126 昨日デートをしたというのは本当か!?


「ハルシエル!」

「ハルシエルちゃん!」


 放課後、帰ろうとしていた俺は、校舎を出たところで呼び止められた。

 こちらへ駆けてくるのは、ディオスとエキューの二人だ。


「どうしたんですか?」

 足を止め、二人が来るのを待って、問いかける。


 ディオスもエキューも、やけに険しい顔をしている。何かあったんだろうか?


「昨日の日曜日、ヴェリアスと出かけたっていうのは本当か!?」


「しかも、昨日のハルシエルちゃんは、すっごくお洒落していて、妖精みたいに可憐で愛らしかったって……っ!」


 ディオスとエキューが勢い込んで尋ねる。


「確かに、ヴェリアス先輩とリオンハルト先輩もいらっしゃいましたけれど……。日曜日は、イゼリア嬢と出かけていたんです!」


 はっきりきっぱりと答える。


 日曜日のお出かけのメインは、あくまでイゼリア嬢なんだからなっ!「イゼリア嬢との初デート記念日♡」なんだから、リオンハルトとヴェリアスは、おまけだ、おまけっ!


「あ……っ。イゼリア嬢も一緒だったのか……?」

 ディオスが気勢をそがれたように呟く。俺は力強く頷いた。


「そうですよ! 『クレエ・アティーユ』にペンのデザインを考えに行ったんです! リオンハルト先輩は、イゼリア嬢が相談役として同席してほしいとお願いしたので来てくださって、ヴェリアス先輩も、かなり強引は強引でしたけれど、一応、気遣って来てくださって……」


「そっかぁ……。『クレエ・アティーユ』に行ってたんだね」

 エキューがほっとしたように表情を緩める。


「ヴェリアスめ……っ! ハルシエルとデートしようと思ったのに、リオンハルトに邪魔されただなど、ろくでもない嘘を……っ!」


 ディオスが精悍な面輪をしかめて苦々しく呟く。いつも温厚なディオスとは思えないほど、怒りに満ちた険しい顔だ。


 というか、その嘘は俺も看過できねぇっ!


「とんでもないです! ヴェリアス先輩とデートだなんて、そんなこと、天地がひっくり返ってもありえませんっ!」


 俺は千切れんばかりに口を横に振る。


 くそっ、ヴェリアスめ……っ! びみょーに嘘じゃないけど、絶対に正確じゃない情報を二人に流しやがって……っ! ほんとにトラブルメーカーだなっ!


「それで、御用はヴェリアス先輩が言ったことの真偽の確認でしょうか?」


 尋ねると、ディオスとエキューがそろって顔を見合わせた。

 なぜか、二人ともやけに緊張した顔をしている。


「そ、その……」

「あのね……」


 二人同時に口を開き、同時に気まずそうに口をつぐむ。


「……ここは、上級生であるディオス先輩に譲ります。本題については、絶対に譲れませんけれど」


「わかった。では、俺が……」


 頷いたディオスが俺に向き直る。凛々しい面輪はうっすらと赤い。


「ハルシエル、その……」

「は、はい……」

 ディオスがぎこちなく口を開く。


 な、なんだ? いったいなんだ!?


 ディオスの緊張が移ったかのように、俺までどきどきしてしまう。ディオスがゆっくりと口を開いた。


「その……。ハルシエルは、今までに、誰かとデートしたことはあるのか……?」


 不安に満ちた様子のディオスの問いに、俺はこくんと頷いた。


「はい。ありますけど……?」


「っ!」


 ディオスが息を飲んで固まる。ぐいっと身を乗り出したのは、横に控えていたエキューだった。


「いつ!? 相手は誰なの!? この学園にいる!? 僕達の知ってる人っ!?」


「え、ええ……」


 矢継ぎ早に質問するエキューの勢いに飲まれて頷くと、ディオスとエキューが愕然とした表情で顔を見合わせた。


「ハルシエル……。相手の名前は……?」


 ディオスが悲愴な顔つきで尋ねる。

 まるで、余命宣告を受ける重病人のように、精悍な面輪が強張っている。


「昨日、イゼリア嬢とですけれど……?」


 巨大な邪魔が入ったけど、二人で約束して待ち合わせして一緒に時間を過ごしたんだから、あれはデート! デートなんだ――っ!


 姉貴の腐女子思考を用いれば、俺とイゼリア嬢、リオンハルトとヴェリアスでダブルデートってことになるハズ! 初めて姉貴の思考法が役に立ったぜ!


 俺の返事に、ディオスとエキューが、そろって「は――っ」と大きく吐息する。


「ハルシエル、デートと言うのは男女の……。いや、ある意味、純真なきみらしいのかもしれないな」


 表情が緩めたディオスが呟く。


「つまり……。ハルシエルちゃんは、男の人とは、まだデートをしたことがないってこと?」


 念を入れて確認したのはエキューだ。俺は「もちろんよ」と大きく頷く。

 男とデートなんて、するわけないだろっ!


 俺の返事に、なぜかディオスとエキューの顔が再び引き締まる。


「つまり……。先にデートをしたほうが、ハルシエルの初デートの相手という栄誉を……」


「ディオス先輩。こればっかりは、いくら相手がディオス先輩であっても譲れませんからね」


 エキューが珍しく愛らしい面輪を険しくさせてディオスを見上げる。


「もちろんだ。これについては、先輩も後輩も関係ない。お互い、正々堂々と力を尽くそう」


 ディオスとエキューが向かい合って握手を交わす。


 まるで、試合前の選手みたいな、姉貴が見たら悶え萌えそうな光景だけど……。二人とも、いったいどうした?


 と、やにわに二人が、ばっ、とこちらを振り返る。


「ハルシエル。俺とエキュー、どちらを初デートの相手に選びたい?」


「どちらを選んでも、ハルシエルちゃんの判断なら、僕もディオス先輩も、絶対に異議は唱えないから」


「……え?」

 突然、問われた内容に、俺は思わず固まった。

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