214 きみを放っておけるわけがないだろう!?
「あ、あの……っ」
じり、とクレイユから距離を取ろうとした瞬間。
「いたっ!」
突如、かかとに走った鋭い痛みに、思わずうめく。
「どうした!?」
クレイユが血相を変えた。
「その……」
俺はそろそろと自分の足元に視線をやる。
「新しいサンダルだったから、靴擦れでかかとの皮がむけちゃったみたい……」
いま俺が履いているのは、旅行用にとヴェリアスに選んでもらった真新しいサンダルだ。
散歩し始めて少しした頃から、かかとがこすれていたいな、とは思っていたが、さっき大きく動こうとしたのが決定打になったらしい。
俺の言葉に、さっと屈んで俺の足を確認したクレイユが、細い眉をひそめる。
「右足のかかとの皮がめくれて、血がにじんでいる。……これは、散歩は中止だな」
「ええっ!? 大丈夫! まだ歩けるわ!」
せっかくのイゼリア嬢との夜の散歩なのに、途中でリタイアなんてとんでもない。
決然と歩きだそうとするが、一歩踏み出しただけで、かかとの痛みに顔をしかめてしまう。
「無理をするな。歩くともっとひどくなるぞ。肌に傷が残ったらどうする?」
端正な面輪をしかめて注意したクレイユが、やにわに「ほら」と俺に背を向けて屈む。
「え……?」
わけがわからず呆けた声を上げると、顔だけこちらを振り向いたクレイユが、特大の溜息をついた。
「別荘まで背負っていくから、乗ってくれ」
「えっ!? ええぇぇぇっ!? そんな悪いわ! 大丈夫! ちゃんと歩いて帰れるから……っ!」
クレイユにおんぶされるなんて、冗談じゃない!
ぶんぶんと千切れんばかりに首を横に振って固辞すると、ひそめられていたクレイユの細い眉が、ますます強く寄った。
「……本当は、体育祭の時のエキューのように、お姫様抱っこで連れ帰れたらいいんだろうが……。あいにく、それで長い距離を歩けるほど鍛えていないからな。背負うのが一番合理的だと判断した」
いやっ、合理的判断と言われても! お姫様抱っこされる気も、背負ってもらう気もそもそもないから!
「クレイユ君に悪いわ! 大丈夫! 一人で帰れるから、クレイユ君はこのまま散歩を続けてもらってかまわないし!」
「怪我をしたきみを放って、のうのうと散歩できるわけがないだろう!?」
たまらずといった様子でクレイユが声を荒げた。
初めて聞くクレイユの激昂した声に、俺は思わず息を飲んでびくりと震える。
途端、クレイユの面輪が傷ついたように歪む。
ゆっくりと立ち上がったクレイユが俺に向き直った。
「すまない、大声を出して……。だが、それだけきみが心配なんだ。……それだけはわかってくれないか?」
「う、うん。それはもちろん……」
そうだよな。クレイユなりに心配して気を遣ってくれてるんだもんな。
俺も
「実際、擦りむけたかかとで別荘まで戻るのは、かなり痛いだろう?」
「それは、まあ……」
正直、じっとしていても、擦りむけたかかとが熱を持ったように、ずきずきと間断なく痛む。
なんで履きなれた靴で来なかったんだろうと、絶賛悔やんでいるところだ。
くそ――っ! せっかくのイゼリア嬢との夜のお散歩がぁ――っ!
「だろう? そんなきみを歩かせるのは忍びない。背負われるのが嫌だというのなら……」
不意に、距離を詰めたクレイユが、俺の肩を掴む。
「逃げられないように、無理やりにでもお姫様抱っこで運ぼうか?」
「っ!?」
いやいやいやっ! さっきクレイユ自身がお姫様抱っこは無理だって言ったじゃん!
「ちょっ、ちょっと待って! さっき無理だって言ったでしょう!?」
強引にお姫様抱っこをしようとするクレイユを押し留めようとするが、それより早く抱き上げられてしまう。
「きみの弁は正確ではないな。長い距離を歩くのは無理だが、抱き上げられないとは言っていない」
なんだよその理屈はっ!?
言い返そうとして見上げた瞬間、お互いの顔の近さに、ぱくりと心臓が跳ねる。
こ、これは恥ずかしい……っ!
お姫様抱っこは不本意ながら何度かされたことはあるものの、こればかりは何度されても慣れない。
っていうか、男が男にお姫様抱っこされるなんて! 顔を見られない分、まだおんぶのほうがマシだ!
赤く染まっているだろう顔を見られたくなくて、早口に懇願する。
「クレイユ君の最初の提案通り、ちゃんと背負われるから……っ! だから一度下ろして!」
俺の頼みに、クレイユがひとつ吐息して下ろしてくれる。
「こうまでしないと翻意しないとは……。きみはかなり強情だな」
面倒くさい性格筆頭のお前に言われたくはねぇっ!
が、今回に限っては、そう言われても仕方がない。
「ほら」
と俺の前に屈んだクレイユの背に、「ごめんなさい……」と詫びながら乗る。
「よっ」と小さなかけ声とともにクレイユが立ち上がる。
「ひゃっ」
バランスをとりかねてよろめいたクレイユに、思わずぎゅっとしがみついた。
「大丈夫? 重くない? 重いんだったら――」
「大丈夫だ。何ともない。そのまま大人しく背負われていてくれ」
きっぱりと断言したクレイユに、「あ、ありがとう……」と呟き、しがみついていた腕を緩める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます