第10話
その日の帰り道、コンビニ弁当が続いていたこともあって僕は近所のスーパーにやってきた。
夕食前ということもあり、店内は非常に混雑していた。
「すごい人だ……」
僕の目には、家事力溢れる歴戦の主婦たちが激戦を繰り広げているように見える。
家事スキルの低い僕にはこの戦場は早すぎたのではないか、なんて気おされてしまう。
というか、弁当一つ買うのに何を考えているんだ僕は?
冷静になった僕は人混みを避けながら惣菜コーナーを目指す。
しかし、たどり着いたそこは死屍累々、どころか焼け野原というありさまだった。
ぜ、全滅じゃないか。
そこに並んでいるはずの弁当の姿はどこにも無かった。
このスーパーの惣菜はクオリティも高く人気だ。必然、売り切れるスピードも速い。
生き残りの弁当を求め、僕は視線を右に左にと向ける。
「あっ!」
そして、ただ一つの生き残りを見つけた僕は手を伸ばし確保した。
希望に胸を躍らせながら、手にした弁当のラベルを読み上げる。
「焼きサバ弁当……」
しかし、それは僕の求めていた動物性たんぱく質と植物油に茶色の衣を纏った主役の姿はない。
健康志向の塊のようなラインナップの並ぶ焼きサバ弁当は、育ち盛りでタッパのある僕にはかなり物足りなさを感じさせる。
店舗の裏で働いているであろう調理人の皆様には申し訳ないけど、このがっかり感は誤魔化しようがない。
仕方ないので、他のお惣菜をと目を向けるがそこにも揚げ物類はほぼほぼ売り切れている。
「こっちも……」
がっくりと肩を落とした僕は、冷凍食品にすがることを思いついた。
さっそく冷凍食品コーナーへ向かおうと顔を上げると、視界の先の商品棚の向こうに金色に輝く髪が動いていたのを見つけた。
もしかして――。
僕の頭に、輝くような金色の髪を持つお隣さんの姿が思い浮かぶ。
彼女の晴れやかな笑顔をが頭から離れない僕は、淡い期待を抱きながらその人影を追って商品棚の角を曲がった。
ハルさん!
心の中でそう叫ぶ僕の目に映ったのは、しかしハルさんでは無かった。
――じゃないよねうん、わかってた。
残念ながら金髪の持ち主は、同じ高校の制服ではあるがそれは男子生徒のモノであり、肝心の金髪も短く。そしてその色も輝くようなハルさんのそれと違いくすんだ色をしていた。
またまたがっくりと肩を落とした僕は、さっさと帰ろうと思いレジに向かおうとする。
しかし、その金髪の男子生徒が意外な行動に出たのが見えた。
あれ、精肉コーナーだよね?
その金髪の男子生徒は精肉コーナーに並んでいる肉のパックを両手に持って見比べている。
それは、他の主婦たちが今日の晩御飯の食材を吟味している姿そのものであった。
あの人、もしかして……。
僕がその姿を眺めていると、その男子生徒は肉のパックを自分の買い物かごに入れた。
そして、そのまま野菜コーナーへ移動するのが見える。
興味を惹かれた僕は彼の後を離れて追いかけた。
スーパーのこっちの方ってあんまり来ることないんだよなぁ。
様々な生野菜の置かれている一角は、料理などしない僕には縁のない場所であり、見慣れないその場所は僕の目に新鮮に映った。
金髪の彼は、立ち止るとそこに並べられていた野菜の一つを手に取って何やら考え込んでいる。
キャベツとレタスの区別がなんとか判る程度の知識しかない僕には、彼の手に取った野菜が何なのかさっぱり分からない。
そして、僕の目に映る彼の横顔は真剣そのもので、その整った容姿も相まってどことなく雰囲気があり、男の僕から見てもその姿は格好良かった。
結局、彼は手にしたそれを置いて他の野菜をカゴに入れると調味料コーナーへ向かいオリーブオイルなどをカゴへ放り込む。
やはり、イケメンはオリーブオイルなのか?
彼の去った後の商品棚を眺めながらそんな事を考えていたら、いつの間にかその彼の姿を見失っていた。
さっきの人、料理するんだな。
彼の食材を選ぶ目は真剣だった。そして、買い物メモなど見ずに次々と食材を選択している姿からそれがただのお使いでは無い事が察せられる。
となると、やはり彼自身が料理をするのだろう。
僕は、同じ高校に通う学生。それも男子生徒が自炊をしているという事実を目の前にして少し感じるモノがあった。
料理、か。
僕は自分の母親が台所に立つ姿を想像する。
毎日、僕たちのために手料理を作ってくれた母。それを当たり前のように食べていた自分。
母の料理はおいしかった。
あんな料理を僕も作れるのだろうか?
それは、おいしいと言ってもらえるだろうか?
そう自分に問いかける僕の頭に、彼女の笑顔が浮かんできた。
おいしそうに、嬉しそうに、晴れやかな笑顔を浮かべるハルさんの姿。
もし、僕の作った料理をハルさんに食べてもらって、おいしいって言ってもらえたら……。
そんな事を考えながらレジへと向かって歩くと、その途中で雑誌のコーナーに通りかかった。
そこには、漫画雑誌やファッション誌と共に料理本が並んでいる。
僕はその中の一冊を手に取って表紙を眺めた。
そこには、料理初心者必見などという煽りが書かれている。
「…………」
しかし、僕はそれを棚に戻して真っ直ぐレジへと進む。
会計を済ませてスーパーの外に出る。
外はすっかり夕焼けに染まっていて、どことなく物悲しさと帰りを急ぐ様な気持ちが沸いて来る。
スーパーのレジ袋を片手に持った僕は真っ直ぐと帰路に着く。
人通りの少ない住宅街に入ったところで、空いた片手でスマホを操作する。
検索画面を開きキーワードを入力、そして表示された画面に書かれた言葉を呟いた。
「初心者はまずカレーから」
僕はカレーを食べる彼女の姿を想像すると、心に決める。
料理、挑戦してみるかな。
どことなく、晴れやかな気持ちの僕は足取り軽く自宅への道を進んだ。
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