42 しっかりしろ、俺っ! 雰囲気なんかに飲まれるなっ!


 胸をつくような声に、どきりと心臓が跳ねる。


 リオンハルトのまなざしに宿る熱が移ったかのように、俺の頬まで熱くなる。


 端麗な美貌がうっすらと紅く染まっているように見えるのは、木の葉の間から差し込む夕陽のせいか、それとも……。


 ――って!

 しっかりしろ、俺っ! 雰囲気なんかに飲まれるなっ!


 自分自身を叱咤しったする。


 危ねえ危ねえ……。さすが、メイン攻略対象キャラ。うっかりいい雰囲気になりかけたぜ……。


「そ、そういえば!」

 俺は雰囲気に流されまいと、わざと大きな声を出す。


「星組のみなさんがここ数日、生徒会室へいらっしゃらなかったのは、やっぱり応援合戦の準備のためですか?」


 そうだ、考え方を変えろ、俺!


 リオンハルトと駅まで帰らないといけないのは、逃げたいことこの上ないが、イゼリア嬢の情報を得るチャンスだと思えば、耐えられる!


「ああ。明日からはいつも通り、星組のみんなで生徒会室へ行くよ」

「はい! お待ちしています!」


 リオンハルトが言うからには間違いない。明日になればイゼリア嬢に会えるんだと思うと思わず声が弾む。


 イゼリア嬢とは学年は同じとはいえ、クラスは別だから、なかなか会える機会がないんだよなぁ……。一組の教室の前を通る時に、ちらりと横顔を見る機会がある程度だ。


 そう考えると、イケメンども――っていうか、主にヴェリアスはうざったいが、生徒会に入ってよかったとしみじみと思う。

 イゼリア嬢を間近で見られるだけじゃなく、つれなくても、挨拶だの報告だと、言葉を交わせる機会があるんだもんな!


「今日、きみが遅かったのは、応援合戦の打ち合わせではなくて、体育祭の準備のためだったのかい?」


「ええ、そうですけど……」


 気づかわしげな声に、こくりと頷くと、いたわるように頭をでられた。


「それはすまなかったね。体育祭の準備を任せきりにしてしまって。明日からはわたしやクレイユ、イゼリア嬢も準備に加わるから、花組の面々だけに苦労はさせないよ」


 リオンハルトの指先は、宝物にふれるように優しい。気持ちよさに、一瞬、ほのぼのしかけたが。


 近い! 近いから!

 不用意にさわってくんなっ! ほんと、油断も隙もないなっ!


 大きな手から逃げ、距離を取ろうとする俺の顔をリオンハルトが覗きこむ。


「エキューの様子はどうだい? 体育部長になったばかりでのぞむ体育祭だ。大変そうにしていないかい?」


「それはやっぱり大変そうですけれど……。でも、エキュー君はああ見えて、意外としっかりしていますから! 今日だって、めている生徒達を一喝して、格好よかったんですよ!」


「エキューが一喝を?」


 リオンハルトが意外そうに碧い目を見開く。自分のことではないが、俺は得意になって大きく頷いた。


「そうですよ! 颯爽さっそうと私を助けてくれて……。とても格好よくて素敵でした!」


「それは、わたしもぜひ見てみたかったね」

 残念そうに吐息したリオンハルトが、じっと俺の顔を見る。


「? どうかなさいましたか?」

「いや」

 かぶりを振ったリオンハルトがどこか楽しげに微笑んだ。


「エキューを格好いいと評するとは……。やっぱり、きみは他の者とは視点が違って興味深いと思ってね」


「男の子なんですから、格好いいのは当たり前じゃないんですか?」


 なんせ、『キラ☆恋』の攻略対象キャラだしな! まあ、愛され癒しキャラのエキューに、あんな面があるのはちょっと意外だったけど……。


 俺の言葉に、リオンハルトがからかうように笑みを深くする。


「女の子であるきみが、愛らしいのと同じように?」

「私は愛らしくなんてありません!」


 外見は可憐なハルシエルだけど、中身は男子高校生だぞっ! リオンハルト、お前の目は節穴かっ!


 おとぎ話から抜け出たような王子様ルックスのリオンハルトに「愛らしい」なんて言われてもむずがゆいだけなので、俺はあわてて話題を変える。


「そういえば、星組は応援合戦で何をするか決まったんですか?」

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