第2話 チャンスを掴むしかないだろ

思いもよらない捕手希望を述べた後首脳陣との相談を経てとりあえず2軍春季キャンプの1週目に捕手としてのテストを受けることとなった。そこで適性なしとなれば諦めて外野手一本での勝負となる。


そうと決まればやることはひたすら練習で…

とはいえどうすれば?


そこで思いついたのが、長い2軍生活で、長らくブルペン捕手をしてくれていた山瀬さん。リハビリで困ったことがあればいつでも頼れと言ってくれていたはずだ。

まさかキャッチャーやりたいから教えてくれなんて頼まれるとは思ってもみなかっただろうが…


山瀬さんは最初戸惑いつつも坂田の真剣な様子に「わかった。頼れった言ったのは俺だし、とりあえず練習付き合ってやるよ。道具とかもとりあえず貸してやるからまずは基本からやってくか」と、オフの間もつきっきりで面倒を見てくれることになった。


坂田の生来の自己主張の弱さは今回はうまく働いた。捕手をやることだけは譲らないものの技術的なことは全て素直に指導に従った結果、乾いたスポンジが水を吸うように技術を教わっていった。

始めはそれこそピッチングマシーンの球を受けるようなところであったが、しだいに投手陣の球を受けさせてもらえるようになっていき、だんだんとバッテリーコーチからもちょっとしたアドバイスをもらえるようになっていった。


本人は黙々と練習を積んでいる一方で周りは次第に騒がしくなっていく。

甲子園を沸かしたスターが怪我を理由に育成契約に落ちたという打ってつけの題材に取材に来た記者達が目撃するのはあろうことかブルペンではなくその先、マスクをかぶって球を受けているではないか。

各社面白おかしくそれを報じ、特にバッテリーコーチには幾度となく坂田について質問がなされた。対してコーチはコーチで坂田の熱心さとその驚異的成長速度から期待を向けつつあったので、取材に対する回答も好意的になる。

野球は結局のところ興行であるためこのように話題となった結果、首脳陣の方でもキャンプでのテストのハードルは低くすることになっていく。


一方坂田は、そんな周りのノイズは気にもとめずテストに向けてひたすらに練習を積むのであった。


坂田は親に勧められて野球を始めて最初に感じたやりがい、それと同じ、いやそれ以上のものを感じながらのめり込んだ。

日中のトレーニングの後は配球の勉強や捕手のプレーを動画で学んでいく。

はじめは山瀬につきっきりで教わっていたが今では自分から自分に足りないと思う練習を空いている人を見つけては練習に協力してもらって行っていく。

自分から人に声をかけるような性格では決してなかったはずの自分が、捕手をやりたい、その思いひとつでここまで変われるのかと、自分でも驚きながらあっという間に時は過ぎていった。


そして迎えた2軍春季キャンプ拍子抜けするほどあっさり合格を告げられた坂田は捕手としての道を歩み始めるのだった。

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