131 さりげなく詩を暗唱できるようになりたいっ!


 生徒会の面々と別れた俺が向かった先は、図書館だった。『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を夏休みの間も借りられるように、延長の手続きをするためだ。


 ひと通り読んだけど、暗唱できるくらい読み込みたいしな!


 で、旅行の時にイゼリア嬢と二人っきりになった時に、さりげなく話題に出すんだ……っ! 素敵な詩集ですね、って!


 実際、切ない恋心を謳った詩の数々は、砂地に水がみ込むように、俺の心に沁み込んだ。


 高嶺の花に恋焦がれ、手に入れられないとわかっていながらも、令嬢への想いと、彼女が幸せであるようにと祈りを込めて謳われた詩の数々は、あまりにも俺の境遇と似ていて、読みながら、思わず涙がこぼれそうになったほどだ。有名な詩集だというのも頷ける。


 それにしてもまさか、文学の素養のひとつもない俺が、詩を読んで涙する日が来るなんて……。


 恋っていうのは偉大だなぁ。いや、偉大なのは俺にこんな幸福を与えてくれたイゼリア嬢だなっ!


 ああっ、俺にも文才があったら、胸に湧き上がるイゼリア嬢への想いを詩にしたためるのに……っ! 特別な才能なんて何もない我が身が恨めしい。


 ともあれ、すっかり『ラ・ロマイエル恋愛詩集』のとりことなった俺は、もっと読み込みべく、貸出期間延長の手続きをした。


 さりげなく詩を暗唱できるなんて、ちょっと格好いいかも、というミーハーな気持ちもある。


 あのヴェリアスでさえ、詩を暗唱したときは、ちょっとだけ格好よかったもんな。シャルディンさんの朗読なんて、言わずもがなだし。


 『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を暗唱したら、イゼリア嬢の好感度が上がる確証はないけれど、会話の糸口くらいにはなるかもしれないしっ!


「あら、オルレーヌさん。『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を読んでらっしゃるの? あなた程度の感性で、この詩の良さがわかるとは思えませんけれど! おーっほっほ!」


「はいっ、そうなんです。ですから、ぜひイゼリア嬢にこの詩の素晴らしさを教えていただけたら……」


 なーんてっ!

 手続きの終わった詩集を胸に抱え、イゼリア嬢との会話を妄想しながら図書館を出ようとしていた俺は、ちょうど入ってきた誰かとぶつかりそうになった。


「ひゃっ」


 避けようとしてたたらを踏み、転びそうになったところを、ぐいっと引き寄せられる。抱きとめられた拍子に、すっきりとしたコロンの香りが鼻をくすぐった。


「す、すみません……」

 あわてて謝り、見上げた先にいたのは。


「クレイユ君……」

 驚きに、眼鏡の奥の蒼い瞳を円くしているクレイユだった。


 げっ!? なんでクレイユがここにいるんだよっ!?


 思わず心の中で文句を言うが、イゼリア嬢とのことを妄想していて、前をロクに見ていなかったのは俺が悪い。


「ごめんね。ちょっとぼうっとしていて。クレイユ君は勉強に来たの? 私はもう帰るから、それじゃあ……」


 クレイユから距離を取ろうとするが、両肩を掴んだクレイユの手は放れない。


「あの……?」


「きみが図書館へ行くのが見えたから、話をしたいと思って追いかけてきたんだ」

「はい?」


 俺には話す用なんてひとつもないぞっ!


 小首をかしげた俺に、クレイユがまだ肩に手をかけたまま告げる。


「きみが、エキューに頼んだ伝言を聞いた」

「ああ……」


 確かに、昨日も今日も、生徒会で会ったクレイユは、冷静で淡々としたいつも通りのクレイユだった。エキューはちゃんと伝言してくれたらしい。さすがエキュー! 頼りになるぜっ!


「エキューに叱られたよ。女の子を泣かせたり、そのことを気に病ませたりするなんて、紳士の行いじゃないってね」


 クレイユ相手に、愛らしい顔を精いっぱい険しくして怒るエキューの姿が、たやすく想像できる。


「エキュー君は、ああ見えて中身はすごく男らしいものね。怒っている姿が目に浮かぶわ」


 きっと、真摯に叱るエキューの言葉だからこそ、クレイユの心にも届いたのだろう。ほんとにエキューには感謝しかない。


 と、俺の言葉にクレイユが意外そうに目を瞬く。


「きみは……。エキューのことを、男らしいと言うんだな」


「? その通りでしょう? エキュー君のことは、私なんかよりクレイユ君のほうがずっとよく知っていると思うけど……?」


「もちろんだ。当たり前だろう」

 クレイユがむっとしたように即座に言い返す。


「少しくらいエキューのことをわかっているからと言って、自惚うぬぼれないでもらおうか」


 コイツ、ほんっとエキューが絡むと面倒くさくなるヤツだなっ!


 知ってるよ! クレイユの一番がエキューだってことは! 俺はその間に入る気なんざ欠片もないから、いつまでも二人で仲良くしてくれっ!


「だが……。エキューがきみを気に入っているのは、そういうところかもしれないな」


「え?」


 低い呟きがよく聞き取れず尋ね返すと、クレイユは緩くかぶりを振った。


「いや……。エキューから、君がいつも通りに接してほしいと望んでいると聞いた。つまりそれは、ふだんのきみを見て、君の魅力を探せということだろう?」


「……はい?」


 いや、意図も何も、俺はとち狂ったクレイユに、元に戻ってほしかっただけなんだが……。


「そもそも、魅力なんて、私のどこをどう探したって、見つからないでしょう?」


 外見はハルシエルだけど、中身は平々凡々な男子高校生だからなっ!


 それとも、エキューにふさわしくないっていうアラ探しをするぞっていう遠回しな嫌味か!?

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