213 きみとロマンティックな夜の散歩を


「本当に綺麗ね……」


 月と海を眺めながら感嘆の声をこぼすと、クレイユが「ああ」と頷いた。


 クレイユも自然の美しさに感動しているのか、その声はふだんと打って変わって優しい。


「だが――」

「あっ!」


 不意に波間でぱしゃんと飛沫が立、思わず声を上げる。


「今の見た!? 急に大きな波が立ったわよね!?」


「ああ。きっと魚だろう」

 クレイユが淡々と答える。


 ったく、こんな幻想的な景色なのに、クレイユは頭が固いな~。


「人魚だったりしたら、素敵だと思わない?」


 思いつくままに想像を口にすると、クレイユが眼鏡の下の蒼い瞳をきょとんと見開いた。かと思うと、ふはっと吹き出す。


「本当に、きみはわたしが思いもよらないことばかり言うな」

 ちらりと海を見やったクレイユが、俺に視線を戻し、甘く微笑む。


「確かに、人魚が出てきてもおかしくないくらいロマンティックな夜だ」


「え、あの……」

 ロマンティックと言われた途端、急に恥ずかしさが出てくる。


 いやっ、単に思いついたことを口にしちゃっただけで! クレイユとロマンティックな雰囲気になる気なんてまったく……っ!


「そ、そういえば!」

 海から視線を外し歩き出しながら、あわてて話題を変える。


「さっき遊んだボードゲーム! クレイユ君ももちろん初めてプレイしたんでしょう? それなのに、一位を獲るなんてすごいわよね! いちおう私も一位を獲ろうと頑張ったんだけど……。思った以上に、難しかったわ」


 甘い雰囲気を吹き飛ばすべく、明るい声でクレイユを褒めたたえる。

 と、予想通りクレイユが細い眉を寄せて、ふいと顔をそらせた。


「褒めるほどのことじゃない」


 お世辞なんかごめんだと言いたげなぶっきらぼうな声。


「すべてのカードの絵柄と位置を記憶して、出題をもとに正解を推測するだけだ。簡単なことだろう?」


 いや、どう考えても簡単じゃないから、それ!


 思わず、心のツッコミが口から出そうになる。

 頭の出来がいい奴は、考えることが違うぜ……。


「さすが、成績がいいだけあって、暗記力もすごいのね」

 感心して言うと、なぜか目をすがめて睨まれた。


「それは、暗記力があってもテストできみに勝てないわたしに対するあてつけか?」


「と、とんでもない! 単純にすごいなって感心したから……っ。ほら、私は最下位だったし……」


 あわてて弁明し、しょぼんと肩を落とすと、クレイユが仕方がなさそうに吐息した。


「……確かに、きみは出題するのも下手だったな。きみの出題が一番わかりにくかった」


「ええっ!? そうなの!?」


 心の中にあふれるイゼリア嬢への想いを、頑張って言葉にしてたのに……っ!


 確かにプレイ中、ヴェリアスに、


「ちょっ!? ハルちゃんってば、どこまでオレ達におてつきさせる気なのさ!? ハルちゃんおてつき製造マシーンと化してるよ!?」


 とからかわれたし、イゼリア嬢にまで、


「オルレーヌさん……。あなた、ルールを理解してらっしゃる? 言っておきますけど、誰も正解者が出なかったら、あなた自身もマイナスになりますのよ?」


 と心配されたほどだ。


 俺を心配してくださるなんて、イゼリア嬢はなんてお優しいんだろう……っ! 俺が感動にむせび泣きそうになったのは言うまでもない。


「女性側の台詞を言っているかと思いきや、実は男性側の台詞だったりするし……。ミスディレクションも甚だしくて、わたしも何度も間違えかけた」


 いやだって、中身は男だし……。

 そうか。意識してなかったけど、そんなに混乱させてたのか……。


 俺のすっとんきょうな声に、クレイユがくくっと喉を鳴らす。


「きみは本当にいつも予想がつかないな。一緒にいてこんなに心楽しいのは、エキューを除けばきみだけだ」


 俺としては、そこに加わる気は皆無だから、ぜひそのままエキューとずっと仲良くしててほしいんだけどなっ!? クレイユ×エキューは姉貴の推しカップルのひとつだし!


 姉貴が俺とイケメンどもの誰かをくっつけようとするのを忘れるほど、エキューと仲のよいところを見せつけて、腐女子大魔王に萌えを供給してやってくれ!


「ほんと、クレイユ君とエキュー君は仲がいいわよね! 親友って感じで……。ちょっと、うらやましくなっちゃうわ」


 クレイユとエキューの仲を心から応援する気持ちとともに告げる。


 うらやましいのも本心だ。

 イゼリア嬢の親友ポジションを狙っている俺としては、クレイユとエキューの関係は理想でもある。と。


「……うらやましいのか?」


 思いがけない言葉を聞いたと言いたげに、クレイユが目を瞬く。


「ええ。そうだけど……?」


 おれも、イゼリア嬢と親しげに名前で呼び合ったり、待ち合わせて一緒に帰るような仲に、一日も早くなりたい……っ!


「きみがそんな風に考えているとは知らなかったな」


 ふ、と微笑んだクレイユが、不意につないだままの手を強く握る。

 怜悧れいりに整った面輪を俺に寄せ。


「君となら、エキューよりももっと仲良くなるのも大歓迎だが?」


「っ!?」

 耳元で告げられた甘い響きの囁きに、一瞬で顔が熱くなる。


 違うから! うらやましいのは気のおけないクレイユとエキューの関係性であって、エキューそのものじゃねえ――っ!


 エキューよりクレイユと仲良くなりたいだなんて、まったく! 全然! これっぽちも思ってないから!


「ち、違うの! うらやましいのはエキュー君じゃなくて、その……っ」


 あわあわと釈明しようとすると、「違う?」とクレイユが小首をかしげた。

 月明かりにきらめく黒髪がさらりと揺れる。


 あっ、このつやっつやの黒髪、イゼリア嬢を連想させて、ちょっといい……。

 って、そうじゃなくて!


 整った面輪を寄せたクレイユが甘く囁く。


「わたしは、もっときみと近づきたいと思っているが?」


 もう十分に近づいてるから! むしろ近づきすぎだから! パーソナルスペース侵害しまくりだから、これっ!


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