253 文化祭当日はイゼリア嬢を誘うんだ!


「すみませんっ、クラスの用事で遅くなっちゃいました……っ!」


 クラスのホームルームで文化祭での役割分担などを話し合っていたせいで、来るのが遅くなった俺は、ノックもそこそこに、急いで生徒会室に駆け込んだ。


 ちなみに俺のクラスでは、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』に関する展示をやることになっている。


 舞台発表をするクラスと違って、準備はあれこれあるもののクラスそろっての練習は別にないし、文化祭当日も教室の当番の割り当てがある程度なので、時間的にも気持ち的にも余裕がある。生徒会の劇のほうに打ち込めるので、俺としてはありがたい。


 なんといっても、テーマがイゼリア嬢の愛読書である『ラ・ロマイエル恋愛詩集』だしなっ! 文化祭当日は、なんとしてもイゼリア嬢と約束をとりつけて、俺のクラスを案内するんだ……っ!


 あわてて来たものの、生徒会室の中はいつもより人が少なかった。生徒会メンバーはディオスとヴェリアス、クレイユとエキューの四人、それに姉貴とシノさんだけだ。


 えっ!? イゼリア嬢は!?


 今日も教室にいらっしゃる姿は休み時間に確認済だから、お休みなんかじゃないハズなんだけど……っ!ハズ 一組のクレイユとエキューがもう来てるってことは、俺みたいにホームルームが長引いたってワケじゃないよなっ!?


 っていうか、イゼリア嬢がいらっしゃらないんだったら、急いでくる必要なんかなかったぜ……。


 俺はしょぼんと気落ちする。イゼリア嬢がいらっしゃらなかったら、生徒会室に来る意味もないっての!


 ただ、今日は珍しい来客がいた。


「あっ、ローデンスさん! こんにちは!」


 『クレエ・アティーユ』の店主である正真正銘の老紳士・ローデンスさんの姿を見つけた俺は、ぺこりと頭を下げる。


 まだ暑さも厳しいというのに、ダークグレーのスーツをかっちりと着こなし、ロマンスグレーの髪を一部の隙無く後ろへ撫でつけたローデンスさんは、


「これはこれはハルシエル様。お邪魔しております。今日も輝くばかりの素敵な笑顔でございますね」


 とソファーから立ち上がり、恭しく一礼を返してくれる。


「い、いえっ! そんなそんなっ! ローデンスさんこそ、いつもスーツ姿が決まっていて素敵です!」


 イケメンどもに褒められても居心地が悪いけど、ローデンスさんに褒められてもおろおろしちゃうんだよなぁ……。

 まあ、どっちも前世の俺とはまっっったく縁のない人種だから、仕方がないのかもしれないけど。


 俺の言葉に、


「ハルシエル様にそのように言ったいただけるとは、恐悦至極に存じます。わたしにとっては、スーツが制服のようなものでございますから」

 とローデンスさんが穏やかに微笑む。


 ああっ、いいなぁ。ローデンスさんのこの落ち着き……。癒される~。外見はイケメン紳士、その中身は腐りきった腐女子大魔王な姉貴とは大違いだぜ……!


「ハルちゃんって、みょーにローデンスさんに懐いてるよね~♪」


 俺とローデンスさんとのやりとりを見ていたヴェリアスが呟いたかと思うと、突然、ハッと顔を強張らせる。


「もしかしてハルちゃんって……。年上が好み……!?」


 ヴェリアスの呟きに、なぜかイケメンどもの顔が凍りつく。


「なんだと……っ!? まあ、俺はハルシエルより年上ではあるが……」


「ディオス先輩。ローデンス氏と比べたら、ひとつ違いなどささいな違いでしょう」


「えっ!? ハルシエルちゃん、年上が好みなの!? 同い年じゃ対象外だなんてそんな……っ! 嘘だよねっ!?」


 エキューが悲愴な表情で俺に尋ねてくる。


 ……へっ? 何だ? 姉貴とローデンスさんの違いを数えて、いたたまれない気持ちになってたから、ろくに聞いてなかったんだけど……?


「ごめんなさい、エキュー君。何か尋ねてくれた? ぼうっとしてちゃんと聞いてなかったの……」


 エキューに詫びると、代わりとばかりに口を開いたのはクレイユだった。


「いや、ずいぶんローデンス氏を気に入っているみたいだなと思ったんだ……。その……。ローデンス氏みたいな男性がタイプなのかと……」


「気に入ってるなんてそんな……っ! ローデンスさんのほうが私よりずっと年上なのに、そんな言い方は失礼だと思うわ! 年長者にはちゃんと敬意を持たなきゃ!」


 姉貴みたいなろくでもないヤツならともかく、ローデンスさんみたいな憧れずにはいられないような立派な老紳士を捕まえてその言い草は、さすがに見逃せない。


 語気強く注意した俺に、クレイユが珍しく、ぎこちなく詫びる。


「す、すまない……。だが、わたしが言いたいのはそういうことではなく……」


「ぷーっ、くくく……っ! いや~、ハルちゃんにかかったら、クレイユも形無しだよねっ♪」


 ヴェリアスがやけに楽しげに吹き出す。クレイユが不愉快そうにぎゅっと眉を寄せてヴェリアスを睨みつけた。


「そういうヴェリアス先輩は、どこからどう見てもハルシエル嬢に敬意を持たれる年長者になれそうにありませんけれどね」


「えぇ~? どう頑張ってもハルちゃんより年上になれないクレイユに言われても、痛くもかゆくもないなぁ~♪ 年上ならではの包容力って言ったら、オレがバッチリに決まってるよね~、ハルちゃん♪」


「はい? 何をワケのわからないことを言ってるんですか? それより、イゼリア嬢はどちらにいらっしゃるんでしょうか!?」


 イケメンどもの軽口の応酬なんざ、どうでもいいんだよっ!


 それよりも俺の女神は!? 麗しのイゼリア嬢はいずこに!?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る