121 イゼリア嬢が選んだのなら、俺にとっての至高はそれですっ!


 鏡のように磨かれ、店内の明かりを照り返すペンは、ふれたら指紋で汚してしまいそうで、手を伸ばすのすらためらわれる。


 俺がまごまごしていると、テーブルをはさんで向かいのソファーに座るリオンハルトが、にこやかに口を開いた。


「緊張する必要はないよ、ハルシエル嬢。遠慮せず、気になるペンはどれでも手に取ってみるといい。そうだな……。わたしはこのデザインなど好みだね」


 俺が尻込みしているのを察したのか、リオンハルトがテーブルの上のペンを一本、無造作に手に取る。金色の軸が、照明を反射してきらりと輝く。


 金色を主にした持つ人物を選ぶきらびやかなデザインだが、リオンハルトが持つと、まるでしつらえたかのようにマッチして見えるから不思議だ。リオンハルトの華やかさには、さしものペンも敵わぬらしい。


 今日の服装だって、ポイントに小さく刺繍があしらわれただけの質の良さそうなシャツだが、リオンハルトが来ているというだけで華やかに見える。これが王子のカリスマというやつなんだろうか。


「ん~っ、オレはこれかな~♪」


 次いで、ヴェリアスが別のペンを手に取る。

 選んだのはシンプルなデザインの黒い軸のペンだ。スタイリッシュなデザインはヴェリアスによく似合っている。


 改めてよく見てみれば、ヴェリアスの服装は今日も黒を基調としたシンプルなシャツとズボンだ。ただし、シンプルに見えても、絶対に高級ブランドに違いない。


 なんとなく、軽薄な性格に合わせて、もっと派手好みかと思っていたんだが……。シンプルなのに、妙にお洒落で格好よく見えるのは、元の素材がいいからだと主張しているようで、妙に腹立たしい。ヴェリアスのくせにっ!


「イゼリア嬢はどんなデザインが好みかな?」

 リオンハルトがイゼリア嬢に微笑みかける。


「わたくしですか?」


 話を振られたイゼリア嬢が、しげしげとテーブルの上を見回した。


 ああっ、ぱっと見はクールに見えて、実は内心でわくわくしている感じの横顔が可愛すぎます……っ!


「わたくしは、これが素敵だと思いますわ」


 イゼリア嬢が選んだのは、軸の一部に薔薇の花の繊細な浮き彫りが施されたペンだった。まるでレースをあしらったかのようなペンは、可憐なイゼリア嬢にぴったりだ。


 なるほど~っ! イゼリア嬢はやっぱり、女の子らしい可愛いデザインが好みなんだな。


 それを知れただけでも、今日来た価値がある。

 いつもツンとしてクールな態度なのに、実は可愛いもの好きというギャップ! きゅんとくるぜっ!


「どうかな? ハルシエル嬢の好みのデザインはあったかい?」


 リオンハルトが穏やかに微笑んで尋ねてくる。

 もちろん俺の返事は決まっている。


「私も、イゼリア嬢が選ばれたペンが一番素敵だと思います!」


 俺にとっては、イゼリア嬢があらゆる事柄において最優先! イゼリア嬢が選んだのなら、俺にとって最高のデザインはそれですっ!


「なるほど、ハルシエル嬢もイゼリア嬢も、こういうデザインが好みというわけか。――可愛らしいね」


 リオンハルトが不意に甘い笑顔を向けてくる。


「「っ」」

 俺とイゼリア嬢が、思わずそろって息を飲む。一瞬で頬が熱くなった。


 おいっ、不意打ちはやめろ――っ!


 あっ、でもイゼリア嬢の恥じらう表情は垂涎すいぜんもののご褒美ですっ! ありがとうございますっ!


「では、ハルシエル嬢とイゼリア嬢の二人ともが選んだことだし、ベースのデザインはこれで――」


「そうですねっ! 選ばれたデザインが素敵だと思います!」


 イゼリア嬢の部分を強調して、リオンハルトの言葉に同意すると、なぜかイゼリア嬢本人に睨まれた。


「オルレーヌさん。あなた、本気でおっしゃっているの?」


 本気も本気、超本気ですけどっ!?


 なぜ、イゼリア嬢に怒られているのかわからず、きょとんと首をかしげると、イゼリア嬢のアイスブルーの瞳が不機嫌そうに細まった。


 ああっ! イゼリア嬢に見つめられてると思うだけで、どきどきが止まらなくなるんですけどっ!


 どきどきしながら麗しのご尊顔を見返していると、イゼリア嬢が深く嘆息して説明してくれる。


「オルレーヌさん。あなた、何のペンのデザインをするのか、理解してらっしゃる?」


 もちろんわかってます! おそろいのペンですよねっ!?


「今回、作るペンは、わたくしやあなただけが持つものでがなく、生徒会役員全員、そして、理事長もお使いになるペンですのよ? それなのに、あまりに可愛らしいデザインにするわけにはいかないでしょう? あなたの頭の中には、脳の代わりにプリンでも詰まっているのかしら?」


 イゼリア嬢の言葉に、俺は息を飲む。


 あんな腐れ大魔王のことまで気にかけられるなんて……っ! イゼリア嬢! やっぱりあなたは天使ですっ! 鬼畜腐女子なんざ、欠片たりともイゼリア嬢が気にかける必要はないというのに……っ!


 イケメンどもと同じデザインという点さえ満たしてたら、「ぐぇっへっへっへ……」って不気味に笑いながら愛でまくるに決まってますから!


「では、軸に浮き彫りを入れるということにして、浮き彫りのデザインは、各々で変えるというのはいかがでございましょう?」


 俺達のやりとりを見守っていたローデンスさんが、控えめに提案する。


「名入れもいたしますが、全く同じデザインのペンですと、取り違えが起こってしまう可能性もございます。浮き彫りのデザインを変えることで、皆様のお好みを反映しつつ、取り違えの危険性も減らせるのではないかと」


「なるほど。それはよいね」

 リオンハルトが笑顔でローデンスさんのアイデアに同意する。


「あっ、じゃあさ。ついでに装飾にそれぞれの瞳の色や好みの宝石をあしらうっていうのはどう? 浮き彫りの模様と宝石の色があれば、そうそう間違えないんじゃない?」


 ヴェリアスが弾んだ声で提案する。


 おいっ! 「ついで」で宝石なんかつけんなっ! お前、金を出すのが理事長だからって、好き勝手言ってやがるなっ!?


「それもいいね」


 リオンハルトがすぐさま同意する。さすが王子、一瞬の迷いすらない。

 ヴェリアスもリオンハルトも、庶民には理解できない金銭感覚だぜ。


「まあっ、ヴェリアス様。素敵なアイデアですわ!」

 イゼリア嬢までもが華やいだ声を上げる。


「そうですね! 素敵だと思います!」


 イゼリア嬢が賛成なら、俺はためらいなくイエスマンになりますっ!


 うんっ、どうせ代金を払うのはあの腐れ大魔王だからなっ! ふだん迷惑をかけられまくっていることを考えれば、姉貴の金を使うのに、良心の呵責はまったくない!


「では、軸にはそれぞれお好みの浮き彫りを施し、宝石をあしらうということでよろしいでしょうか?」


 ローデンスさんの確認にそれぞれ頷く。


「かしこまりました。では、浮き彫りを施したペンを、参考にいくつかお持ちいたしましょう。軸を木製にするか、金属製にするか、木製でも木の種類によっておもむきが異なりますから、実際にご覧いただいたほうがよろしいでしょう。少々お待ちください」


 ローデンスさんが丁寧に一礼して奥へ下がる。テーブルに残ったのは俺達四人だけだ。


「イゼリア嬢はどんな柄の浮き彫りがお好みなんですか?」


 今こそイゼリア嬢に話しかける時! と、俺は勢い込んでイゼリア嬢に尋ねる。


 アイスティーを優雅な仕草で飲んでいたイゼリア嬢が、「わたくし?」と口からストローを離して上品に小首をかしげた。


 ああっ! 俺、イゼリア嬢のお口がふれたストローになりたいです……っ!


 一瞬、妄想しかけた俺は、あわててこくこくと頷く。


「はい! 先ほど選ばれたペンは薔薇の浮き彫りが施されていましたよね! 薔薇の花がお好きなんですか?」


 俺の質問に、イゼリア嬢が「ええ」と口元をほころばせる。


「花はどんな花でも好きですけれど……。やっぱり。薔薇が一番好きですわ」


 ぎゃ――っ! その笑顔が薔薇よりも華やかで目がくらみそうです~っ!


「私も薔薇が大好きなんです!」


 身を乗り出すようにして告げる。

 花の知識なんてろくにない俺だが、薔薇ならさすがにわかる。


 よし! イゼリア嬢に花を贈る機会があったら、薔薇を贈ろう! 真紅の薔薇……は、リオンハルトを連想してなんか微妙だから……。可憐なピンクの薔薇だなっ! もしくは、天使のように清らかなイゼリア嬢にふさわしい、真っ白な薔薇か。


 薔薇の花束を持つイゼリア嬢……っ! さぞ、麗しいだろうなぁ……っ!


「ハルシエル嬢も、薔薇の花が好きなのかい?」


 俺がイゼリア嬢の姿を夢想してうっとりしていると、リオンハルトが尋ねてくる。


 おいっ! せっかく俺がイゼリア嬢と楽しく話しているのに、割り込んでくんなっ!

 が、無視するわけにもいかない。


「ええっ、大好きです!」

 イゼリア嬢がっ!


 大きく頷くと、「では」とリオンハルトが華やかな笑みを浮かべる。


「王宮の薔薇園に招待しよう。まもなく盛りの季節でね。庭師達が丹精した薔薇が、見頃になるんだ」

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