105 ここ、ホントに俺が入っていいトコなの!?
週明けに期末テストを控えた土曜日の午前。
本来なら真面目にテスト勉強に励まねばならないのだろうが、俺は家からいくつか離れた大きな駅に面した通りで、早くも出かけたことを後悔していた。
(そ、想像以上の高級店っぷりだな……)
見上げる俺に視線の先にあるのは、『クレエ・アティーユ』と精緻な彫刻が施された歴史と格式の高さを感じさせる看板。
ショーウィンドウに飾られたさまざまな商品は、文房具というよりも、工芸品や宝飾品と呼んだほうがふさわしい。
とてもじゃないが、一介の高校生が入って、「あのー、ペンをオーダーしたいんですけど」なんて言える雰囲気じゃない。
(くそ~っ、こんなことなら、事前にシノさんを捕まえて、いろいろ聞いておけばよかったぜ……! まさか、ここまでの高級店とは……っ!)
夏休みで稼ぐ予定のバイト代の目標額を決めるためにも、ペンの値段を知れたらと、店の場所を調べて来てみたのだが……。
実際に来てみて思い知ったのは、イゼリア嬢のペンは、俺には分不相応な高級品だという絶望感だった。
ショーウィンドウに品よくディスプレイされた商品を観察してみるが、値札はどこにもついていない。きっと、オーダーの細かな違いによって、どこまでも値段が上がっていくのだろう。
(ど、どうしよう……。入店お断りって追い出されるのを覚悟で入ってみようかな? でも、どう見ても、俺には手の届かなさそうな高級店だしな……)
ここまでかかった時間と電車賃を考えると踏ん切りがつかず、店の前で逡巡していると。
「あれ? ハルシエルちゃん?」
不意に名前を呼ばれて、飛び上がりそうなほど、びっくりする。
振り返った先にいたのは、クレイユと並んで立つエキューだった。
土曜日なので二人とも私服だ。エキューはマリンカラーのサマーニットを着ていてラフな格好だが、クレイユのほうは休日だというのに、制服と同じように糊のきいた白いシャツを着て、堅苦しく首元まできっちりボタンを留めている。
「どうしたの? ハルシエルちゃん。……あ、もしかして、ペンをオーダーしに来たの?」
にこやかに尋ねるエキューに俺は言葉を濁す。
「その、どんなお店かなぁって気になって来てみたんだけれど……。私なんかじゃ入れそうにない高級店だなぁって。
答えると、エキューがきょと、と可愛らしく首を傾げた。
「え? そんな緊張することないよっ。入っても大丈夫だよ? 不安だったら一緒に入ろう! 僕も用事があるし」
言うなり、エキューが俺の右手をとる。
「あ、あの……」
「ハルシエルちゃんが来てくれたのは、ある意味ラッキーかも」
にこにこと呟きながら、エキューが無造作に店のドアを押し開ける。俺が止める間もなかった。
開けた瞬間、
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました。ファロルタン様、カルミエ様」
と、店員に頭を下げられ、内心おののく。
なんで即座にエキューとクレイユの名前が出てくんの!? 予約でもしてたのか!?
が、エキューとクレイユは気にした様子もなく、軽く頷いただけで落ち着いた足取りで店の奥にあるカウンターへと進んでいく。
エキューに手をつながれたままの俺もついていく他ないが、おっかなびっくりだ。俺、ほんとに入ってよかったんだろうか……?
「これはこれは。ファロルタン様、カルミエ様。ようこそご来店くださいました。どうぞこちらへ。お話をうかがいましょう」
店の奥から、店長とおぼしきロマンスグレーの仕立ての良いスーツを着た老紳士が出てきて、奥にある応接セットを
エキューとクレイユに挟まれて大きなソファーに座ると、すぐさま若い店員さんが冷たい飲み物とお洒落な菓子を盛った皿を出してくれた。
怖い! この下にも置かぬもてなしっぷりが俺には逆に怖いよ!
聖エトワール学園に入学して、多少のセレブっぷりには慣れたつもりだったけど、やっぱり俺は心の底から庶民なんだと改めて思い知らされる。
同時に、店員の対応をごく当たり前のものとして、悠然としているエキューとクレイユに、やっぱり住む世界が違うんだと、やけにしみじみ感じた。
クレイユはともかく、エキューはいつも
「本日はどのようなご用向きでございましょう?」
ロマンスグレーの店長が穏やかな笑みを浮かべてエキューに尋ねる。
「うん。一本、ペンをオーダーしたいと思って」
にこやかに答えたエキューの言葉に、心臓が跳ねる。
も、もしかして……っ!?
これはチャンスじゃないか!? エキューのオーダーを聞けば、ペンを作るのがいくらくらい値段かわかるかも……っ!?
思わずわくわくすると、ふとこちらを向いた店長と視線が合った。上品な笑みを浮かべて店長が問う。
「それは、こちらのお可愛らしいお嬢様へのプレゼントでございますか?」
はあぁっ!?
「違います!」と叫ぼうとした瞬間、まだエキューと手をつなぎっぱなしだったと気づく。
あわてて手をほどき、誤解をとこうとした時――、
「いらしゃいませ。アナファルト様、ギムレッティ様」
店のドアが開く音と、若い店員の声が、店内の空気を震わせる。
聞き覚えのある名字に、思わず戸口を振り向くと。
「ハルシエル……!? それに、エキューとクレイユも!? 来ていたのか!?」
「わーおっ♪ まっさかここで会うなんてね~♪」
そこに立っていたのは、驚愕に目を丸くしているディオスと、今にも吹き出しそうな表情のヴェリアスだった。
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