第4話 唐突な、実の妹
「あ、あんた誰!?」
「それはこっちのセリフだ!」
誰も居ないはずの家に帰ると、全く見覚えのない中学……小学生くらいの少女がリビングで寛いでいた。
両親から今日誰かが家に来ると言うことも聞かされていないし、俺も少女には見覚えがなかった。どちらにしろ、家主が誰もいない状態の家に上がっていることが異常状態だ。
動揺していると、少女が「ああ!」といってこちらに指をさしてくる。
「もしかして……朱羅?」
「……なんで知ってんだ?」
「あーやっぱり」
そう呟くと少女は俺の問いかけに答えず、テレビに映し出されたしゃべくり007の鑑賞に戻った。面白いよね、俺も好きで毎週録画してるんだ、趣味が合うね! ってそうじゃない。
少女はどうやら俺のことを知っているようだった。ということは知り合い……? だが年下の女の子のことを俺が忘れるはずないし……親戚という線もあるが、数人いるいとこは全員年上のため違うだろう。
「……悪いんだけど、お前の名前聞いてもいいか?」
「お前じゃなくて、かなで。そんくらいわかるでしょ」
俺がそう訊くと、少女はテレビから視線を動かさずふてぶてしく答えた。
……なぜにこんな生意気な態度をとられなきゃならんのだ、この少女――かなでに。それに、そんくらいわかるでしょ、と言われても初対面の相手の名前がわかるのは超能力者くらいだ。
困った俺は、癖で右耳の耳たぶを触りながら溜息をついた。
「いや、わかんないけど……てかどうやって家に入った? 事と次第によっちゃ警察に通報するぞ」
「は? 警察? 普通にこの家の子だからに決まってんじゃん」
そう言ってかなでがポケットから出した鍵を見せてくる。正確にはわからないが、どうやらこの家の鍵で間違いないように見えた。
それにしても、かなでのこちらを下に見ているような態度や喋り方はなんだか無性にイラっとくる。誰かと話していてストレスが溜まるなんてことは滅多にないというのに。
「この家の子って……俺は一人っ子なんだが」
「はぁ?」
そこでようやく、かなでがこちらに顔を向けた。形の良い眉が歪み、つり目がちな双眸が睨むように細められている。わかりやすく「何言ってんの、こいつ」という表情でかなでが俺を見つめてくる。
「あんた、お父さんから聞いてないの?」
「聞く……?」
「お父さんは昨日の夜に話したって言ってたんだけど」
昨日の夜……
それを聞いて俺の脳裏に一つの言葉がよぎる。
『お前の妹は生きていたんだ』
いつにも増して真剣な顔をした父さん。あまりにも突拍子のない話に、俺はそれを夢だと考えていたが、もしもそれが勘違いだったなら?
物悲しい夢でもなく、父さんのいたずら心からくる嘘でもなかったとするなら、目の前にいる少女は──
「比、奈……なのか?」
「ッチ……あたしは、かなでだって言ってんでしょ!」
かなでは頰をピクリと痙攣させたかと思うと、ソファに置いてあったクッションを俺の顔面めがけて投げつけてきた。急に飛んできたクッションに反応出来ず、俺は「へバァ!」と情けない声とともにクッションを顔に受ける。
「おまっ……かなで! 何すんだ!」
「うっさい! 名前を間違えたあんたが悪い!」
「間違えたって……俺の妹の名前は比奈だ!」
「あたしの名前はかなでだっての!」
「だからってなんで投げつけてくんだよ!」
俺もかなでも大声で怒鳴り散らかし睨み合っていると、玄関の方からガチャンッという開錠音が聞こえた。リビングの入り口に立っていた俺は反射的に音のした方を向くと、そこには買い物袋を両手に下げた母さんが困惑した顔で立っていた。
「ちょっと朱羅どうしたのよ、外まで声が聞こえてたわよ?」
普段、大声を出すことのない俺のことを母さんが心配して聞いてくる。しかし俺はかなでへの怒りが冷めないまま、母さんに険しい目つきを向けてしまう。俺はクッションを投げつけられたくらいでここまで怒ることはないのだが、今回だけは違った。それほどこの状況に混乱し、そしてかなでがムカつくということなのだと思う。
「母さん、どういうこと?」
言った後に、このセリフ二股現場に遭遇した彼女みたいだな、と場違いにも感じてしまい少し気持ちが落ち着いた。元々、感情の起伏が穏やかな俺はお落ち着くも早いのだ。
玄関で靴を脱いでリビングを覗いた母さんはかなでを見て、そして俺の方を向き不思議そうな顔を見せる。
「かなでちゃんじゃない。え、ということは二人で喧嘩してたの?」
「かなでちゃんじゃない、って言われても知らないから。俺何にも聞かされてないんだけど」
「昨日話したでしょう、朱羅の妹のかなでちゃんがうちに来るって」
そう言われた事で昨日の会話が夢でなかったことが確定した。しかし、記憶を手繰ってみるも明日、俺の妹が家に来るということは言われていなかったはずだ。
それに会話の中で父さんは俺の妹のことを比奈ではなく、かなでと呼んでいた。そんなことにも気づかなかった自分が愚かしい。
内心で自嘲していると、母さんは買い物袋を持ってリビングへと入っていった。それを見たかなでは素早くソファから立ち上がって買い物袋を母さんから預かる。その顔は俺に向けていたのとは百八十度違って、嬉しそうに開かれた瞳と、はにかむ口元は親が好きで仕方のない子供そのものだった。
俺には最初から険悪だったというのに、母さんにはすこぶる懐いているようだった。
「お、おかえり……お、お母さん」
気恥ずかしさの篭った声でかなでが言う。
「無理しなくていいのよ、かなでちゃん。呼び方なんてゆっくり変えていけばいいの。無理をして家族っていう型にはまったって、それは本当の家族とは言えないでしょう?」
「い、いや、大丈夫。お母さん。おかえり」
「はい、ただいま」
不器用にお互いの距離を測るような会話、しかし二人の間に流れる和やかな雰囲気は、昨日今日あった人同士の会話とは思えなかった。恐らく、俺の知らないところで母さんは、そして父さんも時間を作ってはかなでとのコンタクトをとっていたのだろう。
父さんの話では、かなでは俺の実の妹……らしい。それにしては、身長が平均よりも高い俺に比べて、かなでは小さすぎたし、髪色も俺は黒く、共通点のようなものは見つけられない。
その為、かなでが妹という実感はほぼなかった。
あれだけ、小学六年生の頃から渇望していた妹が目の前にいるというのに、俺の胸に何かが到来することはない。喜びも、何も。
何もないという状態が、俺の身体を足元から蝕んでいく。得体の知れないものが這って上がってくる。
自分で自分がわからない。
不安定な状態が気持ち悪くて、俺は自室へと逃げ込んだ。
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