267 隣同士で座るなら……。


 生徒会室に行くと、俺とヴェリアス、クレイユ以外の面々はすでに来ていた。


 イゼリア嬢! 今日もとっても麗しいです……っ!


 ああっ、でもリオンハルトとディオスの間に座ってらっしゃってて、隣が空いてない……っ!


 おいっ! リオンハルトとディオス! どっちでもいいから隣を替われ! いえ、替わってくださいお願いしますっ!


「ハルちゃ〜ん♪ 一緒に座ろっか♪」


 ヴェリアスが笑顔で誘ってくるけど、誰が隣に座るか! 絶対お断りだっての!


「ハルシエルちゃん! よかったら隣に来ない?」

 三人がけのソファに一人で座るエキューが天使の笑顔で誘ってくれる。


「うん! ありがとう!」


 ヴェリアスとエキューだったら、どう考えてもエキュー一択だよなっ!


 いそいそとエキューが座るソファへ行こうとすると、ヴェリアスもついてくる。


「んじゃ、ハルちゃんの隣はオレで――」

「すみません、遅れました」


 ヴェリアスの言葉を遮るように扉が開く。姿を現したのはクレイユだ。


 げっ! 前みたいにヴェリアスとクレイユの間に挟まれるなんて羽目になるのは絶対に御免だ……っ!


「あっ! ヴェリアス先輩とクレイユ君で一緒に座ったらどうですか?」


 ふと思いつき、ぱんと手を打ち合わせる。


「これからは仲良くするって二人とも言ってましたもんね!」


 告げた瞬間、ヴェリアスとクレイユがそろって眉を寄せて顔を見合わせた。


 その表情にはありありと「できることならこいつと隣同士で座りたくない」と書かれている。が。


「ハルシエル嬢。それはいいアイデアだね」


 リオンハルトがにこやかな笑顔で俺の言葉に同意する。


 まさか同意が得られるとはと驚く俺をよそに、リオンハルトが端正な面輪に笑みを浮かべてヴェリアスとクレイユに視線を向ける。


「今日一日、ヴェリアスとクレイユが仲良くしている姿を見れば、ハルシエル嬢も安心するんじゃないかな?」


 あれ……? 顔はにこやかだけど、なんかリオンハルトからうっすらと圧が放たれているような……?


 リオンハルトの笑顔に気圧けおされたかのように、クレイユが硬い表情でこくりと頷く。


「……そうですね。リオンハルト先輩がそうおっしゃるのなら……」


 かったるそうに頭をかきながら吐息したのはヴェリアスだ。


「えぇ~。クレイユの隣とか、ホントならお断りだケド……。ハルちゃんを理由に使われちゃ、頷くしかないじゃん」


 いやヴェリアス! そこでいちいち俺に流し目しなくていいからっ! さっさとクレイユの隣に座れっ!


 全員が席に着いたところで、リオンハルトがおもむろに口を開く。


「では、読み合わせを、と言いたいところだが……。その前に、理事長からわたし達にお話があるそうだ」


 リオンハルトの言葉に生徒会のメンバー全員の視線が、一人掛けのソファーに座る姉貴に集中する。


「いや、話というよりお願いなのだけれどね」


 にこやかな笑みを浮かべて、姉貴がディオスを見やる。


 なんだ……? 姉貴の話なんて、嫌な予感しかしないんだけど……。

 内心でびくびくしながら姉貴を見守っていると。


「きみ達が頑張っている姿を見ていると、年甲斐もなくわたしも一緒に参加したくなってね。よかったら、ナレーションはわたしにさせてもらえないだろうか?」


 姉貴が、予想外のことを言い出した。


 シャルディンさんの台本には、少ないとはいえナレーションもある。


 やはりナレーションは落ち着いた声のほうがいいんじゃないかということで、ディオスが担当することになっていたのだが……。


 どうやら、ディオスに替わって姉貴がナレーションを務めたいらしい。


「理事長がナレーションをなさるとおっしゃるのでしたら、俺は替わるのはまったくかまいませんが」


 最初に口を開いたのはディオスだ。ティオスに続き、他の面々も次々に頷く。


「理事長も一緒に演じてくださるなんて嬉しいです!」

 明るい笑顔で告げたエキューに続き、クレイユも、


「もちろん、わたしも異論はありません」

 と頷く。楽しそうに唇を吊り上げたのはヴェリアスだ。


「理事長も渋いイケボですもんね~♪ いや~っ、ほんっと今年の劇は豪華だな~♪」


「皆様が賛成なのでしたら、もちろんわたくしも賛成ですわ。理事長様まで参加くださるなんて、とっても素敵ですわ!」


 イゼリア嬢が笑顔で華やかな声を上げる。


 きゃ――っ! 笑顔がまぶしくて素敵です! イゼリア嬢が賛成なさるんでしたら、もちろん俺も反対なんかしませんっ!


 どうせ、俺が反対したって、姉貴がこうと決めたら、絶対に覆るはずがないしっ!


「イゼリア嬢が賛成でしたら、私も……」

 イゼリア嬢に続き、俺もこくりと頷く。


 急に姉貴も参加する気になった意図は、俺にはバッチリわかってる。


 昨日、俺とヴェリアスとクレイユの読み合わせをそばで眺めていた姉貴は、シノさんと萌えに萌えていた。


 正直、俺には昨日の読み合わせのどこに萌える要素があったのか、さっぱり全然、わからない。ヴェリアスとクレイユが俺を間に挟んで口げんかしてただけだってのにっ!


 いやっ、もし説明されたとしてお絶対にわかりたくもないけどなっ!


 とにかく、姉貴は練習風景が萌えの宝庫だと気づいたんだろう。


 今日からは全員で読み合わせをすることになったものの、毎回、出演するわけでもない理事長が見学しているというのは不自然だ。


 が、姉貴もナレーションとして劇に参加するなら、大手を振って練習風景を眺められる。


 ナレーションなら、全体的に散らばっているから、ずっと読み合わせに参加できる上、台詞の量自体は少ないので、覚える手間も出演者比べたら雲泥の差だ。


 くそうっ、姉貴め、考えやがったな……っ!


 っていうか、そこまでして練習風景を見たいのかよっ! いやっ、俺だってイゼリア嬢のオデット姫は何百回だって見たいけどっ!


 けど俺は文化祭でイケメンどもとフラグを立てる気なんざ、まったく! 全然! ないからなっ!


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