206 こっちへ来てごらんよ
「ハルシエルちゃん、こっちに来てごらんよ。すっごく綺麗なんだよ!」
すっかりいつもの明るい笑顔に戻ったエキューが、手を握ったまま水上ハウスの真ん中へ俺をいざなう。
そこには、斜めに両足を美しくそろえて座り、視線を伏せるイゼリア嬢がいた。
ふぉおおおおっ! さすがイゼリア嬢です! ただ座ってらっしゃるだけでもお美しい……っ!
濡れておみ足にはりついたパレオがなまめかしくてドキドキします……っ!
細いうなじに落ちた
にしても、イゼリア嬢は何を見てらっしゃるんだろうか。
長いまつげを伏せるイゼリア嬢の視線の先を追い。
「わぁ……っ!」
思わず、歓声が口から飛び出す。
水上ハウスの中央部分の床は透明な素材でできていて、そこから海の中の様子が見えるようになっていた。
澄んだ海水の中を舞うように泳ぐ色とりどりの魚や、揺らめく海藻などが見える。
前世で子どもの頃、家族旅行で海に行った時に海の中が見える遊覧船に乗ったことがあるけど、そんな感じだ。
「とっても綺麗ですね!」
もちろん、この世で一番綺麗なのはイゼリア嬢ですけど!
エキューの手をほどき、いそいそとイゼリア嬢のそばへ寄ろうとすると、きっ! と鋭く睨まれた。
きゃ――っ! クールなまなざしにどきどきしちゃいます!
「先ほど転んで、エキュー様に多大なご迷惑をかけたばかりですのに、不用意に近づくのはやめてくださる? あなたが転ぶのは勝手ですけれど、間違ってもわたくしまで巻き込まないでいただきたいわ」
つん、とイゼリア嬢がそっぽを向く。
「はいっ、申し訳ありませんっ!」
即座にぺたんと床に座る。
確かに、波のせいで微妙に揺れて不安定だし、床は濡れているし、万が一にでも転んでイゼリア嬢にぶつかったりしたら……っ!
自分で自分が許せなくて、切腹するほかないっ!
つまり、イゼリア嬢は俺の命の恩人! さすが女神です! 一生、崇め奉ってついていきますっ!
間違っても転ばないように、床におしりをつけたまま、ずりずりとイゼリア嬢に近づく。
「すごく綺麗ですね! 泳げなくても、この景色を見ているだけで、旅行に来た意味がありますね!」
澄んでいて透明度が高いからだろう。くっきりと見える海の中の景色は、見ていてまったく飽きない。
日陰なので直射日光は差さないし、海の上を渡る風は、熱気を吹き飛ばして心地よい。
「ハルシエル嬢は本当につつましやかだね。この程度でそんなに喜んでもらえるなんて、かえって恐縮してしまうよ」
甘やかな笑みを浮かべながらリオンハルトが寄ってくる。
「けれど、きみやイゼリア嬢の喜ぶ顔を見られるのは、わたしにとっても喜びだよ」
「リオンハルト様! とんでもありませんわ。わたくし達のために、このように立派なものをご用意いただけるなんて……っ。なんとお礼を申し上げたらよいのでしょう」
ぱっと顔を上げ、リオンハルトを見上げたイゼリア嬢が、太陽よりもまぶしい笑顔を見せる。
ぎゃ――っ! イゼリア嬢の笑顔がまぶしくて、目がくらんでとけちゃいます~っ!
「せっかく旅行に来てもらったからには、きみ達にも十二分に楽しんでほしいからね。希望があったら、遠慮なく言ってほしい」
「まあっ、お優しいお言葉、ありがとうございます」
イゼリア嬢が感極まった声を上げる。
俺はあえて申し訳なさそうな表情を作ってみせた。
「でも、私達にばかり気を遣っていただいては申し訳ないです。リオンハルト達はどうぞ泳ぎを楽しんできてください。私はイゼリア嬢とここで、海の景色を楽しませていただきますから」
俺はいかにも気遣っている風を装って、リオンハルトに提案する。
希望? 希望を言っていいんなら、イゼリア嬢と二人っきりにさせてくれ!
俺の言葉に、リオンハルトが意外なことを言われたとばかりに、目を
「何を言うんだい? 泳ぐのなんて、しようと思えばいつでもできる。わたしにとっては、ハルシエル嬢やイゼリア嬢の喜ぶ顔を見ることが、何よりの喜びだよ」
「まあ! リオンハルト様……っ」
リオンハルトの甘やかな笑みにあてられた様に、イゼリア嬢の面輪が薄紅色に染まる。
ぎゃ――っ! イゼリア嬢、可憐すぎます! 俺の心臓を壊す気ですか!?
さすがリオンハルト。砂糖爆弾の威力が半端ないぜ……っ!
けど! そういう気遣いはいらないからっ! 俺が望んでいるのは、イゼリア嬢と二人っきりできゃっきゃうふふすることだから!
イケメンどもはとっとと泳ぎに行っちまえ――っ!
……あ、でも浜辺に戻る時だけは連れて帰ってください。足のつかない沖合で波に流されたりしたら怖すぎるんで。
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