129 もう一つ、聞いたことなんだが……。


「ハルシエルちゃんって、お肉が好きだったんだね! おいしいよねっ、僕も好きだよ!」


 エキューが無邪気な笑顔で話しかけてくる。


「他にハルシエルちゃんが好きな物ってあるの? 食べ物に限らず、たとえば動物とか」


「動物だったら、うさぎが好き!」


 いや、正確に言うと、「うさぎを抱いているイゼリア嬢好き!」だけど!


「あとは、猫とか……」


 犬も猫も、動物は全般的に好きだが、どちらか選ぶのなら、もちろん猫派だ。

 構おうとしても、つんとして、なかなかデレてくれないところが、イゼリア嬢を彷彿とさせて萌えるよなっ!


「うさぎか~っ! 可愛いハルシエルちゃんにぴったりだね!」


 あ、しまった。ここはイメージダウンのために、コモドオオトカゲとか、カメレオンとか、言っておいたほうがよかったか……? 

 でも俺、爬虫類はあんまり好きじゃないんだよなぁ……。むしろ苦手というか……。ともあれ。


「ごめんなさい、そろそろ失礼してもいいかしら? 私、この後、用事があって……」


 今日は夕方からコロンヌのバイトが入っている。

 イゼリア嬢とおそろいのペンは、姉貴の金で買えることになったけど、今後のためにも、ふだんからしっかりお金は稼いでおかないとなっ! のんびりし過ぎて遅れるわけにはいかない。


「あっ、ごめんね! 忙しいのに呼び止めちゃって。いろいろと教えてくれてありがとう!」


「すまなかったな、時間を取らせて。だが、ハルシエルから直接、事情を聞けて良かったよ。あやうく、ヴェリアスの言葉を真に受けるところだった」


 エキューとディオスが口々に言う。


「ほんっと、ヴェリアス先輩の人をからかって遊ぶ悪癖はやめてほしいですね! ディオス先輩、先輩からもきっちり注意しておいてください!」


 ふだん温厚なディオスからガツンと言われたら、ヴェリアスも少しは反省するかもしれない。


「ああ、任せてくれ。俺からもきつく言っておく」

 きりっと告げたディオスが、不意に「そういえば……」と言葉を濁す。


「これも、ヴェリアスから聞いたことなんだが……」


「えっ!? 他にどんなろくでもない嘘を吹き込まれたんですか!?」


「いや、これは嘘ではないと思うんだが……」

「?」


 きょとんと見上げると、照れた様子で視線を揺らしながら、ディオスが歯切れ悪く告げる。


「その、日曜日のきみは、とっておきのおしゃれをしていて、まるで妖精のように愛らしかったと……」


「僕も聞いたよ! ハルシエルちゃんがすっごく可愛かったって! ヴェリアス先輩とリオンハルト先輩だけズルイ! 僕も見たかったなぁ~」


 唇をとがらせたエキューが、期待に満ちた目で俺を見る。


「ハルシエルちゃん! よかったらごほうびデートの日にも、その服を着てきてほしいなっ!」


「ええっ!?」


 いや、俺がお洒落をしたのは、リオンハルトのためでも、ヴェリアスのためでもなく、イゼリア嬢の隣に、みっともない格好で立つわけにはいかなかったからなんだけど……。


「だめ、かな?」


 エキューが可愛らしく小首をかしげる。


 くぅん、という甘える子犬みたいな鳴き声と、垂れた尻尾の幻覚を、俺は確かに見た。


 こっ、これはものすごく断りにくい……っ!

 エキューには、クレイユを説得してもらった恩もあるしなぁ……。


「わ、わかったわ。エキュー君がそんなに言ってくれるなら、同じワンピースを着てくるわね」


「やったあ! ありがとう、ハルシエルちゃん!」


 ぱぁっ、と晴れ渡る青空のような笑顔になったエキューが、嬉しさを抑えきれないといった様子で、俺の両手を握りしめる。


「すっごく楽しみにしてるねっ!」

「う、うん……」


 すまん、エキュー。ごほうびデートの場所は学園だから、俺、服なんて制服でいいかなって、制服で行く気満々だったんだ……。


 エキューの無邪気な笑顔に申し訳なさを感じながら、俺はぎこちなく頷いた。

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