228 帰りのバスの心地よい揺れに……。
華やかな香りがする。
頬に当たるのは心地よいあたたかさと、枕にしては固すぎる何かだ。
何度もかいだ覚えのある香りに、眠りの中にあった俺の意識がゆるゆると浮上する。
あれ? この香りって……。
ぱちりとまぶたを開けた途端。
「おや、起こしてしまったかい?」
と、リオンハルトの美声がすぐそばから降ってきた。
驚いて顔を上げた途端、目が合ったのは、甘く微笑むリオンハルトの碧い瞳だ。その拍子に、帰りのバスでリオンハルトにもたれてうたた寝してしまったんだと状況を把握する。
「す、すみませんっ!」
あわてて身を離した瞬間、息を飲む。
帰りのバスの席順をくじ引きで決めた結果、ゆったりとしたソファーに、リオンハルトを挟んで、両側に俺とイゼリア嬢が座っていたのだが……。
イゼリア嬢が! イゼリア嬢もリオンハルトにもたれてうたた寝してらっしゃる――っ!
ふぉおおおおっ! 初めて拝見するイゼリア嬢の寝顔!
まつげなっが! 寝息かわいいっ!
吊り目がちだからつんとした顔立ちの印象だけど、目を閉じた寝顔だと、あどけなくて可愛い……っ! 可愛すぎますっ!
くそぉ――っ! なんで俺は寝こけちゃったんだ! ずっと起きていたら、イゼリア嬢の寝顔を、それこそ寝入る瞬間から堪能できたのに……っ!
そりゃ、夕べはイゼリア嬢とひとつ屋根の下にいるんだと思うと、どきどきして、思わずベッドの上で枕を抱えてごろごろしたらい、水着姿やネグリジェ姿を思い出して、興奮のあまりあかなか寝つけなかったりしてねぶそくだったけど……。
ああっ! なんたる不覚!
っていうかリオンハルト! お前、イゼリア嬢にもたれられるなんて……っ!
うらやましすぎる! 今すぐそこを代われ! いやっ、代わってくださいお願いしますっ!
「ハルシエル嬢? まだ眠いのなら、もうしばらく眠っていてもいいんだよ? 着いたらちゃんと起こすから」
イゼリア嬢の寝顔に見惚れている俺を、寝ぼけていると勘違いしたんだろう。リオンハルトが優しい声で告げる。
はぁっ!? ふざけんなっ! せっかくイゼリア嬢の寝顔を見られる超貴重な機会を逃すワケがないだろ――っ!
「まだ眠いんなら、オレの隣においでよ♪ 膝枕してあげるからさ♪」
向かいのソファーに座るヴェリアスが、ぽんぽんと太ももを叩く。
男が男に膝枕なんてされたいわけないだろーがっ! 硬いに決まってるし!
……はっ! ということは、俺がイゼリア嬢に膝枕をしてさしあげたら、イゼリア嬢は硬いリオンハルトなんかを枕にしなくてすんでハッピー。俺はイゼリア嬢のご尊顔を至近距離で見られてハッピー。
これぞ最高のwin-winじゃね!?
よしリオンハルト、やっぱ今すぐそこ代わ――、
「んんぅ」
俺がリオンハルトに申し出ようとした瞬間、イゼリア嬢がかすかな声を上げて身動ぎする。
長いまつげが小さく震え、ゆっくりとまぶたが開かれ――。
「わたくし……? きゃっ、リオンハルト様! 申し訳ございません!」
状況を罹患した瞬間、一瞬で顔を真っ赤に染めたイゼリア嬢が、弾かれたようにリオンハルトから身を離す。
ああ……っ! イゼリア嬢が起きてしまわれた――っ!
でも、恥ずかしそうに頬を染めているイゼリア嬢も可憐です! 素敵です! マーベラスですっ!
「わ、わたくしったら、リオンハルト様にもたれてまどろんでしまうなんて……。恥ずかしいですわ……。申し訳ございません。さぞかしご迷惑だったことでしょう……?」
蚊の鳴くような声で詫び、熟れたさくらんぼみたいに真っ赤に染まった顔を伏せて身を縮めるイゼリア嬢に、リオンハルトが優しく微笑んでかぶりを振る。
「どうか気にしないでほしい。きっと、午前中、陽射しの下でうさぎと戯れて疲れたんだろう。まだ疲れているようなら、もう少し休んでくれてよいんだよ?」
リオンハルトが俺の時と同じように、イゼリア嬢にい優しく促す。
そうです、イゼリア嬢! もう少し休みましょうっ!
そして今度は俺の膝枕で……っ!
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、もう大丈夫ですわ」
イゼリア嬢がふるふるとかぶりを振る。
そんな……っ! もう少し休んでくださっていいんですよ!? むしろ休んでくださいっ!
「イゼリア嬢、無理をされてはいませんか!? 実は、私もうたた寝しちゃってたので……。まだお疲れなのでしたら、どうぞ私の膝枕で休んでくださいっ!」
ぺふぺふと太ももを叩きながら身を乗り出すと、
「あなたもうたた寝を?」
とイゼリア嬢が細い眉をひそめた。
「はい、お恥ずかしながら……。昨日今日とはしゃぎ過ぎちゃったみたいで、バスの心地よい揺れに、つい……」
照れ笑いを浮かべると、
「ほら~。まだ疲れてるんなら、もうちょっと寝なよ~」
と、ヴェリアスが口を挟んできた。
よし! ヴェリアスいいぞ! そうですっ、イゼリア嬢! もう一回お昼寝しましょう!
と、ディオスが遠慮がちに口を開く。
「俺でもいいのなら、膝枕を……」
「いえわたしが!」
「僕が!」
ディオスに続き、クレイユ、エキューまでもが言い出す。
ええいっ、お前ら! 邪魔してくんなっ!
イゼリア嬢の膝枕は、俺がするに決まってるだろ――っ!
「イゼリア嬢! 膝枕なら私がいいですよね!? なんてったって、女子な分、私が一番柔らかくて寝心地がいいですから!」
勢い込んで身を乗り出すと、
「いつの間に、もう一度寝ることになっていますの!? もううたた寝なんていたしませんわ!」
つん、と顔を背けたイゼリア嬢に叱られた。
ええ~っ! そんなぁ~っ!
「へぇ~♪ ハルちゃんが膝枕してくれるの? だったら、オレがしてほしいなぁ~♪」
がっくりとうなだれた俺に、ヴェリアスが軽い調子で口を開く。途端、
「ヴェリアス!」
「いい加減にしろっ! そんなこと、許すワケないだろう!?」
「ヴェリアス先輩こそ、疲れて理性が……。いえ、そもそも常識が働いていないのではありませんか?」
「ハルシエルちゃんが膝枕をするくらいなら僕がっ!」
目を吊り上げたリオンハルト達が、口々にヴェリアスを責め立てる。
唯一、姉貴だけが、エキューの「ハルシエルちゃんの代わりに僕が!」発言に何やら刺激されたらしく、イイ笑顔で腐妄想の世界へ旅立っていた。
「ヴェリアス様……」
イゼリア嬢も、若干あきれたような表情でヴェリアスを見ている。
そーだそーだ! イゼリア嬢なら、こちらからお願いしてでも膝枕をするけど、誰がヴェリアスに膝枕なんかするかっ! 妄言もいい加減にしやがれっ!
「ちょ……っ。みんな、ヒドくない? オレ、泣いちゃうよ?」
集中砲火を食らったヴェリアスが顔を引きつらせるが……。どうせ、ろくに反省していないに決まってる。
そのうち、リオンハルト達の誰かが、力づくでヴェリアスの口をふさぎにいくんじゃないだろうか。
むしろ、できるもんなら、俺が口を縫いつけてやりたいけどなっ!
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