230 本当に、素敵な旅行をありがとうございました!


 しょぼん、と肩を落としてうなだれると、ディオスとエキューがあわてた声を上げた。


「だ、大丈夫だ、ハルシエル! きみのためなら、何としても都合をつけてみせる!」


「そうだよ! 僕だって頑張るから! だからそんな哀しそうな顔をしないで!」


「ありがとうございます、ディオス先輩。エキュー君も」


 無理を言うつもりはないし、予定が合わないのなら諦めるしかないとわかっているが、二人の気遣いが嬉しい。


 っていうか、ディオス達なら、旅行なんていくらでも行き放題だろうけど、こんなに熱心に行きたがるなんて、仲のいい生徒会メンバーで行く旅行は、やっぱり特別なんだろうな……。


 きっと今、姉貴の脳内ではめくるめく腐妄想が繰り広げられていることだろう。


「ハ~ルちゃん♪ そんなに旅行に行きたいんならさ。オレは比較的ヒマだから、リオンハルト達の予定が合わなかったら、オレと二人っきりで旅行に行っちゃう?」


 悪戯いたずらっぽい表情でとんでもないことを提案したのはヴェリアスだ。


 俺が答えるより早く、リオンハルト達が過敏に反応する。


「ヴェリアス! そんなことが許されるはずがないだろう!?」


「おいっ、ふざけたことばかり言っていると、本気でその口を縫いつけるぞ!」


「女生徒と二人旅なんて、ヴェリアス先輩の常識を疑いますね……。ああ、もともと持ってらっしゃらないんでしたっけ?」


「ヴェリアス先輩! そんなことをしたら、さすがに見損みそこないますよ!?」


 すさまじいばかりの怒涛の口撃こうげきだけど……。


 いいぞ! もっと言ってやれ!

 ヴェリアスと二人旅だなんて、そんなこと、絶対するワケないだろーが!


 俺が二人旅をしたいのはイゼリア嬢とだけだっての!


 冬だしイゼリア嬢と温泉の大浴場で一緒に入るなんてことになったら……っ! あっ、やべっ! 考えただけでのぼせて鼻血を噴きそう……っ!


 リオンハルト達から集中砲火を受けたにもかかわらず、当のヴェリアス本人はけろっとしている。


「えーっ! だってさ、予定が合わないんだったら、合うメンバーだけで行くのも仕方ないじゃん♪ ハルちゃんだって、そう思うデショ?」


「思いませんよ! ヴェリアス先輩と二人で旅行だなんて、天地がひっくり返っても行きません!」


 はっきりきっぱり、ヴェリアスがこれ以上ふざけたことを言わないよう、容赦なく断言する。


「そもそも旅行は、「どこに行くか」「何をするか」も大事ですけれど、一番大事なことは、「誰と一緒に行くか」でしょう? 私は今回の生徒会メンバーでの旅行がとっても素敵だったから、また行きたいと思って……。ヴェリアス先輩と行きたいわけじゃないんです!」


 ほんとはイゼリア嬢と二人で旅行に行けたら、それがベストなんだけどなっ!


 けど、高校生じゃアルバイトで得られるお金にも限りがあるし、そもそも、俺が二人旅に誘ってイゼリア嬢がうんと言ってくれるか、はなはだ不安だし……。


 その点、「生徒会で」となったら、イゼリア嬢も参加してくれること間違いなしだもんな!


 イケメンどもも一緒だったら、姉貴がぽんっと大金を出すに決まってるから、旅行費用のことも考えなくていいし!


「ハルシエル嬢……っ!」

 俺の熱弁に、リオンハルトが感じ入ったような声を出す。


「そんな風に思ってくれるなんて、本当に嬉しいよ」


 なんだどうした!? 微笑んだリオンハルトのバックに、ぶわっと咲き誇る薔薇の幻影が見えたぞ!?


 リオンハルトだけじゃない。ディオス達も何やら感動したような表情になっている。


「ハルシエルにそんな風に言ってもらえるなんて……。これは何があろうと、冬休みの予定を空けないといけないな」


「ハルちゃんってばもー、かっわいいんだから~♪ そーゆートコが天使で小悪魔だよね♪」


「こう言われたら、次も何としても素晴らしい旅行にしなくてはならないな」


「ハルシエルちゃん……っ! 僕、次もハルシエルに喜んでもらえるように頑張るねっ!」


 なんで急にイケメンどもがやる気になったのかはよくわかんないけど……。冬にも旅行に行けるんなら、大歓迎だぜ!


 でもなんでそろいもそろって、そんな熱心なまなざしでこっちを見てくるんだよっ!?


 気圧けおされかけたところで、バスがオルレーヌ家の前に着く。


「あっ、もう着いたみたいですね……」


 よかった……。イゼリア嬢もいないし、ここはさっさと降りて逃げるが勝ちだ。


 俺は旅行鞄を手に持つと、ぺこりと頭を下げた。


「あの、今回の旅行では本当にありがとうございました。海でも、それに今日のサンダルやうさぎのサプライズも……。おかげで、素敵な時間が過ごせて、とっても楽しかったです!」


 ほんっと、イゼリア嬢の水着姿も、うさぎとたわむれる満面の笑みも見られたし……っ! ああっ、思い出すだけで今すぐ天国へ舞い上がれそう……っ!


 喜びを隠さず、笑顔で礼を言うと、イケメンどもがなぜか沈黙した。


「……きみにそう言ってもらえるなんて、本当に嬉しいよ。こちらこそお礼を言いたいくらいだ」


 甘く微笑んだリオンハルトの言葉に、ディオス達も大きく頷く。


 けど……。なんでみんなうっすらと顔が赤いんだ? さっき、勢いよくヴェリアスに怒鳴ってたせいか?


「じゃあ、失礼しますね。また二学期に」


 まっ、いいか。家に帰ったら、ベッドに寝っ転がって、旅行中のイゼリア嬢のハイライトシーンを思い出して、によによするんだ~♪


 うきうきしながら、俺はイケメンどもに別れを告げ、バスを降りた。



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