196 いざ! 美の女神が待つ砂浜へ!


 案内された別荘は、まるで映画のセットのような雰囲気の素敵な建物だった。


 建築当初からそのままだという柱はよく磨かれて黒光りし、白い漆喰の壁とのコントラストが美しい。壁の下半分は羽目板張りで落ちついた雰囲気をかもし出していた。


 美形俳優もかくやというイケメンどもと一緒だと、うっかり映画の世界に迷い込んだんじゃないかと思う。


 まあ、もちろん俺はモブで、主演女優はイゼリア嬢だけどなっ!


 俺に割り当てられたのは、二階にある客室のひとつだった。壁の半分が羽目板張りなのは廊下と同じだが、上半分はおちついた花柄の壁紙で、上品でありながらも可愛らしい。


 ぴしりと綺麗に整えられたベッドといい、レースのカーテンがかかった出窓といい、趣味の良いアンティークの家具といい、一泊とはいえ、こんな素敵な部屋で過ごせるなんて、テンションが上がる。


 一人につき一室が割り当てられているが、元々ホテルだったため、お風呂も各部屋に備えつけられているそうだ。


 残念なような、ちょっとほっとしたような……。


 いやでも、もしイゼリア嬢と一緒にお風呂なんてことになってたら、鼻血で出血多量死確定だっただろうから、よかったのかもしれない。


 あの姉貴のことだから、イケメンどもの裸を拝むために、大浴場のあるホテルを宿泊先に……。という可能性も考えなくはなかったが、きっと姉貴も命が惜しかったんだろう。


 超セレブ校・聖エトワール学園の理事長、生徒と合宿中に萌え悶え死に! なんて見出しが新聞に載ったら一大事だもんな!


「我が生涯に一片の悔いなし……っ!」


 とか言って、尊さのあまり萌え死んでる姉貴の顔は、ありありと思い描けるけど。

 が、今は姉貴のことなんざどうだっていい!


 ついにっ! ついにイゼリア嬢の水着姿を拝める日が……っ!


 バスの運転手さんがそれぞれの部屋まで運んでくれた鞄から水着を取り出し、いそいそと着替え始める。


 ヴェリアスと一緒に選んだアイスブルーに白いストライプのタンキニの上には、ラッシュガードを羽織り、チャックをしっかり首元まで上げておく。


 これで防御力もかなりアップだぜ……。


 長い髪はポニーテールにまとめ、足元も水着に合わせたアクアブルーのビーチサンダルに履き替えれば、準備完了だ。


 いざ! イゼリア嬢という名のアプロディーテがいる砂浜へ!


 意気揚々と部屋を出て、別荘の裏手にあるというプライベートビーチに向かう。


 ロビーとは逆側にある扉から外へ出ると、建物の裏手は手入れの行き届いた庭園になっていた。

 天気のいい日はここでお茶を楽しむこともできるらしく、テーブルと椅子が置かれている。


 庭と砂浜の間は高低差があるのか、庭の向こうに、まるで切り取ったかのように陽光にきらめく青い海が見えた。


「わぁ……っ!」


 この世界に来て初めて見る海の美しさに、思わず歓声がこぼれ出る。


 真夏の陽光を反射してきらめく青い海。明るいあおから、紺に近い蒼まで、精妙なグラデーションを描く広々とした海は、心洗われるような美しさだ。


 この美しい海を背景に、麗しのイゼリア嬢が……っ!


 妄想から我に返った俺は、こうしちゃいられないと、急いで砂浜へ降りられるところを探す。


 裏庭と浜辺の間は、二、三メートルほどの高さの崖になっていたが、ちゃんと階段が備え付けられていた。

 手作り感のある丸太の階段を、手すりを持ちながら降りていく。


 浜辺には、水着に着替えたイケメンどもと理事長、そしていつものメイド服のままのシノさんがすでに来ていた。が。


「あれ……? イゼリア嬢は、まだいらっしゃっていないんですか……?」


「ああ、もうすぐ来ると思うが……。女性のほうが支度に時間がかかるからね」

 俺の問いかけに、リオンハルトがあっさり頷く。


「そうですか……」


 せっかく急いで着替えてきたのにと、しょぼんと肩を落とす。


 が、リオンハルトが言うことはもっともだ。むしろ、俺が早すぎたんだろう。


「日焼けしないように、ラッシュガードを着ているんだね。きみは色が白いから……。日焼け止めもちゃんと塗ったかい?」


「へ?」

 沈んでいた俺は、リオンハルトの問いかけに間抜けな声を上げる。


 日焼け止めなんて、そもそも買ってないぞ? ふだんからつけてもいないし。


 俺の表情を読んだリオンハルトの眉がきゅっと寄る。


「まさか、塗り忘れたのかい?」

「リオンハルト様。どうぞこちらをお使いください」


 瞬間移動したのかと思うほど素早く、さっとリオンハルトの横に現れたシノさんが、日焼け止めクリームのチューブを恭しく差し出す。


「ああ、ありがとう。いけないよ、ハルシエル嬢。海は日差しがきついのだから、ちゃんと塗っておかないと――」


 手のひらにクリームを出したリオンハルトが、俺の頬に手を伸ばすが――、


「いえいえいえっ! 自分で塗りますから! 大丈夫です!」


 ぶんぶんぶんと首を横に振って、あわててリオンハルトから距離を取る。


 ってゆーか、シノさんもなんでリオンハルトに渡したんだよっ!? 最初からこの展開を狙ってただろ!?


「しかし、もう出してしまったし……」


「それはリオンハルト先輩が自分に塗ったらいいじゃないですか! シノさん、貸してください!」


 これ以上、余計なことをされる前にと、リオンハルトがシノさんに返していたチューブを素早く奪う。


 リオンハルトもシノさんも! 残念そうな顔をしても、絶対ほだされたりしねぇからなっ! なんでわざわざリオンハルトに塗ってもらう必要があるんだよ!?


 そんなことになったら、また他のイケメンどもも絡んできて面倒なことになるに決まってる……っ!


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