55 MVP、獲りたいんだよね♪


「冗談だよ♪」


 ぱっ、とヴェリアスが腕をほどく。

 俺は弾かれたようにヴェリアスから離れると、にやついた顔をにらみつけた。


「宝石なんかで弱味を作ってハルちゃんのことを好きにしたって、楽しくもなんともないじゃん♪ ハルちゃんはそのままなのが楽しいのにさ♪」


「ヴェリアス先輩の変態趣味なんて知りませんっ! 失礼します!」


 ぷいっ、と顔を背け、今度こそ出ていこうとすると、素早くヴェリアスにドアの前に回り込まれた。


「ゴメンゴメン! ちょっとふざけ過ぎた。怯えるハルちゃんが可愛すぎてさ。ついからかいたくなっただけだから!」


 顔の前で両手を合わせてヴェリアスが謝る。が、すんなり許してやる気なんてない。


「悪ふざけしすぎです! 髪飾りなんて結構ですから! どいてくださいっ!」


 憤然と睨みつけて言い放ったのに、ヴェリアスは道を譲るどころか、楽しげに吹き出した。


「ホント、ハルちゃんってば予想外でオモシロイな〜♪ ふつー、女の子なら宝石がついた髪飾りとか見たら、こっちがすすめる前につけてみたいって目をきらきら輝かせない?」


 知るかっ! 中身は男なんだから、宝石なんて興味があるわけないだろっ!


「宝石なんて、縁のない生活を送ってますから。というわけで、髪飾りはご遠慮します」


「でもさ♪ 綺麗に着飾ったら生徒達の視線を釘付けにできると思うよ? ……MVP、獲りたいんだよね♪」


 にやりと唇を吊り上げたヴェリアスが、痛いところを突いてくる。


 くっそーっ、ヴェリアスめ! 絶妙に俺の弱点を突いてきやがって……っ!

 確かに、髪飾りを借りることでMVPに近づけるなら、借りないなんて手はない。


 俺は諦めとともに深く吐息した。


「……今日は合わせてみて、お借りするのは本番の時だけでいいですか?」

「うん、もちろん♪」


「もし髪飾りに何かあっても、私、ほんとに本っ当に責任取れませんからねっ!」

「わかってるわかってる♪ ハルちゃんってば心配性だなぁ♪」


 ヴェリアスが楽しげに喉を震わせる。


「こんな高価なものをぽんっと持って来るヴェリアス先輩と違って、私はしがない貧乏男爵家の娘ですから」


 冷ややかに告げた瞬間、ヴェリアスのにやけ顔が、ふ、と消える。


 が、次の瞬間には、いつもの何を考えているのか読みがたい、軽い笑顔に戻っていた。


「そっか。ハルちゃんはオレのコト、知らないんだっけ?」


「ヴェリアス先輩のことなんて、教えられても知りたくないですけど」


 苛立いらだちに、反射的に言い返す。

 あっ、ヤベっ!

 言い過ぎたかと思わず身構えるが。


「ぶ――っ! あーっはっはっ!」


 ヴェリアスの爆笑に俺はびくりと肩を震わせて身構えた。

 なんだなんだっ!? どう考えても、今の笑う流れじゃないだろっ!?


「あ――っ、もうっ! やっぱハルちゃんってばサイコ――!」


 ひとしきり笑い転げたヴェリアスが、苦しげに言いながら紅の瞳のまなじりに浮かんだ涙をぬぐう。

 どうやら本気で爆笑してたらしい。


「ハルちゃんってばたっのし〜なぁ♪ きみといると、いろんなコトが馬鹿らしくなってくるよ♪」


「……それ、私のことを馬鹿にしていると受け取ってかまいませんよね?」


 思わず半眼になると、「違う違う!」と、ヴェリアスがあわてた様子でかぶりを振った。


「なんでそうなるのさ! この上ない褒め言葉だってのに!」

「今のが褒め言葉なら、ヴェリアス先輩の国語の成績を疑います」


 いや、むしろ疑ったほうがいいのは頭の構造か?


「つまり、ハルちゃんはストレートな褒め言葉の方がいいってコト?」

「そんなこと、一言も言ってません!」


 冷ややかな俺の言葉にめげる様子もなく、


「じゃあ、そう決まったところで。ほら、こっちにおいでよ」


 と、ヴェリアスが右手を差し出す。その手を無視して、俺はヴェリアスが小箱を置いてある机に戻った。「ちぇーっ」と唇をとがらせながら、ヴェリアスがついてくる。


「ハルちゃんはどっちのほうが好み?」


 ヴェリアスが二つの小箱を開け、改めて中身を見せる。


 髪飾りは二つとも銀を台座にしていた。

 片方にはルビーとダイヤモンドが、もう片方には真珠があしらわれている。銀の細工も繊細で、ひと目で高価とわかる品だ。


「……こんな立派な髪飾りをつけたら、緊張で身体が動けなくなる気がするんですけれど……」


「なーに言ってんのさ。髪飾りはあくまでハルちゃんの引き立て役だよ。メインはハルちゃんなんだから、緊張する必要なんかないじゃん♪」


 いや、どう見ても俺が台座で髪飾りがメインだろ、これ。 


 ヴェリアスがルビーとダイヤモンドの髪飾りを俺の髪に近づける。


「んー、こっちも似合うけど……。でもドレスの色を考えると、やっぱ真珠のほうがいいかな〜」


 ヴェリアスが続いて真珠の髪飾りを手にする。

 大粒の真珠の周りに小粒の真珠が幾つも配され、花の形をかたどった意匠だ。


「ちょっとつけさせてね」


 俺が止める間もなく、ヴェリアスの指先が俺の金の髪にふれる。驚くほど優しい手つきで器用に真珠の髪飾りをつけ。


 身を離したヴェリアスが、俺を見つめて、満足そうに頷いた。


「うん、やっぱりこっちのがハルちゃんのイメージに合うね♪」


「そう、ですか?」

 鏡がないので、俺にはどんな感じなのか想像しかできない。


 まあ、どう考えてもトレーニングウェアにこんな高価な髪飾りなんて、ちぐはぐで滑稽こっけいな有り様だろうけど。


 と、ヴェリアスの紅の瞳が、俺を射抜く。


「すごく、可愛いよ」


 とろけるような笑顔と、甘い声。

 不意打ち過ぎて、かぁっ、と頬が熱くなる。


「なっ、何をおっしゃるんですかっ!? そんなわけ……っ」


 反射的に髪飾りを取ろうとした手を掴まれる。


 逃さないとばかりに強く手を掴んだヴェリアスが、真っ直ぐに俺を見つめる。


「オレは自分の見立てに嘘なんか言わないよ。――すごく、可愛い」

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