男なのに乙女ゲームのヒロインに転生した俺の味方は、悪役令嬢だけのようです ~ぐいぐい来すぎるイケメン達にフラグより先に俺の心が折れそうなんだが~

綾束 乙@4/25書籍2冊同時発売!

『聖エトワール学園キラ恋☆綺譚~綺羅星のイケメン達との甘い恋~』

新しい出逢いとときめきがいっぱい!? 入学編

1 俺、乙女ゲームのヒロインに転生する!?


 りぃんご——ん♪


 新入生を祝福するかのように青空に響き渡る聖エトワール学園の鐘の音を聞いた途端、俺、藤川ふじかわはるの意識は覚醒した。


(あれ? 俺、家族旅行で親父の車に乗ってて……。そう、急に反対車線からトラックが……)


 痛みなど、どこにも感じない。

 というか、ここはそもそも車内じゃない。


 ぱちくりとまたたいた視界に入ってきたのは、満開の桜並木の向こうの光景だ。


 今日から学園の一員となる新入生を迎え入れるかのように、立派な門扉を大きく上げたどこか見覚えのある白亜の学び――俺が通っていた薄汚れた公立高校とは明らかに異なる建物だ。


 下手すれば、学校ではなく宮殿にも見えかねない華麗な建築物。

 だが、俺の意識があれは間違いなく校舎だと、しかも、これから俺が通う学び舎だと訴えている。


 今まで、俺が二年半通っていた高校とは、似ても似つかないのに。


(なんでそう思うんだ? いったい……?)


 胸の中にわきあがった疑問を吹き飛ばそうとするかのように、ざあっ、と一陣の風が吹き抜ける。


 視界を奪うかのように舞い踊る桜の花びら。

 あたたかな春風にたわむれるように、俺の長い金の髪がたなびく。


 って! 金の髪っ!?


 衝撃のあまり、風にあおられたように身体がよろめく。

 かと思うと、俺は力強い手に優しく後ろから支えられた。


「大丈夫かい?」


 思わず聞きほれそうな甘く響く、耳に心地よい声。


「す、すみませ――、っ!?」


 反射的に謝ろうとし、自分の声ではありえない高く愛らしい響きに、息を飲む。

 恐慌に膝からくたりとくずおれそうになった瞬間。


「どうしたんだい? まさか、足をくじいたのか?」


 甘い声が至近距離で聞こえたかと思うと。


「きゃあっ!?」


 ふわり、と力強い腕に不意に横抱きに抱えあげられる。


 内心では「うおっ!?」と叫んだはずなのに、口をついてでたのは、やっぱり可憐な少女の声。


 そして。


 見上げた視界がとらえたのは、まさに「王子様」と形容するのがふさわしい、金髪碧眼の美青年だった。


「急に失礼。でも、可愛い声だね」


 くすり、と美青年がとろけるような笑顔を見せる。


 その瞬間。


 俺は頭にかかった霧が晴れるように、ここがなのかを理解した。


 ここは乙女ゲーム『聖エトワール学園キラ恋☆綺譚きたん綺羅星きらぼしのイケメン達との甘い恋~』の世界だと。


 そして、俺はどうやら、このゲームのヒロインであるハルシエルに転生してしまったらしいと。


 ——え? マジで?


 ◇  ◇  ◇


「どうかしたのかい?」


 目を口を真ん丸にして俺が凍りついていると、俺を横抱きにしたままの金髪イケメンが首をかしげる。


「痛みがひどくて声も出ないのかい? なら――」


「ち、違います! くじいてなんていませんから! 下ろしてくださいっ!」


 我に返った俺は、必死で足をばたつかせて何もないことをアピールする。

 ってゆーか! いきなり見ず知らずの女生徒をお姫様抱っこって!


「そんなに元気なら、確かに、大丈夫そうだね」


 くすり、と男の俺でも思わず見惚みほれそうな笑顔をこぼしたイケメンが、壊れ物を扱うように、そっと俺を下ろしてくれる。


 地面に下ろされた瞬間、俺はそそくさと距離を取った。

 男としての俺の本能が、さっきからひっきりなしに警鐘を鳴らしている。


 コイツはヤバイ、と。


 警戒心あらわな俺の態度を見ても、イケメンは気を悪くした様子もない。それどころか、楽しげに喉を鳴らす。


「まるで、毛を逆立てた猫みたいだね。可愛らしいな」


 ふつうの女性なら、誰もが目をハートマークにしてしまいそうな甘い笑顔。

 だが、俺の警報は最大音量で鳴り響いたままだ。


「これは失礼。まだ名乗っていなかったね。気を悪くされて当然だ。わたしの名前はリオンハルト・エリュシフェール。ここ聖エトワール学園の生徒会長を務めている」


 知ってる! 知ってるよ! ついでに言うならこの国の第二王子様だろっ!


 ってゆーか、やっぱりリオンハルトなのかよ! 無理だとわかってるけど、できれば他の名前であってほしかったっ!


 リオンハルト・エリュシフェールは『聖エトワール学園キラ恋☆綺譚きたん綺羅星きらぼしのイケメン達との甘い恋~』略して『キラ☆恋』の攻略対象キャラの一人だ。


 文武両道、非の打ちどころのないイケメン王子で、身分も本当にこの国、エリュシフェール王国の第二王子だったりする。


 金髪碧眼イケメン、リオンハルトが首をかしげる。


「愛らしいお嬢さん、きみの名前は?」


 嫌だ! 答えたくない!

 答えると、ヤバイ気配がびんびんする!


 が、俺の意思とは裏腹に、唇が勝手に言葉を紡ぐ。


「わ、私はハルシエル・オルレーヌと申します……」


 違う! 俺の名前は藤川ふじかわはるだ! 断じて『キラ☆恋』のヒロイン・ハルシエルじゃなぁ――いっ!


 俺の心の叫びもむなしく、リオンハルトは背中に薔薇ばらを背負って甘く微笑む。


 なんか今、ぶわっと背後に深紅の薔薇が見えたぞ!? なんかいい匂いまでしたぞ、おい!?


「ハルシエル……。愛らしいきみにぴったりの可愛らしい名だ」


 いやっ、違うから! ぴったりも何も、そもそも名前が違うから!


 俺の脳裏を占めるのは、『キラ☆恋』で俺が唯一プレイしたリオンハルトルートのラストシーンだ。


 星降るような冬の空。月の光だけがさやかに二人を照らすバルコニーで。

 金の髪を優雅に結い上げ、おめかししたドレス姿のハルシエルと、タキシードを着たリオンハルトが、熱いまなざしを交わし合い、そっとくちづけ……って!


 ストォ――ップ! 止めぇーっ! 想像中止――っ!


 お、おぞましいモンを想像しちまった……っ!


 俺が男とキスなんて……っ! たとえ相手がどんなイケメンだろうが、さぶイボが立つわっ!


 思い切り叫んでツッコミたいのに、うまく口が動かない。と。


「リオンハルト! ここにいたのか? 急がないと、もうすぐ式が始まるぞ!」


 爽やかで男らしい声が響く。

 並木道を駆けてきたのは、背の高く身体づきのよい赤毛のイケメンだ。


「すまない、ディオス。あまりに桜並木がきれいだから、つい誘われてしまってね。おかげで桜の精霊のように愛らしい新入生と出逢えたよ」


 リオンハルトにディオスと呼びかけられた赤毛イケメンが、呆れ混じりの吐息をつく。


「ったく、お前は……。いつも探し回る俺の身にもなってくれ」


 言葉とは裏腹に、ディオスの声からは親愛の情がうかがえる。

 確かこの二人、幼なじみって設定だったよな……。赤毛イケメン・ディオスも『キラ☆恋』の攻略対象キャラの一人だ。


「すまなかったよ。では、戻ろうか」


 苦笑してディオスに詫びたリオンハルトが、俺を振り返る。


「ハルシエル嬢。きみも来るだろう?」


 まるで、ダンスにエスコートするようにリオンハルトが右手を差し伸べる。

 驚いたように俺を振り返ったディオスが、なぜか頬をうっすらと赤らめる。


 やめろっ! 赤面なんかすんなっ!


 ディオスが気を取り直したように口を開く。


「新入生か。もう、皆、講堂に集まっている時間だぞ。迷っていたのなら、俺達が案内し――」


「大丈夫ですっ! 一人で行けますから! 失礼します!」


 リオンハルトの手も、ディオスの案内も、絶対に応じちゃダメだ!


 本能が訴えるまま、じりじりと後ずさりした俺は、二人から距離を取ると、身を翻して一気にダッシュした。


 これは夢だ。きっと夢だ。

 こんな悪夢、一刻も早く覚めてくれ! と願いながら。

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