244 やっぱり実は馬鹿なの?
「う、ううん。別に……」
予想だにしていなかったクレイユの反応に面食らい、どきどきする心臓をごまかすように、ぎこちなくかぶりを振る。
ま、まさか、クレイユにこんなに殊勝に礼を言われる日が来るなんて……。
そ、そう! これはびっくりして鼓動が速くなってるだけだから! 顔が熱いのもきっと気のせいっ! うん、そうに決まってる!
「では……。すまないが、各クラスから提出された文化祭の出し物の申請書を、この表にまとめてもらっていいだろうか? 表ごとに舞台発表、模擬店、展示と分かれているから。どんな内容かも簡単に書き出してくれるとありがたい。わたしは各クラブから出された申請書をまとめるから」
「う、うん。わかったわ」
クレイユから紙の束を受け取る。
「表にまとめた後はどうするの?」
「かぶっている演目や売り物、展示内容がないかチェックする。模擬店だと、同じ品物だとてきめんに客足が落ちてしまうからな。無用なトラブルの原因にもなるし……。もし似たような内容なら、クラス委員を呼んで、変更可能かどうかクラスで話し合ってもらう。全クラス、全クラブの内容が確定したら、舞台を使うスケジュールを組んで、模擬店の出店場所や展示に使う教室の配置を決めて……」
「やらないといけないことが盛りだくさんじゃないっ! ほんとにそれを一人でやる気だったの!?」
クレイユって……。やっぱり実は馬鹿なの? 賢く見えて、大事なトコがすぽんと抜けてる?
俺の言葉に、クレイユが気まずそうにふいと顔を背ける。
「……苦手なんだ」
「え?」
呟きは低すぎてよく聞こえない。
問い返すと、やけになったようにクレイユが声を荒げた。
「苦手なんだよ! 人に頼るのが!」
大声に目を見開いた俺を見てしまったと思ったのか、クレイユが気まずげに視線を逸らす。
「その……。昔から、人に頼るのが苦手なんだ……。他人に弱いところや駄目なところを知られるのが耐えられなくて……」
痛みを我慢しているような整ったクレイユの横顔。
俺はあっけにとられてまじまじとクレイユを見つめ――。
「ぷっ。ふふっ、あははははっ」
こらえきれず吹き出した俺を、クレイユが眼鏡の奥から睨みつける。
「……何がおかしい?」
「だ、だって……っ! プライドの高いクレイユ君らしくって、つい……っ!」
くつくつと笑いながら答える。
確かに、クレイユの無駄にプライドの高い性格なら、人に頼るなんて、言語道断だろう。一人で抱え込んで、放課後に残って作業していたのも納得だ。
笑い続ける俺に、クレイユが眉を吊り上げる。
「そんなに笑わなくてもいいだろう? いくらきみでもさすがに――」
「クレイユ君がそんな風に思う気持ちはわからなくもないけど。でも」
笑いをおさめ、クレイユを見つめた俺に、クレイユがふっと言葉を止める。かまわず俺は言を継いだ。
「クレイユ君が人に弱みを見せたり頼るのが苦手なのは、そのせいで人に迷惑をかけたり、それが原因で悪く思われるのが嫌だからでしょう?」
俺の指摘に、クレイユが驚いたように蒼い目を見開く。
うん、わかる! わかるぞその気持ち!
俺だって、平々凡々な男子高校生からハルシエルに転生して、しかもいきなり入ったのがとんでもないセレブ校の聖エトワール学園だもんな! 今までと何もかも勝手が違いすぎて、どれだけ戸惑ったことか。
しかも、失敗しまくって、イゼリア嬢にいっぱい呆れられたたし……。でも……っ!
「でも、生徒会のメンバーは、誰一人としてクレイユ君に頼られて嫌だと思わないし、むしろ頼ってほしいと思うんじゃないかしら?」
……いやまあ、ヴェリアスだけは、鬼の首を取ったようなドヤ顔でクレイユをからかうような気がするけど……。でも、根っからの悪い奴じゃないし、きっとなんだかんだ言いながら手伝うんだろうな、きっと。
「クレイユ君のことをちゃんと知っている人なら、悪口なんて絶対言わないわよ。だって、クレイユ君がすっごく頑張っているのをちゃんと知ってるもの。そもそも、生徒会メンバーに誰かのことを悪く言う人なんて絶対にいないのは、私よりもクレイユ君のほうがよく知ってるでしょう? 結局、悪口を言う人なんて、ちゃんと事情を分かっていない赤の他人なんだから、そんな人の言うことなんて、気にしなかったらいいの!」
告げた瞬間、クレイユが信じられないことを言われたとばかりに、
あっ! お前、その顔はろくに信じてないだろっ!?
言っとくけど、口先だけの思いつきなんかじゃないからな! ちゃんと根拠があるんだぞ! イゼリア嬢という伏して崇め奉りたいほどの素晴らしい根拠が!
そう! イゼリア嬢だって、お叱りをくださるけど、それは俺を心配して気遣ってくださる優しさの裏返しだもんな!
そう考えると、どんなに厳しい言葉で叱責されたとしても、俺には喜びにしかならない。
ああっ! イゼリア嬢はやっぱり俺の女神です! 優しく導いてくださる太陽です! この身が焦げてもかまわないので、いつかおそばに……っ!
「きみも……」
「へ?」
今までイゼリア嬢にかけていただいた激励の数々を思い出し、夢見心地になっていた俺は、クレイユの声にはっと我に返ってそちらを見る。
と、クレイユがやけに真剣なまなざしで俺を見つめていた。
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