198 お前らもろくでもない妄想をしてたんじゃないだろうなっ!?


 これ以上、ろくでもない腐妄想をはかどらせてなるものかと、俺はラッシュガードの前のチャックを下ろし、そそくさとビーチパラソルの下から出る。


 途端、ちらちらとこちらをうかがっていたイケメンどもが、かすかにどよめいた。


 おい……っ。もしかして、お前らもろくでもない妄想をしてたんじゃないだろうなっ!?


 特に顔がにやけきってるヴェリアス! もしかして、わざとちょっとサイズの大きいラッシュガードを選んだんだとしたら……。軽蔑するぞ、マジで!


 波打ち際へと歩いていくと、エキューが軽やかに駆け寄ってきた。


「わあっ! それがヴェリアス先輩が選んだっていう水着? ハルシエルちゃんに似合っていて、とっても可愛いね!」


「あ、ありがとう……」


 くうぅっ、エキューの天使の笑顔が、降りそそぐ陽射しよりもまぶしい……っ!


 邪気ひとつない輝くような笑顔で言われると、変な想像をしてたんじゃないかと疑った自分が、悪人になったような気持ちになる。


「爽やかなアイスブルーが夏らしくて素敵だね! すごくよく似合っているよ。さすがヴェリアス先輩だなぁ~」


 純粋な感嘆の声音に、俺の口元も思わず緩む。


「褒めてくれてありがとう。でも、エキュー君も素敵よ。陸上をしているからかしら、引き締まっていて格好いいと思うもの」


 顔立ちは女の子みたいに愛らしいエキューだけれど、少年らしい線の細さを残しつつも、運動で引き締まった身体はどこからどう見ても、格好いい美少年にしか見えない。青地に星の柄が散った水着がよく似合っている。


「思っていたより、ボーイッシュな感じの水着なんだな。だが、それもきみによく似合っている」


 エキューの隣に並んだのは、浜辺でも銀縁眼鏡をかけたままのクレイユだ。


 落ち着いた緑のリーフ柄の水着を着た姿は、勉強一辺倒なクレイユらしく、線が細いが……。けれど、ぴんと姿勢がいいこともあって、ひ弱な感じは全く受けない。


 クレイユのくせに……。と思うと、なんかちょっと悔しい。


「ハルシエルは何を着ていても、愛らしくて魅力的だな」


 穏やかな笑みを浮かべて褒めてくれたのはディオスだ。両脇のところにだけ色違いのストライプが入った水着を着たディオスは、男の俺でもほれぼれするような肉体美を惜しげもなくさらしている。


 さすが、運動万能なディオスだ。大理石の彫刻のように格好いい。


 っていうか、おいイケメンども! いちいち寄ってきて褒めなくていいから! この調子だと……。


「確かに、本当によく似合っているね。まるで、海の精霊みたいだ」


 逃げようとするより早く、背後から甘い響きの声に褒めたたえられる。


「愛らしくて、太陽よりもきみのほうがまぶしいくらいだね」


 くそう……っ! 逃げ遅れた……っ!


 他のイケメンどもの比じゃない砂糖攻撃に、一瞬で頬が熱くなる。


 い、いやっ、これは夏の太陽のせい! うんっ、きっとそうに決まってる!

 心の中で誰にともなく弁解しつつ、なんとかこの場から脱出しようとすると、


「ふっふ~ん♪ でしょ~? ハルちゃんの水着は特別可愛いだろ~♪ タンキニを選んだのはハルちゃん自身だけど、オレがアドバイスしたからなんだぜ♪」


 逃げ道をふさぐかのように、リオンハルトとは逆側からヴェリアスの声が聞こえてきた。


 挟まれたっ!? まさに、前門のリオンハルト、後門のヴェリアスだ。


 ってゆーかお前ら、いちいち寄ってくんなっ! 俺の水着姿なんていちいち褒めに来なくていーから、好き勝手に遊んでろよっ!


 俺の心の叫びもむなしく、ヴェリアスが自慢するように告げる。


「ほんっと、オレを褒めたたえてほしいねっ♪ ハルちゃんってば、せっかくの旅行なのに、スクール水着で十分です、なんて言うんだぜ!? かたくななハルちゃんを説得するのに、オレがどれほど言葉を尽くしたか……っ!」


 ちょっ!? ヴェリアス! 余計なこと言うなよっ!


「スクール水着……」

 イケメンどもがショックを受けたように口々に呟く。


 って、ん……? もしかしてこれ、イケメンどもに呆れられて好感度が下がるチャンスか!?


 よし、いいぞ! イケメンども、ハルシエルの女子力の無さに呆れて、好感度をがくーんと下げちまえ!


「ハルシエル、なんて慎ましやかな……」

 ディオスが感じ入ったような声を出す。


「いや、もちろんスクール水着であっても、ハルシエルの愛らしさが減じることはないが……」


「その点に関しては、ディオス先輩に大いに同意します。むしろ、シンプルだからこそ、ハルシエル嬢自身の魅力が際立つのではないかと……」


 くい、と眼鏡のブリッジを指で押し上げ、大きく頷いたクレイユに、エキューが反論する。


「ダメだよ、クレイユ! そりゃあハルシエルちゃんは何を着たって可愛いけどさ! ヴェリアス先輩が言う通り、せっかくの旅行なんだもん。可愛い水着で楽しく過ごしてほしいよ! ほんと、よかったぁ~。ヴェリアス先輩がハルシエルちゃんを説得してくれて!」


「確かに、ヴェリアスに礼を言わないといけないようだね。感謝するよ、ヴェリアス」


 ゆったりと微笑んでヴェリアスに礼を述べたのはリオンハルトだ。


「きみがハルシエル嬢を説得してくれなければ、彼女の旅行の準備にまで思い至らなかった己の不明を恥じて、別荘に王宮のお抱えデザイナーを即刻呼び寄せなければならなかったよ」


 ヤ、ヤバかった……っ! ヴェリアスの忠告を聞き入れて、ちゃんと水着を買っておいて、ほんとよかった!


 ヴェリアスの想像以上だった……っ! なんだよ、お抱えデザイナーって!


 今日着てる、瞳と同じ碧い色の水着も、もしかして特注品か!? 王子ってマジ恐ろしい……っ!


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