106 プレゼントって、どーいうことだよっ!?


 は? と俺も目が点になる。


 なんで? なんでディオスとヴェリアスまで店に来るんだよ!?


 大人っぽい黒いシャツを着たヴェリアスが、にやにや笑いながらエキューとクレイユを交互に見る。


「二人とも、ここに来てるってコトは、やっぱりハルちゃんにペンをプレゼントする気ってわけでいーんだよね♪」


「……へ?」

 思わず間抜けたかすれ声が出る。


 ちょっと待ってちょっと待って!? 俺にペンをプレゼントって、どーいうことだよっ!?


「はい。その通りです」


 ヴェリアスの言葉に、エキューがきっぱりと頷き、逆にクレイユは不愉快そうに細い眉を寄せて首を横に振る。


「違います。わたしは単にエキューに付き添っただけですから」


「まったまた~♪ いつものクレイユだったら、テスト前の休みには家に閉じこもって勉強しかしてないじゃん! それなのに、いくらエキューの付き添いとはいえ、こんな風に出かけてるなんてさ♪ 恥ずかしがらずに認めていーんだぜ?」


「っ!」


 ヴェリアスが告げた瞬間、クレイユの怜悧れいりに整った面輪が凍りつく。


 一瞬、俺はこめかみに青筋を浮かべたクレイユが怒鳴り返すんじゃないかと本気で心配した。けれど。


 ふ――っ、と落ち着きを取り戻そうとするかのように、クレイユが長く息を吐く。


「ヴェリアス先輩ともあろう方が、珍しく目が節穴になってるようですね」

 クレイユの蒼い瞳が、針のようにヴェリアスを突き刺す。


「今日は本当に、たまには気晴らしをと思って、エキューの誘いに応じただけです。そもそも、どうしてわたしがオルレーヌ嬢に贈り物など!」


 流れ弾のようにクレイユの鋭い視線が俺にも突き刺さる。

 俺は思わず表情を引き締めた。


 内心の喜びが、顔に出ないように。


 いいぞいいぞ! ヴェリアスのからかいおかげで、クレイユの俺へのヘイトがどんどん上がってる……! ヴェリアス、珍しくGJグッジョブだぜ!


 激昂するクレイユとは対照的に、生真面目に表情を引き締め、ディオスとヴェリアスに問いかけたのはエキューだ。


「『やっぱり』ということは、ディオス先輩もヴェリアス先輩も、ハルシエルちゃんにペンを贈ろうと思って来られたんですか?」


 「ああ」とディオスが重々しく頷く。

 なぜか、クレイユを除いた三人の間で火花が散った気がするが、それどころじゃない。


「私にペンを贈るって……。どういうことですか!? ご遠慮しますっ!」


 いくらイゼリア嬢とおそろいのペンが欲しいと言ったって、エキューからもディオスからも、贈られるいわれなんかない。


 ってゆーか、イケメンどもに贈られたペンだとでにくいだろ――っ!?

 イゼリア嬢の姿と一緒に、贈り主の顔が浮かぶなんて絶対に御免だよっ!


 俺の剣幕に、ディオスとエキューの顔にそろって戸惑いが浮かぶ。


「ご、ごめん、ハルシエルちゃん……。うっとりと眺めていたからてっきり……」

「すまん。喜んでもらえるかと思ったんだが……」


 小型犬と大型犬がそろってうなだれているような様子に、俺もわずかに冷静になる。


「そ、そりゃあ『クレエ・アティーユ』のペンはすっごく素敵ですよ。欲しいなぁって思いますけれど……。でも、ディオス先輩やエキュー君に贈ってもらう理由がありません! ちゃんと自分のお金で買います!」


 きっぱりと告げると、ヴェリアスが吹き出した。


「さっすがハルちゃん♪ 一筋縄じゃいかないね~♪ けどさ」

 紅い瞳が楽しげにきらめく。


「ここのペンの相場、知ってる?」


「それ、は……。知らないので、これからうかがおうと思ってたんですけど……」


 ちらりと店長さんに視線を向けると、品の良い笑顔にぶつかった。が……。

 なんだろう? 微妙に困ったように眉が下がっているような……?


「ちょっと耳を貸してごらん?」


 歩み寄ったヴェリアスが、三人掛けのソファーの後ろから身を乗り出す。警戒しつつも、俺は言われるがままにヴェリアスに耳を向けた。

 前かがみになったヴェリアスが、俺の耳元で低く囁く。


「ここでペンをオーダーしようと思ったら――」


「っ!?」

 告げられた金額に息を飲む。


 高いだろうとは予想していたが、予想以上だ。老舗ブランド店をなめていた。


 ヴェリアスに告げられた金額は、たった三か月ほどしかパン屋でバイトしていない俺には、とてもじゃないが払える金額ではなくて。


 店長さんの表情の意味をようやく悟る。


 俺の服装や鞄を見て、どう頑張っても『クレエ・アティーユ』じゃペンを買えそうにない身分だと判断したんだろうなぁ……。


 休日なので私服だが、ディオス達は四人ともブランド品と思われるそれぞれによく似合ったお洒落な服を着ている。


 対して俺は、近所の店で買ったシンプルなカットソーと黒いズボンだ。自室のクローゼットにはハルシエルの可愛らしいサマーワンピースなんかもあったが……。休みの日までスカートをはくのなんざ御免だ!


 たぶん、エキューとクレイユが一緒じゃなかったら、入店した途端、「恐れ入りますが……」と丁重にお断りされていただろう。ペンの値段を知った今なら確信できる。


 と、衝撃のあまり黙りこくっていた俺に、ヴェリアスがうきうきと口を開く。


「ハルちゃんが手が出せないんだったら、オレがプレゼントしよっか♪」


「さっき私がディオス先輩とエキュー君に言っていたこと、聞いてました!?」


 だから俺は、誰からもペンを贈ってもらう気なんざないんだよっ! お前の耳は飾りか!?


 ヴェリアスの言葉に、ディオスとエキューが色めき立つ。


「ヴェリアス! なぜそこでお前が贈るという話になる!?」

「そうですよ! 贈るんだったら、せめて僕とディオス先輩でプレゼントします!」


 ディオスとエキューがヴェリアスを睨みつける。が、ヴェリアスは悪びれた様子もない。


「えーっ。だって、さっきのハルちゃんはディオスとエキューに贈ってもらう理由がないとしか言ってないじゃん。だったら、オレからなら受け取ってくれる可能性があるってコトでしょ?」


「ヴェリアス先輩からだってお断りです!」

 間髪入れずに言い返す。


 自分なら受け取ってくれるかも、って……。どんなポジティブシンキングをしたら、そんな結論に達するんだよ!?


「とにかく! ペンは自分でお金を貯めて買うって決めてるんです!」


 な、夏休みと……。二学期や冬休みにもバイトを詰め込めば、たぶん……。今年中にはなんとか買えるハズ!


「お金を貯めてから出直しますので……。今日は失礼します」


 俺が店長さんにぺこりと一礼し、立ち上がろうとした瞬間。

 新しい客を迎えた扉が開く。


 爽やかな夏のそよ風とともに入ってきたのは。


「……まさか、皆とここで会うとは」


 夏の陽射しに、豪奢ごうしゃなきらめかせたリオンハルトだった。


 はあっ!? なんでリオンハルトまで来やがるんだよ――っ!?

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