第5話 女王戴冠。そして………

 三週間後。

「お姉ちゃん。とっても綺麗!」

「ファテマちゃん! とっても素敵よ!」

 アイリスとレイムが一言ずつ漏らす。

「ふふん。そうじゃろうて! 儂は母上に似て可愛らしいからな!」

 ファテマはドヤッとして答える。

 比呂貴はモフモフ尻尾が今日もフワフワで調子良さそうなので嬉しい気持ちでいた。


 本日はファテマの戴冠式である。女王の正装をまとい、そして比呂貴たちの前に現れたのである。そしてアイリス、レイム・ビッツはこれで暫くはファテマに会えないことを理解していた。

 ファテマは女王を戴冠することを決意し、アイリスはダンの宿へ戻ることを決めたのである。比呂貴に姉妹のわだかまりを解いて貰った時はずっと一緒にいると思っていたが、意外にもあっけなく別れが来てしまうのである。

 しかし、以前ユニコーンとダークエルフの村で起きたような悲劇の別れでは無い。お互いに信頼をがっちりと確かめ合っての別れである。お互いに成長した証の別れである。ファテマとアイリスの表情は晴れ晴れとしていた。


 そして滞りなく戴冠式が進み丸一日掛けての式が終わる。

 夜になって式は終わっているが、国は祭り状態で引き続き騒がしい状況が翌朝まで続くのであった。

 しかしながら、比呂貴たちは例の宿屋でユニコーン王国での最後の夜を過ごす。



 そこにはもちろんファテマの姿は無い。



 戴冠式の翌朝。国の外側。

 昨日はうるさいのと自分たちも色々な気持ちがありみんな良くは眠れていないようであった。

 しかしそのようなこともお構いなしにダンの宿へ出発の時間が迫ってくる。見送りにはファテマはいない。その代わりにミカツと、そしてなぜかアポリウスが見送りに来ていた。

「レイムよ。いつでも来るが良い。我が歓迎しよう。まあ、暫くしたら帝国に行くつもりだが、もし、帝国に来るときも私を頼ってくれて良いからな。」

 アポリウスはレイムのことが気に入ったようである。

「えっと、すいません。丁重にお断りします!」

 しかしレイムはそうでもないようである。そう言って比呂貴に寄り添った。


「お姉ちゃんによろしくお伝えください! 定期的に遊びに来ますと!」

 アイリスがミカツに言った。ミカツも答える。

「はい。必ずやお伝え致します。アイリス様は女王陛下の妹君です。訪れた際には国をもって皆さんを歓迎します。」

「それではそろそろ行きましょうか?」

 ミソノが言った。帰りは行きと同様にミソノがアイリスをダンの宿まで運んでくれるとのことである。



 行きと同じルートを通り、四日ほどでダンの宿に到着した。

 翌日。


「ふぁあ、おはようお姉ちゃん!」

 アイリスは寝ぼけていた。

「おはようございます。アイリス様。」

 返事をしたのはミソノであった。流石に送ってすぐに帰るというのはせずに一晩ダンの宿で休んでから帰るように比呂貴たちに言われていたのである。そしてファテマの代わりにミソノがアイリスと同じ部屋で就寝していた。人の気配があった分、アイリスは余計に勘違いをしてしまったのであろう。


「!?!?!?

 わあわあ! ミソノさん! 今のは無しで!」

 アイリスはすぐに目を覚まし、顔を赤くしながらジタバタしてミソノに弁明した。ミソノは特に何も言わずに笑顔でいた。

 朝食は以前にミカツ、ミソノから話を聞いたレストランに行った。

 そしてみんなはミソノを見送ったのである。



「そうか。本当にお姉ちゃんがいないんだなあ。」

 アイリスはボソリと呟き、ようやくファテマがいない生活が始まることを実感するのである。ファテマには大きなことを言ったが、実際にその状態が始めると明らかに気持ちが沈んでしまうのであった。

 比呂貴、レイム、ビッツはそんなしょんぼりしたアイリスを見ていたが、こればっかりはどうにもできるわけではない。心配はするが見守るしかなかった。



 暫くみんなはドルクマンにて積極的にクエストをこなしていた。それこそネコ探しからモンスター討伐や護衛まで。

 しかし、比呂貴とレイムはクエストにも飽きてしまい、ダンの宿でゴロゴロとする日の方が多くなった。そんな中でもアイリスは積極的にクエストをこなていた。ファテマのいないことを紛らわすかのように。それでだんたんと数日をドルクマンで過ごし、数日をダンの宿で休むというサイクルになっていった。


 そんな頑張っているアイリスに対し、比呂貴はビッツに協力するように命じていた。大きな火力は無いが、空も飛べ機動力のあるビッツ、そして機動力は無いが、大火力を保持しているアイリス。とても相性が良く名コンビで活躍をしていた。もともとファテマに乗って魔法を使っていたので納得であろう。さらにファテマには無く、ビッツには回復魔法が得意なことがある。ちょっとしたケガであればすぐにビッツが魔法で治してしまうので、それらも含めてとても幅広いクエストをこなすことが可能であった。


 特に公爵が失脚してからは建造物の復旧は進んでいるが、権力闘争が激化していて内政面で混乱が生じている。そんな状態の国を狙って知能の高いモンスターが侵略してくることがある。それをことごとく薙ぎ払っているのがアイリスであった。アイリスとしては自分とファテマがこの事態を起こしている責任も若干ではあるが感じているのである。


 そんなアイリスに対して『ブレイブガーディアン』と呼ぶ声が出てきたのである。それもそのはず、真っ白なドラゴンを使役して褐色の可愛いハーフエルフがモンスターを駆逐していくのである。まさにドルクマンのガーディアンであろう。さらにこの二人、日本で言うところの『映えぇ!』なので守護神としての呼び名もぴったりである。


 しかし、とある事件でその呼び名に変化が訪れる。

 ある日、リザードマン、オーク、ゴブリンが連合を組んで五百程度の大群でドルクマンに進行してきたのである。国王は流石に非常事態宣言を発動して、勅命により兵士や冒険者を多数集めたのである。そこには比呂貴やレイムの姿もあった。


 大森林とドルクマンの正門前には草原が広場のように広がっているが、そこにモンスター連合とドルクマンの兵士と冒険者が対峙していた。ドルクマンの兵士約百名と冒険者が三百名ほど集まっている。数では不利であったがこちらにはドラゴンスレイヤーのロキやその他アイリスなどのゴールドプレートも数人いる。一応、多少の被害が出る可能性はあるがなんとかなるとは思っている。


 まずはアイリスがビッツに乗って先陣を切った。

 アイリスはゴルフボールほどの溶岩ボールをそれこそ数千、いや数万ほど発生させてそれをモンスター連合のところへ一気に落とした。その情景はまさに血の雨が降っているようであった。降り注がれた溶岩ボールはモンスターだけでなく大森林そのものも焼き始める。オークたちはまさにブタの丸焼きで地獄絵図とはこのことであった。


 比較的素早く動けるゴブリンたちは一部逃れていた。しかし、アイリスはそれすらも逃さない。今度は大量の水を発生させてゴブリン達に流し込んだ。そして流されていくゴブリンたちに対してアイリスは冷気を流し込んで一気に凍らせる。しかしそれだけでは終わらない。そのゴブリンも含まれているカチコチに凍った氷に対して重力を掛けていき、木っ端みじんに粉砕したのである。


 それでも逃れたモンスターは流石に放っておいた。

 この間、三十分も経っていない。


 一方で火山の噴火後のように焼けており地獄の光景が、また他方では永久凍土のような極寒の地となっているのであった。


 大虐殺であった。


 これではどちらが進行してきたのかわからない状態であった。比呂貴、レイムを含め、周りにいた四百名は何が起きたかわからずにただポカンと突っ立っていただけなのであった。


 アイリスはその後、律儀に地獄の消火活動に勤しんでいた。しかし、モンスターを一掃したときよりも消火のほうが手こずっていた。そして我に返った比呂貴は消火活動を手伝うことにした。被害があると思っていたが、それはドルクマンではなく大森林の方であった。

 もともとアイリスはモンスター討伐のクエストや護衛のクエストで山賊やモンスターに遭遇した時、圧倒的な火力で薙ぎ払うことが多かった。そして今回の籠城戦というほどでも無かったのであるが、モンスター撃退劇において新たに呼び名が付いたのである。



『ケルベロス』



 天使の皮をまとった悪魔とはまさにこのことでドルクマンの地獄の番犬であった。こうなるともはやアイリスにはドラゴン級でないと倒せないのではないかと噂されることになる。また、強さがそのまま偉さに直結するドルクマンである。公爵はアイリスがやれば良いのではないかという声も挙がるほどであったが、人族が嫌いなアイリスがそんなことやるはずも無い。


 そんな事件もあったりもしたがある日、アイリスとビッツはダンの宿屋に戻って来た。そして比呂貴たちの部屋に行く。

「ただいま。」

「あ、アイリスちゃん! おかえりぃ!」

 そう言ってレイムはアイリスに飛びつきほうずりをする。この頃になるとアイリスは特に華麗にスルーすることも無くレイムに好きにさせていた。

「アイリスちゃんにべたべた出来るのは嬉しいけど、でも張り合いが無くなったというか………。

 以前の雑に扱われるのがちょっと懐かしく思えてきちゃうな。」

 レイムはアイリスにしっかりと抱き着きながらも呟いた。


「まあ、レイムは筋金入りの変態ドMだもんな。」

 比呂貴はゴミを見る目でレイムに言った。

「なっ! 私を雑に扱っていいのはアイリスちゃんだけなんだからね。アイリスちゃんの特権だからね!」

 レイムは弁明する。


 そんなレイムは置いといて比呂貴はアイリスに質問する。

「で、アイリスってば今日はどうしたの? お休み? それともオレたちにヘルプ?」

 アイリスはあたかもレイムがいないかのように淡々と椅子に座って会話を始めるのである。

「えっと、大きなクエストが片付いたからちょっと二、三日ほどお休みしようかと思ってね。

 ああ、でもなんだろう。ドルクマンでのクエストも飽きちゃって来たな。最近はぜんぜんモンスターも襲ってこないし暇なんだよね。なんか張り合いが無いっていうか。

 ブレイブガーディアンって言われていたときはちょっと『ふふん♪』なんて思ってクエスト頑張ってたけど、今は『ケルベロス』なんて呼ばれちゃって失礼しちゃうわ。モチベーションもダダ下がりだわ。」


『いや、あの物量の魔法攻撃を見たら誰だってそうなるよね。』

 比呂貴とビッツは冷や汗を通り越えて脂汗を掻いていた。


「いや、でも今はアイリスが頑張っているからドルクマンが安定しているんじゃん!

 安心して権力闘争していられるのを感じるよ。」

 比呂貴は脂汗そのままでアイリスに言う。

「そそ! それもあるのよ!

 公爵が失脚しちゃった責任もちょっとは感じてたし頑張ってたけど、もういい加減に次の公爵を決めて貰いたいものだわ。そもそもとしてどうして私が人族の国のためにここまでやんなきゃいけないのよ!」


「あああ。アイリスが愚痴をこぼしている。ストレスもMAXじゃん。これはかなり深刻だな………。」

 比呂貴はあたふたと心配する。

「あ~あ、どこか遠くへ旅に出かけたい気分だわ………。

 そうだ! みんなでどっかにいかない?」

 アイリスが唐突にみんなに向かって提案した。



「その旅にはもちろん儂も連れて行ってくれるんじゃろうな?」



 懐かしい声が扉の向こうから聞こえた。そして扉が開き、フワッフワのケモミミ。モフッモフの尻尾の可愛らしい少女が部屋に入ってきたのである。


「お姉ちゃん!?」

「ファテマちゃん!?」

 アイリスとレイムは口を揃えて叫んだ。


「よう! 久しぶりじゃな!」

 ファテマがにっこりひまわりのような笑顔で挨拶をする。


「ちょっとレイム! いつまでくっついているのよ。邪魔よ!」

 そう言ってアイリスはレイムを壁に投げつけて、そしてファテマに駆け寄りそしてギュッと抱きしめるのである。

「ファッ! 久しぶりのこの扱い!」

 壁にぶつかっているレイムは謎に興奮していたが、その後、ファテマに駆け寄り同じくギュッと抱き着くのである。


「痛い、痛いわ! もっと優しくせんか!」

 もみくちゃにされるファテマは言った。しかし満面の笑みである。


「ってか、お姉ちゃんどうしてここに? あれ? もしかして幽霊とか?」

 アイリスは引き続きファテマをもみくちゃにしながら言った。

「これこれ、儂を勝手に殺すでない。ちゃんと生きておるわ!

 儂は女王になるとは言ったが、別にみんなとの旅を辞めるとは一言も言ってはおらぬぞ!」

 ニヤリとドヤッとするファテマである。


「えええ! そんなドヤ顔でキメてるけどファテマさん! ユニコーンの国でオレのところへ来た時は顔面蒼白だったじゃん!」

 比呂貴もニヤニヤとしながらみんなに言う。

「ちょっ! ロキ。それを今バラすでないわ!」

 もみくちゃにされながらもファテマが答えるのであった。


「というわけで、オレがネタバレということで後日談を始めましょうかね!」

 そう言って比呂貴は事の顛末を話してくれた。


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