128 初(?)デートの相手は……!?
はらはらと俺が見守る中、一年生であることを示す水色のネクタイをほどいたエキューが、自分のネクタイをディオスに手渡す。
二年生の濃い緑のネクタイと、一年生の水色のネクタイの二本を右手に持ったディオスが、俺を振り返った。
「これから、このネクタイをシャッフルするから、目をつむって、一本引いてくれないか? きみが引いたネクタイの持ち主が、最初のデートの相手だ」
なるほど。即席のくじ引きだったのか……。何ごとかと、ハラハラしたぜ。
「わかりました」
頷いて目を閉じると、ディオスが手にしたネクタイをシャッフルするかすかな衣擦れの音がした。
「いいぞ。選んでくれ」
合図の声に、そろそろと手を伸ばす。
惑う指先が、なめらかな絹地にふれる。目を閉じているので、もちろん色はわからない。
俺は最初にふれたほうのネクタイを、えいやっ、とディオスの手から引き抜いた。
目を開けて確認した色は――エキューのネクタイである水色だった。
「僕が最初の相手だねっ!」
満面の笑みでエキューが弾んだ声を上げる。
対するディオスは、広い肩をがっくりと落として打ちひしがれていた。
「ハルシエルが公正にくじを引いた結果なら、仕方がない……。初デートの相手にはなれなかったが、初デートの日の相手であるのは確かだしな……」
ディオスが珍しくしょげた様子で、自分に言い聞かせるように呟く。エキューが申し訳なさそうにへにょんと眉を下げた。
「すみません、ディオス先輩。嬉しさのあまり、つい何も考えずに喜んでしまって……」
「あ、いや。エキューが詫びる必要はない。嬉しいことを喜んで、何の悪いことがある?」
あわててかぶりを振ったディオスがエキューを見やる。その表情は、いつもの穏やかなディオスに戻っていた。
「最初の栄誉はお前に譲るよ。エキューなら、俺も異論はない。言わずもがなだろうが、ハルシエルを楽しませてやってくれ」
ディオスが骨ばった大きな手で、ぽふぽふとエキューの頭を撫でる。
「ディオス先輩……っ! はいっ、ありがとうございます! 先輩に負けないよう、僕もしっかり頑張ります!」
輝くような笑顔で答えたエキューが、不意にこちらを振り返る。
「そうと決まれば! ねえ、ハルシエルちゃん、何か食べたい物ってある?」
「食べたい物?」
小首をかしげると、エキューが大きく頷いた。
「うんっ。ハルシエルちゃんは、午前も午後も予定が入ることになるからさ。せっかくだから、二人でお昼ご飯を食べたいなって思って。それに……。聞いたよ? ディオス先輩には、『ムル・ア・プロシュエール』のガトーショコラをリクエストしたんでしょ? 僕だって、ハルシエルちゃんの希望を叶えたい!」
純真な笑顔を向けてくるエキューの言葉に、うーんと悩む。
もともと、食べ物の好みはうるさくない。むしろ、何でもおいしいって食べるほうだ。ハルシエルの身体になってからは、食べられる量自体、かなり減ったし。
それに、『ムル・ア・プロシュエール』のガトーショコラは、イゼリア嬢のお気に入りだから俺も食べてみたかったやつだしなぁ……。
こんなことなら、昨日、イゼリア嬢の好物を他にも聞いておくんだった!
後悔したが、ここにはイゼリア嬢はいない。
食べたい物、食べた……あっ!
「お肉! そんなに量はいらないけど、いいお肉をお
転生した時は、家族旅行でいいお肉を食べに行こうとしていて、事故に遭ったんだよなぁ……。夏休み、食べたい物、でつい連想してしまった。
「……お肉?」
エキューがきょとんと明るい緑の瞳を
「あっ、言ってみただけだから、駄目なら別に全然……」
「わかった! お肉だねっ! もちろんOKだよっ」
あわてて撤回しようとした俺に、エキューが大きく頷く。
「任せてっ! ハルシエルちゃんに満足してもらえるように、最高級のお肉を用意するねっ!」
「えっ! いいの、そんな大金をかけさせちゃ悪いもの! 言ってみただけだから……っ」
最高級のお肉はちょっと気になるけど……っ!
「大丈夫! ハルシエルちゃんのリクエストだもん。気に入ってもらえるお肉を用意してみせるよ!」
エキューがやけに気合の入った顔つきで、ぐっ、と拳を握りしめる。その隣では、
「そうか……。ハルシエルの好物は肉か……」
と、妙に難しい顔でディオスが呟いている。
なんだ? どうした? あっ、もしかして……。肉が食べたいだなんて、ハルシエルっぽくないと思われたのかも……っ!?
そうだよな! ふつー、ハルシエルみたいな女の子なら、桃のパフェとか苺のタルトとか、もっと可愛いものを食べたがると思うよな。肉が食べたいなんて、どう考えても男子高校生の発想だ。
いや、実際に中身は男子高校生なんだから当たり前だけど。
(もしかして、ハルシエルらしくないって呆れられてる……?)
よし、いいぞ俺! 思いつきの発言だったけど、それでディオスに呆れられたんなら万々歳だ!
なっ、イケメンども、いい加減気づきやがれ! ハルシエルの中身は可愛い女の子じゃなくて、しがない男子高校生なんだよっ!
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