163 いったいどこまで話を聞いてるんだよ!?


「あっ、はい。そうなんです」


 当事者の一人とはいえ、まさか、リオンハルトに尋ねられるとは思っていなかった俺は、驚きながらこくんと頷く。


「小さい頃の私の言動が原因で、ディオス先輩に女の子への苦手意識を植えつけたばかりか、原因である私が、今までそのことを忘れていたんなんて……。もう、ディオス先輩に申し訳なさ過ぎて……っ」


 話しながら、罪悪感でどんどん声が沈んでいく。


 優しいディオスは、気にしてなくていいと言ってくれたけど……。

 やっぱり、責任を感じずにはいられない。


「だが、ディオスはきっと、「気にしないでほしい」と言ったんだろう?」


 リオンハルトが見てきたような口ぶりで言う。


「そうなんですけれど……。でも、だからといって、「はい、そうですか」で済ませられるわけがないじゃないですか! って、あれ? リオンハルト先輩は、どこまでディオス先輩から話を聞いているんですか?」


 不意に「俺のお姫様」発言までディオスの甘い声とともによみがえりそうになり、あわててぷるぷるとかぶりを振る。


 いくら幼なじみで親しいとはいえ、さすがにそんな恥ずかしいコトまでリオンハルトに話してないよなっ!? 頼むから、聞いてないって言ってくれ!


 俺の祈りが通じたのか、


「わたしがディオスから聞いたのは、きみに、まだ幼い頃に会ったことがあると伝えてちゃんと謝罪したことと、きみもわたしやディオスに会ったことを思い出してくれたと……。それだけだよ」


 と、リオンハルトがあっさり答える。


「実は、ディオスには入学式の直後に頼まれていたんだ。昔、きみと出会ったことを、きみのほうから言い出すまでは黙っていてくれないか、と。先にディオスから、幼い日のきみを怖がらせてしまったことを謝りたいから、と……」


「そんなっ! 謝らないといけないのは私のほうですよ! 私のせいで、ディオス先輩のモテ期が……っ!」


「もてき?」


 リオンハルトが不思議そうな顔で首をかしげる。


 人生オールモテ期だというのに、王子様は庶民の言葉は知らないらしい。


「モテて、ちやほやされる時期って意味です。ディオス先輩、あんなに格好よくて優しくて、頼りになって素敵で……。女の子から好意をもたれるに決まっているのに、私のせいで青春を謳歌おうかしそびれたんだと思うと、申し訳なさ過ぎて、なんてお詫びすればいいのか……っ!」


 自分の罪深さを改めて自覚して、どんどん声が暗くなる。


 どうしよう……っ! やっぱり、ディオスにもう一回、ちゃんと謝っておいたほうがいいよなぁ……っ。


 と、リオンハルトがくすりと笑みをこぼした。


 あっ、リオンハルト、てめえ……っ! 他人事だと思って笑いやがったな!?

 どうせ俺は、お前みたいにスマートに物事をこなせた試しなんかないよ! けど、笑うことは――、


「ディオスのためにも、きみの誤解を解いておくけれど」


 リオンハルトの落ち着いたトーンの声が、俺を正気に返らせる。


「ディオスは本当にきみを怒ってなんかいないよ。幼なじみとして、保証してもいい」


「え……?」


 思いがけない言葉に、きょとんとリオンハルトの端麗な面輪を見上げる。


「本当ですか……?」

「きみに嘘なんて言わないよ。本当だ」


 リオンハルトが、俺の疑念をほどくかのように、柔らかな笑顔できっぱりと頷く。


「そもそも、ディオスは好意を寄せられたからといって、誰とでも気軽につきあう性格ではないだろう?」


「それは、確かにそうですね……」


 ヴェリアスのように、女の子を周りにはべらせ、とっかえひっかえしているディオスなんて、天地がひっくり返っても想像がつかない。


「だから、ディオスにとっては、「女性が苦手」というイメージは、ある意味、防波堤の役割を果たしているんだよ。だから、きみが罪悪感を覚える必要はない。ディオスのためを思うなら、むしろ、今まで通りのままが彼もありがたいんじゃないかな? 急に女性達に言い寄られたら、そちらのほうが困るだろうからね」


 リオンハルトが悪戯いたずらっぽく片目をつむる。リオンハルトには珍しい表情。


 だが、ウィンクした顔も小憎らしいほど似合っていて、そんな場合ではないのに、心臓がぱくりと跳ねる。


「なるほど……」


 思わず見惚みほれそうになったのをごまかすように、俺はリオンハルトから視線を背けてこくりと頷いた。


「そういうことでしたら、納得しました、本当によかったです、ディオス先輩に多大なご迷惑をかけていたわけではなくて……。あの、ありがとうございました」


 リオンハルトに礼を言うのはしゃくだが、俺の罪悪感を取り払ってくれた厚意には感謝している。


 ぺこりと頭を下げて礼を言うと、「ただ……」とリオンハルトが苦い声を出した。


「わたしとしては、どうにも気になる点がひとつだけあるんだけれどね」


「えっ!? 何ですか!?」


 気づかないうちに、他にもディオスに迷惑をかけていたんだろうか……?


 不安になって見上げると、リオンハルトが端麗な面輪をしかめて、俺を見下ろしていた。きゅっと寄せられた形良い眉は、怒っているようにも見える。


 おどおどと見つめていると、ふう、とリオンハルトが物哀しげに小さく吐息した。


「格好よくて優しくて、頼りになって素敵で……と、目の前で手放しで他の男性を褒められるのは……。たとえそれがディオスであっても、いてしまうな」


 …………はい?


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