149 違うから! 違わないかもしれないけど違うからっ!


 俺と同時にディオスも同じことに思い至ったらしい。精悍せいかんな面輪がれたりんごのように真っ赤に染まる。


 気づくなっ! 頼むからお前まで気づくなディオス――っ! っていうか、元はと言えば、タルトを差し出して原因を作ったのはお前だろーがっ!


 いやっ、違うから! 違わないかもしれないけど違うからっ! 男同士で間接キスなんてありえないからっ!


 うんっ、さっきのはなんていうか「あーん♡」なんて甘いヤツじゃなくて……。

 あれだあれ! 男子同士が「お前の弁当の唐揚げ、うまそうだよな。俺の卵焼きと交換しようぜ」みたいな? うん、ぼっちの俺はそんなことしたことないけど!


 っていうかそれ、姉貴が見てたら狂喜乱舞しそう……。


 とにかく! 食欲だけで「おいしそう」って言ったんであって、きゃっきゃうふふと甘い雰囲気になりたいとか、そういう意図はまったくねぇ――っ!


 ここはあれだ! イゼリア嬢お気に入りのガトーショコラを食べて心を落ち着けよう!


 俺は無言でガトーショコラをもぐもぐ食べる。


 はーっ、おいしい! イゼリア嬢お気に入りのガトーショコラ、おいしすぎるっ!


 そうだよっ、さっきどきどきしちゃったのもあれだ。イゼリア嬢のことを思ってときめいていたから無駄に意識しちゃっただけ! そうだよ、うん!


「本当に『ムル・ア・プロシュール』のケーキっておいしいですね!」


 さっきの間接キスなんて存在しなかった言わんばかりのていでディオスに話しかけると、真っ赤な顔のまま、時を止めたように固まっていたディオスが動き出した。


「あ、ああ……。そうだな」


 ぎこちない手つきでティーカップに手を伸ばす。

 一息で紅茶をあおったディオスが、心を落ち着かせようとするかのように、ふぅ、と大きく息を吐き出した。


「もしよければ、おかわりも用意しているから、遠慮なく言ってくれ。ガトーショコラだけじゃなく、他のケーキもいろいろと用意しているんだ」


 ディオスが言ったタイミングで、ワゴンを押したシノさんが小道の向こうに姿を現す。


 っていうか、このタイミング! 間違いなく俺達を盗撮してただろっ!?

 なんかもー、いつものクールなシノさんはどこ行った!? ってツッコミたいくらい、顔がにやけてるんですけどっ!


 クールメイドさんが不意に見せる笑顔には思わず萌えるけど、原因を考えると、絶対に萌えたくねぇ……っ!


 からからとシノさんが押してきたお洒落なワゴンには、紅茶のポットの他に、驚くほどたくさんの種類のケーキの皿が載っていた。まるで、お店のショーウィンドウが丸ごと引っ越ししてきたんじゃないかと思うほどの量だ。


 どのケーキも宝石みたいにきらきらしていて、見ているだけでわくわくしてくる。


「どうだろう? きみの好みのケーキはありそうか? 一応、『ムル・ア・プロシュール』で今の季節に扱っているケーキはすべて取り寄せたんだが……。すまない、前にきみが食べていた苺のタルトは、今の季節は取り扱っていなくてな……」


 大型犬がしっぽを垂れるようにディオスがうなだれる。俺はあわててぶんぶんと首を横に振った。


「そんなの、全然気にしないでくださいっ! ほんと、どのケーキもおいしそうで……! ですから、ガトーショコラを食べ終わったら、ぜひもうひとついただきますね」


 高級店らしく、ひとつひとつのケーキのサイズはさほど大きくはない。少食なハルシエルでも、もうひとつくらいなら入りそうだ。


 っていうか、この機会じゃないと味わえない高級菓子店のケーキを食べないなんて、もったいなさすぎるもんな!


 俺の返事に、シノさんに紅茶のおかわりをついでもらったディオスが表情を緩める。柔らかな笑顔はいつも通りのディオスで。俺もほっとして食べかけのガトーショコラにフォークを伸ばした。


 イゼリア嬢のお気に入りを味わわないと! という気持ちもあるが、ハルシエルじゃ買えない高級品だと思うと、ゆっくり食べないともったいないという気持ちにさせられる。


 そんな高級ケーキを全種類取り寄せるなんて……。ディオスもやっぱりセレブなんだなぁ……。


 いや、馬で登場した時からわかってたけどな、うん!

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