男なのに乙女ゲームのヒロインに転生した俺の味方は、悪役令嬢だけのようです ~ぐいぐい来すぎるイケメン達にフラグより先に俺の心が折れそうなんだが~
132 きみの予測もつかない言動には、振り回されてばかりだ
132 きみの予測もつかない言動には、振り回されてばかりだ
告げた途端、掴んだままの肩をぐいっと引き寄せられた。前屈みになったクレイユが整った面輪を寄せる。
「先日の顔を真っ赤に染めていたきみは、とても愛らしかったが?」
低めの声が
「っ!?」
一瞬で顔が熱くなる。
お前なあっ! 急に砂糖をぶっこんでくんな――っ!
顔が真っ赤になっているだろうことは、見ずともわかる。
身を起こしたクレイユが、俺の顔を見てくすりと笑みをこぼした。
「ほら、今も
「こ、これは、クレイユ君が変なことを言って、びっくりさせるから……っ」
きっ、と睨みつけると、クレイユがきょとんと
「変なこと? わたしは大いに真面目だが」
真面目に言ってるんなら、なおさらタチが悪いだろーがっ!
「きみはくるくると表情が変わって、見ていて飽きないな。エキューみたいだ」
「私なんかとエキュー君を比べたら、エキュー君が気を悪くするんじゃないかしら?」
エキューは貴重な癒し枠だからな! 俺なんかと比べたら、エキューに失礼だ。
「確かに、それはそうだな」
珍しく、クレイユが俺の言葉に素直に頷く。
「女子と比べられたら、エキューが不機嫌になりそうだ」
エキューの名前を出すときは、いつも冷徹なクレイユが、同一人物だとは思えないほど柔らかな表情になる。
「それに、エキューと言えど、男と比べるなんて、きみにも失礼だったかな」
「いえ、それは別に……」
もともと中身は男なんだから、男と比べられたって嫌でも何でもない。
と、クレイユが不意に苦笑する。
「きみは、本当に不思議だな。思いがけないところで怒るかと思えば、妙なところで気が長い。きみの予測もつかない言動には、振り回されてばかりだ」
は? 何言ってやがる? 振り回されてるのはこっちだよっ!
クール系キャラだってのに、突然、リオンハルトみたいな砂糖まみれの台詞を吐いてきやがったり、ヴェリアスみたいに幹ドンしてきやがったり……っ! これ以上、俺の心臓に負担をかけんなっ!
「わたしは本来、予定にないことが起こるのは嫌いなのだが……」
「それは、残念な性格ですね」
思わずぽろりと言葉がこぼれ出る。
「予想もつかないことが起こるからこそ、思いがけない幸せもあるっていうのに。それが嫌いだなんて」
思いがけなく廊下の向こうにイゼリア嬢のお姿を見られた時。はからずも俺の質問に素直に答えてくれた時の嬉しさ。その答えの思いもよらない可愛らしさ。
予想もつかないからこそ、イゼリア嬢の新しい面を知るたびに、前よりももっと心惹かれていく。
俺の言葉に、クレイユは虚を突かれたように眼鏡の奥の瞳を瞬かせた。かと思うと。
「ふ……っ、はははははっ」
こらえきれないとばかりに、不意に笑い出す。
なっ、なんだ!? どうした!? 本格的に壊れたかっ!?
誰か! 誰かエキューを呼んできてくれっ! 壊れたクレイユの引き取りを可及的速やかに依頼する――っ!
「本当に、きみは予想もつかないな」
ようやく笑いを治めたクレイユが感心したように言うが、俺はそれどころじゃない。一本ネジが外れたクレイユと二人きりだなんて、悪い予感しかしない。
俺は助けを求めて周りを見たが、あいにく誰も通りかからない。
だよなぁ……。終業式も終わった学内にいつまでも残ってる生徒なんかいないよなぁ……。
「あの、私そろそろ……」
「不思議だ」
別れを告げかけた俺の言葉を遮るように、クレイユが口を開く。
「なぜだろう? きみがわたしにくれる思いがけない言葉の数々は、不快に思うどころか、むしろ心楽しい。エキューからは、ふだん通りに接してほしいという伝言をもらってはいるが――」
不意に、クレイユが一歩踏み出す。
俺が退くより早く、すっ、と伸ばされた手のひらが、俺の頬を包み込む。
「きみのいろいろな表情を見てみたくて、こうして踏み込んでみたくなる」
「ひゃっ」
優しく頬をすべる手のひらがくすぐったくて、思わず声が出る。
眼鏡の奥の蒼い瞳が、柔らかな弧を描いた。
「ほら……。愛らしい声が聞こえた」
「は、放してくださいっ!」
クレイユの手を振り払い、じりじりと距離を取る。
ヤバイ! このネジの外れたクレイユは、危険な気配がひしひしとする……っ!
「その」
「なっ、なんですか!?」
クレイユの声に、思わず過敏に反応してしまう。
「きみが持っている『ラ・ロマイエル恋愛詩集』……。わたしにも、読ませてもらえないだろうか?」
「これを……?」
クレイユの視線の先を追い、盾にするように胸の前で抱きしめていた詩集を見下ろす。
って! 待て待て待て――っ!
クレイユが、馬鹿にしていた恋愛詩集を読む!?
「どういうつもりなの?」
クレイユの意図が掴めない。
何かの罠ではないかと、警戒しながらクレイユを見上げる。
いったい何を考えてやがるんだ!? わざわざ、嫌いな恋愛詩集を読んでから文句を言うつもりか!? 手の込んだ嫌がらせだなっ!
疑わしげに見上げる俺に、クレイユがはにかむ。
見たことのない、照れくさそうな表情で。
「そうすれば……。少しは、話の種になるだろう?」
も、もしや……っ! もしかしてコイツ、俺と同じコトを考えてる!?
『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を読んで、イゼリア嬢と詩集の話題で盛り上がろうって気じゃ……っ!?
そんなこと、絶対させるか――っ!? 詩集について語り合いたいなら、ヴェリアスとでも語っとけ! 俺とイゼリア嬢の邪魔は絶対させねぇっ!
俺はクレイユの目から隠すように、ぎゅっと詩集を抱きしめた。
「だめです! 貸せませんっ! これは夏休み中に私が熟読するんですから! そんなに詩集が気になるんなら、ヴェリアス先輩に聞いたらいかが!? 暗唱できるくらい読んでるみたいですから!」
「ヴェリアス先輩が……?」
おうむ返しに呟いたクレイユが、何やら考え込む表情になる。俺はこくこくと頷いた。
「そうなの! だから、詩集のことを聞くなら、私じゃなくてヴェリアス先輩に聞いてちょうだい! 私はもう、帰らなきゃいけないから! じゃあね!」
この隙を逃すまいと、俺は一方的に言い捨てると、脱兎のごとく身を翻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます