たわる男、それを蔑視する少女……完全に一部のコアな人間に受けるプレイに誤解されそうだ。俺にそういう趣味はありません。
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