第3話 幼馴染の精神ダメージ
自己紹介は順調に進んでいき、次は女子の番となった。
「元一組の
腰にまで届く艶やかな黒髪をたなびかせて立ち上がった少女に、男子が息を飲むのがわかった。
白雪のように透明感のある肌。整った顔立ちに大きな双眸、笑みを象った口元は淡いピンク色。白鳥のようにしなやかな首に乗る顔は人形のように小さく緻密。女子にしては高めの身長と、細身な肢体はまるでモデルのようだ。……少し胸元が寂しくはあるが。
そんなことを思っていると、那由多がこちらに視線をよこしたので、軽く会釈を返す。
俺と那由多は幼馴染というやつだ。
家が隣の腐れ縁ともいうかもしれない。
それにしても那由多も五組だったのか。始業式の時、女子は出席番号順に並んでいなかったため気づかなかった。教室でも女子の方を見るのは緊張するから見ていなかったし。
「え、めっちゃ可愛くね?」
「いやそれな」
「那由多……ってなんだっけ、十の五十乗?」
「バッカちげーよ、六十乗だよ」
そんな声が男子たちからチラホラと漏れ聞こえる。那由多も俺と同じで個性的な名前をしているため、ある程度反応があるようだ。しかし、俺の時とは違い、嘲笑の雰囲気がないのは、彩斗のおかげか、それとも那由多が美人なおかげか。
男子のお褒めの言葉が聞こえたのか、那由多の表情が微妙ににやけたものになる。もうちょっと隠す努力をしなさいよ……。
その後も自己紹介は進み、女子が終わると神戸先生はそのままホームルームを始めた。
「といっても連絡事項はさっき伝えた通りだ。明日、入学式だけだからとズル休みするなよ。じゃあ朱石、号令を頼む」
え、俺ですか。という言葉をすんでのところで飲み込む。神戸先生の笑顔が怖い……。代わりに「あ、はい」と情けなく返事を返すと、「起立、礼」と指示を飛ばす。
「この後どうするー?」「どっか寄ってくべー」と号令の後も帰る様子のないクラスメイトを横目に、俺はリュックを背負うとすぐに帰ることにする。
「あ、朱羅―、一緒に帰ろー」
しかし、ドアに手をかけたところで声をかけられた。反射的に振り向いてしまい、それがいけなかった。後ろには満面の笑みの那由多。さらに後ろには般若面の日本男児たち。
「あれ、行かないの? 先に行くよ?」
そういってすれ違いざまに俺の方を軽く叩いて廊下に出て行く那由多。その行動に男子たちの殺気が増幅する。
近くに立っていた男子がゆらりとこちらに
「おい朱石……どゆこと?」
「え、えと……どう、とは……?」
「赤城さんと知り合いなわけ? 赤城さんは一年の頃、男子と喋らないことで有名だったんだ。誰が話しかけてもそっけなく返されてお終い、緋扇高校の高嶺の花。そんな赤城さんとなんで親しげなんだ……?」
早口に並べられた言葉に後ろにいる男子たちが同意の意を示して頷く。
なるほど、そういう意味での「どゆこと」でしたか。近代日本は何でもかんでも意味を省略して何を伝えたいのかがいまいちわからないよね。もっとコミュニケーションをとりましょうよ、Let'sコミュニケーション! 俺は女の子とノンバーバルコミュニケーションしたいな!
……などとごまかしが効くような雰囲気でもなかったので正直に白状した。
「あー……ほら、幼馴染……的な?」
『なん……だと……!』
男子のほぼ全員がハモる。女子がその様子を冷たく見ていたが、それにすら気づかないほどの衝撃を受けているようだった。
ショックにより固まっている隙に俺はさっさと教室から退散。視界の隅にいた彩斗すらも石化していたように見えたが……気のせい、だよな?
教室から出るとすぐそこの壁に那由多が寄りかかっていた。こういう仕草がいちいち様になっているのだから美人はズルい。男子が夢中になるのもわからなくはない、が、
「どしたの?生気が抜けたような顔しちゃって」
「誰のせいなんでしょーねー」
このニヤつき顔は純粋に腹が立つ。
何故に那由多がニヤついているのか、その理由は俺と一緒に帰れるから、などと言ったお可愛いものなどでは決してない。
答えはもう出ているようなものだが、より明確に表すなら、背後から聞こえる石化から解除された五組男子たちの嫉妬の怒号だ。
美少女の幼馴染、学校で唯一美少女に話しかけられる男子、美少女に誘われて下校。
それらの嫉妬を俺に向けさせるのが、那由多の趣味みたいなものなんだ。……いや、本人から言質を取った訳ではないが、十中八九そうだろう。
嫉妬に駆られ猛り狂う男たちから逃げる為、俺が昇降口へ足早に向かうと、その後を那由多は嬉しそうについてきた。
俺は桃鉄をやったら確実に最下位だろうな……
×××
住宅街を那由多の隣で歩きながら、そういえば二人で下校するというのも久しぶりだと思い返していた。中学生の時はほぼ毎日、一緒に登下校をしていたが高校に入学してからは登下校どころか学校で一度も話していないはずだ。
別に全く構わないんだけれどな。男子から妬まれることもなかったし。
それにテスト期間には勉強会を開いていた為、全く会っていなかったわけではない。
「それにしても朱羅が同じクラスとはね。いつ以来だっけ? 同クラ」
「あー……小六だな。俺としては同じクラスになるのを望んでなかったんだけどな」
「えぇ、それはひどくない?」
「男子を俺にけしかけるのをやめてくれれば素直に喜べるんだけど」
「だが断る!」
「さいですか」
悲しいかな、このやり取りにも慣れてしまった。
那由多のこれは今に始まったことではない。元々、人見知りな那由多は学校では女子以外と話すことがなかったのだ。もちろん俺とも学校では話したりはしなかった。
しかし……小学六年の時だろうか。小学生と言えども男なので、どの女子が可愛いかという話題が持ち上がり、トップが那由多だった。その頃から那由多は俺に積極的に話しかけるようになったのだ。
そのせいで那由多のことが好きだった男子から嫉妬を買うという理不尽が起きた。中学に上がっても那由多は男子では俺とだけ話し、どんどん周りの男子の嫉妬を煽っていった。
そんな事をする理由の真贋は俺にはわからない。ある程度の予想はできるが、本人を問いただしてもはぐらかされてしまうのだ。
そんな事を考えながら那由多を見ていると、その視線に気がついたようで目を眇めてこちらを見返してくる。
「何?じっと見ちゃってさ……惚れたの?」
「……一緒に歩くのも久々だと思ってよ」
「ちょ、ボケたんだから突っ込んでよー恥ずかしいじゃん」
「羞恥心なんて感情あったんだな。驚いた」
「明日もっと酷いことしてやる……」
「いやマジ勘弁してください那由多様」
×××
それから俺達は取り留めのない会話をしながら家へと到着する。赤城家が手前にあるため、必然、俺が那由多を送る形になる。
「ばいば〜い。明日が楽しみだゼ!」
「ふざけんなよてめぇ……じゃあな」
明日学校休もうかな……もしくは俺以外の男子全員休まないかな、ショック死とかで。
なんて憂鬱になりながらも俺は家のドアをくぐった。
「……たでーまー」
しかし、「おかえりー」という声は返ってこない。うちの両親は共働きで朝と夜以外は基本的に家にいないのだ。
鼻歌交じりに靴を脱いでリビングへと入ると、
「あ、おかえりー。」
──一人の見知らぬ少女がいた。
二人用のソファの真ん中を体育座りで陣取っている少女は、ダボついたパーカーとショートパンツというラフな格好で、テレビのリモコンを手にしていた。
まるで我が家のようなくつろぎ様に、俺は混乱する。
もしかして入る家を間違えたか、という思考が浮かぶが内装は見慣れた我が家のものだ。空き巣を警戒するが、もしこの少女が空き巣なら相当な間抜けだ。
俺はもう一度少女のことを観察する。
赤みがかった茶髪は頭の左右に結われ、小さく整った鼻梁、桜の花弁のような唇。百五十センチ程度の小柄な体躯、露出された脚は余分な肉が全くなく健康的なしなやかさを備えていた。
まさか両親の知り合いではないだろうし、俺の数少ない知人にもこんな子はいない。というより、何歳だ。中学……小学生?
誰なんだ、と動けずに戦慄していると、少女が口を開いた。
「え……だ、誰?」
「それはこっちのセリフだ!」
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