60 ついに開幕!? 体育祭!
ついにやってきた体育祭当日。
お祭りの特有の浮き立つような空気が、聖エトワール学園の敷地内に満ちている。
校舎裏に近い、体育祭で使う道具を置いてある人気のない場所でさえ。
「イゼリア嬢! 道具の最終確認ですか? 私にも何か手伝わせてください!」
偶然見かけたイゼリア嬢を追いかけて、グラウンドにほど近い校舎の陰まで来た俺は、リストを手にしているイゼリア嬢に、勢い込んで声をかけた。
「結構ですわ。わたくし一人で十分ですから。あなたは応援合戦でディオス先輩達に恥をかかせぬように、お祈りでもなさったらいかが?」
イゼリア嬢の返答はすげない。
が、もちろん俺はそんな程度ではめげない。
イゼリア嬢はツンデレキャラだもんなっ! つん、とそっぽを向いた横顔が、今日も麗しいぜっ!
「ありがとうございますっ! 私がちゃんとできるかどうか、心配してくださっているのですね!?」
「冗談はおやめくださる!? わたくしが花組のあなたのことなどっ!」
イゼリア嬢が細い眉を吊り上げる。
「応援合戦であなたが道化を演じようと、失敗しようと、星組のわたくしには関係ありませんわっ! わたくしはただ、聖エトワール学園の生徒会役員として、一人のみっともない方のせいで生徒会役員全員が軽んじられたらと懸念しているだけです!」
「で、では……」
イゼリア嬢の言葉に、俺はごくりとつばを飲み込む。
いけるか!? いやでも、挑戦してみるのが大事だよな!? いけっ、俺!
「よろしければ、イゼリア嬢から応援のお言葉をいただけませんか……?」
「どうして星組のわたくしが、花組のあなたの応援をしなければなりませんの!?」
イゼリア嬢がアイスブルーの瞳に剣呑な光を宿す。
「そ、それは重々承知しております! ですが……っ」
俺は必死でイゼリア嬢を説得する。
「生徒会のみんなで準備を頑張って、ようやく本番を迎えた体育祭ではありませんか! 星組、花組ではなく……。同じ生徒会の一員として、今日の体育祭を盛り上げられるよう、応援のお言葉をいだだけませんかっ!?」
花組を示すピンク色のハチマキを胸元で握りしめ、俺はイゼリア嬢のアイスブルーの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「たった一言だけでいいんです……っ」
イゼリア嬢が応援してくれたら。
それだけで俺、なんだって頑張れるっ!
俺とイゼリア嬢の視線が交わる。
……やべっ、なんかすっごいドキドキしてきた……っ!
どのくらいの間、二人で見つめあっていただろう。
ほんの短い間でも、俺にとっては至福の時間が過ぎた後。
「確かに、下級貴族の割にはなかなかの頑張りでしたわね」
つい、と視線を外したイゼリア嬢が、消え入りそうなほど小さい声で囁く。
「体育祭は、リオンハルト様の新生生徒会が初めて臨む大きな行事。
ふう、と仕方なさそうに呟いたイゼリア嬢が、視線を上げた。
厳しさをたたえたまなざしが、真っ直ぐに俺を射抜く。
「ハルシエルさん。リオンハルト様のために、生徒会役員として恥ずかしくないよう、しっかり頑張りなさい」
「はい……っ! はいっ! 私、力の及ぶ限り頑張りますっ! イゼリア嬢に認めていただけるようにっ!」
し、幸せ過ぎる……っ!
もう俺、今で体育祭が終わってもいい……っ! いやまだ始まってもないけど。
まさか、まさかほんとにイゼリア嬢が俺に応援をくれるなんてっ!
嬉しいっ、嬉し過ぎるっ! 今すぐ天に昇れそう……っ!
うるっ、と目が潤みそうになって、意志の力で
ツンツンしながらも応援してくれるイゼリア嬢の姿を目に焼きつけるんだっ!
「私、応援合戦もハードル走も、頑張りますからっ!」
MVPを獲ってイゼリア嬢をデートに誘うためにっ! どうか待っててくださいっ!
気合を込めて宣言した途端、イゼリア嬢の目が吊り上がる。
「わたくしに宣戦布告というわけですのっ!? 花組のあなたが頑張って、わたくしが嬉しいわけがないでしょう!?」
ぷいっ、とイゼリア嬢が顔を背ける。
ああっ! その横顔も麗しいです……っ! 拝んでいいですかっ!?
「……これで」
と。
そっぽを向いていたイゼリア嬢が、低い囁きをこぼす。
「これで、貸し借りなしですわよ?」
「貸し借り?」
きょとんと問い返す。
俺、何かイゼリア嬢に借りたり貸したりしてたっけ……? むしろ、そんな貸し借りできる関係になりたいんですけどっ!
「ハルシエルさん。この詩集、素敵でしたの。よろしければいかが?」
「まあっ、イゼリア嬢! ありがとうございます。お礼に一緒にお茶はいかがですか? おいしいチョコレートケーキがありますの」
なーんてやりとりを、いつかイゼリア嬢とできたら……っ!
妄想の世界に溺れそうになった俺は、あわてて思考を現実に引き戻した。
リアルのイゼリア嬢が目の前にいるのに、
……っていうかあのー。ホントに覚えがないんですけど?
首をかしげる俺に、イゼリア嬢が不愉快極まりないとばかりにきつく眉を寄せる。
「以前、生徒会室でリオンハルト様の叱責からわたくしを庇ってくれたでしょう。……その借りは返しましたわよ」
ぷいっ、と顔は背けられたまま。
けれど、なめらかなその頬はうっすらと桃色に染まっていて。
「……っ!」
神様……っ! いるかどうかもわからない上に、俺をハルシエルなんかに転生させやがった駄目神様……っ!
駄目神と思っていたことを、今、心から
こんな可愛いイゼリア嬢を生で見せてくださるなんて……! ありがとうございます……っ!
うおおぉぉ――っ! 可愛いっ! 可愛い過ぎるっ! マ――ベラァ――スッ!
「ご、誤解のないように言っておきますけれど、別に感謝しているわけではありませんわよっ! そもそも、リオンハルト様に口答えするなんて、信じられない愚行ですわっ! 身の程知らずもいい加減になさい!」
俺が感動のあまり黙ったままなのをどう受け取ったのか、イゼリア嬢がキッ、と俺を睨みつける。
「侯爵令嬢であるわたくしが、男爵程度のあなたに庇われたままだなんて、自分で自分が許せませんわ! あなたはご自分の愚行を鼻にかけたいのでしょうけれど、お
蒼い炎のように
氷のように冷ややかな言葉。
けど……。
ヤバイ! もう可愛さが天井知らずで、
イゼリア嬢に対等と言われるなんて……っ! 俺、幸せで昇天していいですかっ!?
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