112 俺だって、何かの間違いじゃないかと思う


 テスト明けの昼休み。いつものように、テストの上位陣の順位が貼り出された廊下の一角へ結果を確認しに行こうとして、俺はいつも以上に生徒達がざわついているのに気がついた。


 不穏な気配をはらんだ雰囲気に、思わず足が速くなる。


(もしかして、凡ミスして、一位から転落しちゃったか……!?)


 廊下の角を曲がり、壁の一角に貼られた紙を見た俺の目に飛び込んできたのは。


「え……?」


 大きな紙の一番上。いつも、俺とクレイユの名前が並んで書かれている一位の欄にあった名前は。


 ――ハルシエル・オルレーヌのひとつしか、ない。


 俺の名前の下、二位の欄には、いつものようにイゼリア嬢の名前が。

 そして、クレイユの名前は三位のところにあった。


 って、ええぇぇぇっ!? クレイユが三位っ!?


 うっかりミスくらい、誰にだってあるだろうけど、それにしても……っ!?


 驚愕しているのは俺だけじゃないらしい。他の生徒達も、信じられないものを見たように、順位の紙を指さしてざわついている。


 週末、あれだけ俺に敵意をむき出しにしていたクレイユが、一位を獲り逃しただなんて、俺だって信じられない。

 何かの間違いじゃないかとさえ、思う。と。


 ひときわ大きく、生徒達がざわめいた。誘われるように振り返った俺の目がとらえたのは、ちょうど廊下の角を曲がってやってきたクレイユの姿だ。


 無言で順位の紙に視線を向けたクレイユの端正な面輪が強張った。蒼い目が見開かれ、声をこらえるかのように薄い唇が引き結ばれる。


 だが、表情が揺れたのはほんの一瞬のことで、まるで鎧戸よろいどが下りたかのように、クレイユの表情がいつもの冷淡なものに戻る。


 プライドの高いクレイユのことだ。内心、どれほどショックでも、それを外に出すのは自分で自分が許せないに違いない。


 俺はクレイユが気づかないうちに、そっとその場を去ろうとした。クレイユとは一位を争う仲だけど、別に敵視しているわけじゃない。


 週末、『クレエ・アティーユ』から帰る車内で、テスト前にアルバイトを入れていた俺を批判したクレイユにしてみれば、俺から下手な慰めの言葉をかけられるほど、プライドが傷つく事態もないだろう。俺だって、いったいなんとクレイユに声をかければいいのか、正直、わからない。


(きっと、後でエキューが慰めてくれるよな。頼んだぞ、エキュー。で、お互いに好感度を上げてくれ……っ)


 そろそろと人ごみの間に身を潜めようとして。


 ざわつく生徒達の口を視線で縫い留めるかのように、周囲を睥睨へいげいしたクレイユと、運悪くばちりと目が合う。


「っ!」


 俺の姿を見とめたクレイユが息を飲む。

 かと思うと、足取りも荒く俺に歩み寄り。


「あ……っ」


 クレイユが乱暴に俺の腕を掴む。


「ちょ、ちょっと……っ!?」


 俺の声を無視して、人込みをかき分けるようにクレイユが決然と歩を進める。しっかと腕を掴まれた俺もついていくほかない。


「ちょっと!? クレイユ君!?」


 俺の声が届いていないかのように、クレイユの歩みは緩まない。クレイユの手を振りほどきたいが、ハルシエルの力では不可能だ。


 周りの生徒達は、ふれれば斬れる剣のようにはりつめたクレイユの様子に、怯えたように黙って俺達を遠巻きに見送る。


 っておい!? 誰か! 誰かクレイユを止めてくれよっ! エキューはどこ行った!?



 校舎を出、人気のない木陰まで連れてこられ。


「クレイユ君!」


 どこまで行く気が知らないが、これ以上、好きにされてまたるかと、足を踏ん張り、ずんずんと進むクレイユに抵抗する。


「いったいどうしたの!? 私が一位を獲ったのが気に食わないって文句を言いたいんなら――」


「なぜだ?」

 クレイユの低い呟きが俺の声を遮る。


「なぜ――」


 振り返ったクレイユが、掴んだままの俺の腕を引こうとする。が、俺は渾身こんしんの力でクレイユの手を振り払った。


 勢いをつけすぎて、クレイユの手が離れた拍子によろめく。背中が近くの木の幹にぶつかった。と。


「なぜ、きみの泣き顔がずっと脳裏から離れない!?」


 衝撃に一瞬、目をつむった俺がまぶたを開けた時には、目の前にクレイユの端正な面輪が迫っていた。

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