266 きっと悪口を言ってたんだろ?


「え、ええ。はい……。もともと最初は、クレイユ君からヴェリアス先輩に突っかかったのがきっかけだ、って……。くわしい事情までは聞いてませんけれど……」


 ヴェリアスの驚愕っぷりにびっくりしながら頷く。


「へぇぇぇぇ~。クレイユがハルちゃんにねぇ……」


 俺の言葉を反芻はんすうするように、ヴェリアスがしみじみと呟く。その表はまだ信じられないと言いたげだ。


 視線を伏せ、遠いまなざしをしたヴェリアスが、囁くようにこぼす。


「……まあ、アノ時はオレも貴族の集まりに顔を出すのは初めてだったから、手加減できなかったんだケド……」


「ヴェリアス先輩?」


 低い呟きがよく聞こえず小首をかしげると、ヴェリアスがごまかすように唇を吊り上げて笑った。


「真面目なクレイユのことだから、きっとアレだろ? オレがいかに貴族らしくなくて、口と態度が悪かったか……。そんな悪口を言ってたんだろ?」


「え? まあ、確かに貴族らしくなかったと言ってましたけれど、でもあれは……」


 昼休みに話していたクレイユの言葉や表情が脳裏に甦る。


 ヴェリアスとの初めての出会いを話していたクレイユは、どう考えても……。


「クレイユ君は、ヴェリアス先輩の反撃が痛かったって言ってましたけれど、悪口を言うどころか、痛快だった。すっきりしたって言っていましたよ? 私には全然わかりませんけれど、なんか吹っ切れた、って……」


 告げた瞬間、ヴェリアスが息を飲んで目を見開く。


 一瞬、ヴェリアスの周りだけ時間が止まったのかと思った。

 それくらい虚を突かれた様子の、信じられないと言いたげな面輪。


 ……いや、見たものが信じられないって点では、俺も一緒だけど。ヴェリアスがこんなに驚くなんて……。いったい、二人の間に何があったんだろう……?


 いやっ、頼まれても俺は絶対に突っ込んで聞いたりしないけどなっ!


「もぉ~……。まいったなぁ……」


 驚愕に固まる俺が見つめる中、ヴェリアスが吐息にまぎれるようなかすかな声で呟く。


「そんなコト教えられたら、次にクレイユとやりあった時に、つい手加減しそうじゃん……」


「手加減してあげたらいいんじゃないですか? ヴェリアス先輩のほうが年上なんですから。年下と同じ次元でやりあうなんて、ちょっとどうかと思いますけど?」


 ヴェリアスとクレイユだったら、確実にヴェリアスのほうが口が達者だしなっ!


 至極真面目に返すと、なぜかヴェリアスが吹き出した。


「ハルちゃんってばわかってないなぁ~。男には年なんて関係なく譲れないモノってのがあるんだよ♪ 手を抜く方が失礼じゃん♪」


 いや俺だって中身は男だけどなっ!?


 譲れないものがあるというヴェリアスの言葉は確かにわかる。俺だって、イゼリア嬢とお近づきになるっていう一点だけは、何があっても譲れねぇっ!


 でも、ヴェリアスとクレイユが二人して譲れないものって……。


 何だろう? どう考えてもどっちのほうが舞台で目立つかとか、演技が巧いかとか、そんな争いくらいしか思い浮かばないんだけど……。


「まっ、クレイユがどんな手を使ってこようと、譲れないモノは絶対に譲らないけどねっ♪」


 譲らないのかよっ! 手加減しそうとか言ってた殊勝な態度はどこ行った!?


「まあでも、ハルちゃんにこれ以上、幻滅されてもイヤだし、読み合わせはもうちょっと真面目にしようかな~♪」


「だったら最初から真面目にしてくださいよっ! 言っておきますけど、ヴェリアス先輩の評価はもう、地の底にまで落ちてますからね! 少々真面目にしたところで、マイナスが大きすぎてプラスになんてならないときもに銘じておいてくださいっ!」


「えぇ~っ! そんなぁ~っ! こんなに格好いいオレなのに!? マイナス評価だなんてありえなくないっ!?」


「自分で言います!? っていうか、鏡を見てから言ってくれます!?」


「ひどっ! ハルちゃんひどっ! オレ泣いちゃうよ!?」


 ヴェリアスがわざとらしく泣き真似をする。


 いやまあ、百歩譲ってヴェリアスが「顔だけは」イケメンなのは認めてやらなくもないけど……。


 どう考えても、このふざけた言動がなぁ……。顔立ちのよさを差し引いてもマイナスだっての!


 と、白々しい泣き真似をやめたヴェリアスがにぱっと笑う。


「けど、地の底ってことは、これから先は上がるしかないってコトだよねっ♪」


 おいっ! ポジティブシンキング過ぎだろっ! ちょっとは自分の言動を振り返って反省しろ――っ!


「……二重底の可能性もありますけど」


 思わずジト目になって告げると、ヴェリアスが「……え?」と固まった。


「……ハルちゃん、それマジ?」


「さぁ? ヴェリアス先輩の今後によります。というか、いい加減、行きますよ! 今日は生徒会メンバー全員での読み合わせなんですから!」


 今日こそ! 今日こそはイゼリア嬢のお隣をゲットして、熱演されるイゼリア嬢をじっくりしっかりうっとり見つめるんだ――っ!


 俺は「ねぇ、ハルちゃん! 嘘でしょ!? 嘘だって言ってよ~っ!」と騒ぐヴェリアスを無視して背を向けると、さっさと階段を上がり始めた。


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