男なのに乙女ゲームのヒロインに転生した俺の味方は、悪役令嬢だけのようです ~ぐいぐい来すぎるイケメン達にフラグより先に俺の心が折れそうなんだが~
143 俺を変えてくれたのは、まぎれもなくきみなんだ。
143 俺を変えてくれたのは、まぎれもなくきみなんだ。
俺はそそくさと、けれども今度はよろけないように距離をとる。が、広くもない馬の背の上。離れようとしても、たかが知れている。
き、気まずい……っ! かといっていまさら、「やっぱり降ります!」なんて言えないし……。
と、ずっと止まったままなのに苛立ったのか、エクレール号が、ぶるると鼻を鳴らしながら、かっかっと前脚で地面を
「ディオス先輩! 出発しましょう! エクレール号もしびれを切らしているみたいですし!」
天の助けとばかりに、「どうどう」とエクレール号をなだめているディオスを促す。
ありがとう、エクレール号! さっきはディオスを正気に戻してくれたし……。感謝してもしきれないぜ! 後で好物をあげてくださいって、ちゃんとディオスに頼んどくからなっ!
「そうだな……。あまりゆっくりしすぎて、お茶の時間が短くなっても困るからな」
ふ、と肩の力を抜いたように笑ったディオスが、エクレール号の腹を軽く蹴り、出発させる。嬉しそうにぶるんとたてがみを揺らしたエクレール号が、ふたたび歩き出した。
「お茶の時間って、その……」
気詰まりな沈黙を避けるべく、俺はディオスがこぼした呟きを拾う。「ああ」とディオスが頷いた。
「きみからリクエストをもらった『ムル・ア・プロシュール』ガトーショコラは、もちろん用意してある。安心してくれ」
「ありがとうございます! 楽しみです!」
思わず声が弾む。
イゼリア嬢が大好きだっていう俺には手の出ない高級菓子店のガトーショコラ! 今から食べるのが楽しみだぜ!
同時に、エキューのさりげない気遣いにいまさらながらに気づく。
さっきのランチの時、デザートに出たのは、ピンクグレープフルーツのさっぱりしたシャーベットだけだった。
いや、正直、ケーキとかタルトとかを出されても、お腹いっぱいお肉を食べた後じゃ、入る気がしなかったから助かったんだが……。
前菜やメインの豪華さに比べて、あっさりしていたのは確かだ。きっと、ケーキはディオスが用意しているからと、あえてシャーベットだけに留めたのだろう。優しいエキューらしいと思う。
「ハルシエルに、好きなだけおいしいお肉を食べてもらうんだと、エキューがはりきっていたが……。ケーキを食べられるだけの余裕はあるか?」
心配そうに尋ねるディオスに、大きく頷く。
「はいっ! 少しお腹もこなれてきましたから大丈夫です! それに、私じゃ買えない『ムル・ア・プロシュエール』のガトーショコラを食べそこねるなんて、そんなもったいないこと、できませんっ!」
熱弁する俺に、ディオスがふっ、と笑みをこぼす。
「女性は甘いものに目がないと聞くが、本当なんだな」
「ええまあ、一般的には……。私も、好きですし……」
いや、俺は中身は男だけどな!
俺が知っている女性なんて数が知れているが、そういや姉貴も甘いものは大好物だった。「体重がぁ~~っ!」って言いながらも、しょっちゅう食後にスイーツを食べてたもんな。
「体重が気になるなら、食わなきゃいーじゃん」って正論を言ったら、問答無用で蹴りを入れられたけど。
「
「たぶんできないだろーけど、あんたにも万が一奇跡が起こって彼女ができた時のために覚えておきなさい! 女の子は、スイーツと、イケメンがイケメンに囁く甘ぁ~い愛の言葉と、イケメン同士のきらめく愛が心の栄養なのよ!」
って力説してたけど……。
それって、どう考えても「女子」の心の栄養じゃなくて、「腐女子」の心の栄養だろっ!?
あ、でも姉貴のお馬鹿な言動を思い出してたら、ちょっと冷静になってきた……。
「ディオス先輩は甘いものはあまりお好きじゃないんですか?」
ディオスだと明らかにケーキより、ステーキとかコーヒーとか、骨付き肉とか、そっちのほうが似合いそうだよな……。
何気なく尋ねると、なぜかディオスが照れたように視線を揺らした。
「実は……。甘いものはかなり好きなんだ……。おかしいだろう? こんなでかい図体で」
「そんなことありませんよ!」
情けなさそうに呟くディオスに、思わずかぶりを振る。
「男の人が甘いものを好きだって、全然かまわないじゃないですか! まったく変じゃないですよ。私だって、大好きですもん!」
言った瞬間、ディオスの
「えっ? あ……っ。あのっ、大好きっていうのは、お菓子のことであって、その……っ」
うまく言葉が出てこない。ディオスの顔の紅さが移ったかのように、俺の頬も熱を持つ。
「と、とにかく! 好きっていう気持ちは心の中に自然とあふれてくるものなんですから、誰が何を言ったって、好きなものは好きと胸を張ったらいいと思います! だから、ディオス先輩がスイーツ好きでも、全然問題ないですよっ!」
好きなものを好きだと公言できないつらさはよくわかる!
俺だって、女の子であるハルシエルがイゼリア嬢を「好き♡」なんて公言したら、変な目で見られるだろう。俺はいいけど、イゼリア嬢には迷惑をかけなくなんかないから、それはできない。けれど。
誰がなんと言ったって、俺の最推しがイゼリア嬢だという事実は変わらない! それこそが、俺が「藤川陽」である何よりの証なんだから。
「好きは心の中から自然にあふれてくる気持ち……。誰になんと言われても、胸を張ればいい、か……」
ディオスが低い声で呟く。
「ディオス先輩?」
何と言ったのかよく聞こえず、小首をかしげると、「いや……」とディオスがかぶりを振った。
「きみは、いつでも思いがけないことを言って、俺に気づきを与えてくれるな」
「? そんなことをした覚えはありませんけれど……?」
きょとんとディオスを見上げると、柔らかく苦笑された。
「気づいていないのか……。無自覚なところも、ある意味きみらしいが」
と、表情を改めたディオスが、きっぱりとした口調で告げる。
「だが、俺を変えてくれたのは、まぎれもなくきみなんだ」
「ええっ!? 私、そんな大それたことなんてしてませんよ!?」
驚いて声を上げると、ディオスが破顔した。
「きみは意識していなくても……。女子に苦手意識を持っていた俺を変えてくれたのはきみだよ、ハルシエル」
「そうなんですか……」
確かに、体育祭のハードル走の練習の時、ディオスが女子が苦手だという話は聞いた覚えがある。
けど……。俺、ディオスに何かしたっけ?
いやまあ、女子への苦手意識がなくなったのは、大いにいいことだと思う。女子が平気になったってことはつまり、中身は男のハルシエルじゃなくて、他の女子を好きになる可能性が大幅アップしたってことだもんなっ! うんっ、それは素晴らしい!
凛々しくて頼もしいディオスに憧れている女子は大勢いるし、ディオスに想いを寄せられて喜ばない女子なんていないだろう。
ディオスには、ぜひとも可愛い女の子と、周りも
「そういえば、前に話した時には聞きそびれていましたけれど……。女子が苦手になったきっかけって、何かあったんですか?」
尋ねると、ディオスが目を
「そうではないかと薄々思っていたが……。やはり、覚えていないのか……」
胸がきゅうっと締めつけられるような、切ない声音。
何だかわけもなく悪いことをした気持ちになって、俺は思わず唇を噛みしめた。
と、ディオスが柔らかに微笑む。
「無理もない。あの時のきみは、まだほんの小さな子どもだったからな」
俺を見つめたまま、懐かしむような遠いまなざしをしたディオスが、ゆっくりと告げる。
「ハルシエル。俺ときみは……。まだ幼い頃に、一度、会ったことがあるんだ」
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