254 イゼリア嬢が採寸中だなんて……っ!


「ああ、イゼリア嬢とリオンハルトなら、今は採寸のために別室に行っているぞ」


 俺の疑問に答えてくれたのはディオスだ。


 採寸ってことは、『白鳥の湖』の衣装づくりのための……っ!?


 ふぉおおおおおっ! えーっ、どんな衣装になるんだろ~? 今から超楽しみ~っ!


 っていうか……。じゃあ、今、この四階のどこかの部屋で、イゼリア嬢が採寸のためにあられもないお姿になっていらっしゃる……っ!?


 とっさに脳裏に甦るのは、始業式の日、台本の参考のためにと、ハグさせてもらったイゼリア嬢の感触だ。


 折れるんじゃないかと思うほど細くて、でもまろやかな身体。華やかでそれでいて甘いコロンの香り。


 頬にふれた黒髪は絹色のようになめらかで、恥ずかしげに伏せた長いまつげはアイスブルーの瞳に濃い影を落とし――。


 こぼれる吐息が肌を撫でるだけでもう、歓喜に叫び出しそうだった。


「ハルシエル!? どうした!? 顔が真っ赤だぞ!?」


 鼻血が噴き出しそうで、思わず右手で口元を覆った俺に、ディオスが目をむく。


「どうしたの!? 何かあったの!?」


 さっと立ち上がって隣へ駆けてきたエキューが、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「だ、大丈夫……。その、なんでもないから……っ」


「そんなこと言ったって……。ほんとに顔が真っ赤だよ!? 急にそんなになるなんて……っ! 何かあったんでしょう!?」


 かぶりを振って否定するが、納得してくれない。


 うん、たぶんりんごみたいに真っ赤になってるんだろうなぁ……。


 鏡を見なくてもわかるのは、何度も経験済みだからだ。


 始業式の日以来、家でイゼリア嬢とハグしたことを思い出しては真っ赤になって身悶みもだえ、さんざん家族やマーサさんを心配させてきたからなぁ……。


 文化祭の劇の役作りの練習だとなんとかごまかしてきてるけど……。


 だって! 最推しのイゼリア嬢をこの腕でハグしたんだぜ!? 思い出すたびに歓喜のあまり思考が融け落ちて、幸福のあまり叫んでベッドの上でローリングして当然だろっ!?


 ああっ! 何回思い出しても尊い……っ! 尊さに砂になって崩れ落ちちゃいそう……っ!


 学校では思い出さないように頑張って自制してたけど……っ。イゼリア嬢が採寸してるなんて情報を急に出されたら、連想は不可避だろぉ――っ!


「ハルシエル嬢。エキューの言う通りだ。気分が悪いなら、すぐに保健室へ行こう。わたしが連れて行くから」


 エキューとは逆側から俺の顔を覗きこんだクレイユが、励ますようにぎゅっと俺の手を握る。


 いや、だから違うからっ! ちょっと放っておいてくれたら、そのうち治まるから!


 が、イケメンどもは俺をそっとしておいてくれる気はないらしい。


「ハルシエル! 俺が保健室まで抱きかかえて連れて行こう!」


 ディオスが決然とした表情で立ち上がるに至り、俺はあわててぶんぶんぶん! と首を横に振った。


「違います! 違うんですっ! そ、その……っ! 衣装づくりのための採寸と聞いて……。どんなに素敵な衣装ができるんだろうと想像すると、なんだか気持ちがたかぶってきちゃって……っ! だから、体調が悪いとかじゃないんですっ!」


 クレイユに掴まれた指先を引き抜き、顔の前で懸命に両手を振る。


 うううっ、同じ女の子同士なのに、イゼリア嬢の採寸に興奮したなんて、さすがに呆れられるだろうか……。


「ふぅ~ん……」


 やけに不機嫌そうなヴェリアスの声に、思わず肩が震えてしまう。


「ハルちゃんってば、そんなにリオンハルトのジークフリート王子が楽しみなんだ~?」


 ……へ?


 ちょっと待って。なんでそこでリオンハルトの名前が出てくるんだよ!? リオンハルトの衣装なんて、まったく! 全然! どうだっていいよっ!


 あっ、おそれ多くもイゼリア嬢のお隣に並ぶんだから、イゼリア嬢をさらに映えさせるためにそれなりの格好は必要だけど!


「……どうしてリオンハルト先輩の衣装を楽しみにしないといけないんですか?」


 きょとん、と問いかけすと、ヴェリアスが虚を突かれたように紅い瞳を瞬かせた。


「えっ!? だってリオンハルトの衣装を想像して、そんなに可愛らしく頬を赤らめてるんデショ?」


「へっ? 違いますよ! 何を言ってるんですか!? リオンハルト先輩の衣装なんて、別に楽しみでもなんでもありません! 私がどきどきしてたのは、その……っ」


 俺は口から出まかせの説明をあわあわと紡ぎ出す。


「そ、そのオディールの衣装が! 採寸までしていただいて、衣装を作るなんて、初めての経験なので……っ! ふだんでは演じない役柄ですし、どんな感じになるのか、楽しみで……っ!」


 必死に言い募ると、ディオス達があからさまにほっと表情を緩めた。


「そうだったのか……。てっきり、急に体調が悪くなったのかと……」


「うん、心配したよ! でも、何もなくてよかったぁ~!」


 ディオスに続いてエキューも声を上げる。


「ご、ごめんなさい……」


 うまく誤魔化せた安堵と、嘘をついてしまった罪悪感とに顔を伏せて謝ると、かぶりを振ったクレイユが口元を緩ませた。


「いや、構わない。だが……。舞台衣装ひとつでそんなに喜ぶなんて、可愛らしいな」


「っ!?」


 至近距離で放たれた甘やかな笑みに、ぱくんと心臓が跳ねる。


 ち、違うからっ! さっきの言葉は、赤面したのを誤魔化すための嘘であって、クレイユに可愛いなんて言われる理由はまったく……っ!


 ってゆーか、こんな近くで急にレアな笑顔を見せるんじゃね――っ! 心臓に悪いだろーがっ!


「も~っ、ハルちゃんったら、不意打ちで謙虚なコトを言うんだから~♪ ハルちゃんさえお望みなら、いっくらでもオートクチュールを作っていいんだぜ? オレが全額出してあげるからさ♪」


 ヴェリアスがにやけた顔で口を開く。


「はい? なんでヴェリアス先輩にお金を出してもらわないといけないんですかっ! そもそも、そんな高価な服なんていりませんっ!」


 ヴェリアスに冷ややかな視線を向けてそっけなく告げるが、にやけ顔は変わらない。


「ぶくくっ! ほいほいと乗ってこないそーゆー謙虚なトコもハルちゃんの魅力のひとつだもんね~♪ それに、ハルちゃんなら、何を着ててもかわいーし♪」


「っ!? そ、そんなお世辞はいりませんから!」


 俺は男だぞ!? 可愛いなんて言われて嬉しくなんかないっての!


「確かに、ハルシエルは何を着ていても愛らしいが……」


 ディオス! お前も変なとこで同意すんなっ! 姉貴とシノさんも顔が緩みきってるぞ、おいっ!


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