第3話 壁という壁

坂田は春季キャンプで正式に捕手挑戦を認めてもらえたのだが、ここからが問題であった。


それは、守備連携や、打者との対戦経験がないことなどではなく、あれほど練習してきたキャッチングであった。


キャッチングというのは投手が投げた球をただ捕れば良いというものではない。

それだけで良いなら壁のが絶対後ろに逸らさない分優秀なのだ。


フレーミング、ミットずらしと呼ばれるストライクゾーンに球が入ってるように見せる捕り方が必要であるし、捕球してから速やかに送球できるような捕球の仕方も盗塁を指すには必要だ。そういった技術の基礎は教わっており練習もしてきたが、シーズン開始が近づいてきた投手がこれまでより実践的な投球をするようになった結果技術が追いつかなくなったのだ。


そして何より捕球した時に良い音が鳴らせないのだ。

これは自分が投手だったからこそ強く重要視している要素であった。自分の投げた球を受けたミットから「パシッ」と音が鳴ると自分の投げた球が走ってるな、いけるなという感じがしてくるのだ。


マウンドに上がった投手は結局のところ一人で打者に向かっていかねばならない。バックを守る野手たちもまずは投手が投球を開始しないとサポートしてやることもできない。

だからこそ思い切りよく腕を振れるかどうかにメンタル面は重要だ。


ミットの音はどれほど自分を勇気づけてくれただろうか。

対して自分はどうだ?

こんなんじゃあダメだ。

投手を勇気づけたらできない。


なぜ捕手を希望したか。一重に自分がこれまで捕手に勇気付けられてきたからなのだ。

今度は自分が勇気づける立場になりたい。そのためにこれまで練習をしてきたはずだった。


こんなんじゃあ壁に向かって投げてる方がよっぽど投手の練習になるじゃないか。


練習はしたい。でも投手に申し訳なくて球を受けさせてくれと言えない。そんな気持ちでいっぱいだった。


そんな時だった。

「坂田さん! 僕の球受けてくださいよ!」

声をかけてきたのは今年の高卒新人の島袋だった。

島袋は自分と同じ左腕でドラフト3位で指名を受け入団してきた。最初の挨拶の時にやたら声がでかかったのを覚えている。


「同じ左碗として坂田さんに憧れてたんすよ! まさかキャッチャーなってるとは思いませんでしたが、是非僕の球見てくださいよ!」


言葉遣いは気を使っているようではあるが隠しきれない強引さに戸惑いつつも坂田は島袋の球をもっぱらうけるようになる。


球速はせいぜい145kmほど、高卒左腕として考えれば十分早いが坂田ほどではなく、コントロールも大雑把。ただ、持ち玉のスライダーとチェンジアップは自分にはなかったキレ味である。


彼の程よく暴れる球を必死に受けるにつれ失いかけていた自身を坂田は取り戻していくのであった。


そしていよいよ2軍練習試合、先発島袋、捕手坂田のバッテリーがデビューすることになるのだった。


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