第9話
翌日。
今日から本格的に授業が始まり、学校も半日で終わる事も無くなった。
つまり、それは昼休みが発生するということであり、必然的に昼食を食べる必要が出てくる。
うちの学校の学食は“早くて安くて美味い”と評判らしいが今日のところは購買でパンを買うことにした。
ハルさんを誘おうかと思ったけど、昼休みの開始と共にいつの間にか姿を消していた。
仕方ないので僕は一人で向かうことにした。
だが、購買部はまさに戦場ともいえる有様だった。
群がる学生たちは人の波となって力尽きた者から飲み込んでいる。
「帰るか」
なんて口に出しては見たが、このままおめおめと引き下がって空腹のまま午後を迎える訳にはいかない。
意を決した僕はこの体を荒波になげうった。
「すみません、通ります」
高身長なのが幸いして人波の隙間を確認しながら先へ進む。
何とか奥へたどり着いた僕は、リーチの長さを活かして目ぼしいパンをつかみ取り会計を済ます。
やはり、いざというとき頼りになるのは体と言う資本だ。
自由経済の弊害とも言うべき購買戦争を勝利するには、何よりも体が重要なのだと身をもって理解する。
「……しかし、なんというありさまなんだ」
僕は、パンを求めて争う彼らの姿を見てしみじみと思う。
やはり、空腹は人を狂わせる。食べ物の恨みは恐ろしいと言うことか。
パンを求める民衆の声が、やがて革命につながるのは歴史が示すところだ。
などと馬鹿なことを考えながら僕は戦利品を抱えて教室へ向かう。
すると、途中で大きめの紙袋を抱えた人影を見つけた。
「ハルさん……なんですそれ?」
思わず声をかけた僕に、ハルさんは少し恥ずかしそうに答える。
「あはは、購買で買ったパン」
僕は、自分の片手の紙袋とハルさんの抱える紙袋のサイズの違いをじっくりと確認する。
すると、ハルさんは慌てて口を開く。
「いつもはこんなに食べないよ! 今日はちょっと――」
言い終わる前に、聞き覚えのあるお腹の鳴る音が耳に届く。
僕は、固まってしまったハルさんの代わりに言う。
「お腹が空いているんですね」
「……うん」
すると、俯いたハルさんが紙袋に片手を突っ込んでパンを一つ取り出す。
口で器用に袋を破くと中のパンを頬張った。
「え、ここで食べるんですか!?」
あまりの事態に少し遅れて反応する、
「うん」
「さっきまで恥ずかしそうにしていたのに!」
「もういっかなって」
「切り替えが早いですね」
あっという間に半分食べきったハルさんに僕は苦笑しながら言う。
「教室まで待てないにしても、どこか座って食べませんか?」
「じゃ、中庭いこ」
そう言うとハルさんは速足で歩きだした。
僕は、よっぽど早く食べたいんだなと思い急いでその後を追いかける。
中庭は日当たりも風通しも良く、解放感があるのでそれほど混雑しているように感じない。昼食を摂るには絶好の場所だった。
芝生の上に腰を落ち着けた僕たちはそれぞれ紙袋からパンを取り出す。
「そーくんまた焼きそばパンだね」
「先日は食べられなかったので」
ハルさんに朝食用の焼きそばパンを食べられた時の事を思い出す。
すると、ハルさんは少し申し訳なさそうに言う。
「あの時はゴメンね」
「いえ、攻めているわけではありません。それに、あんなにおいしそうに食べてもらったのでむしろ本望です」
僕がそう言うと、ハルさんは恥ずかしそうに顔を背ける。
「ま、それはいいですから食べましょう」
「うん。いただきます」
僕たちは同時にパンにかじりついた。
ソースの香りが鼻を抜け、しっとりとしたパンが口に広がる。
コンビニで買うそれよりも別物のようにおいしかった。
僕はふと隣のハルさんに視線を向ける。
ハルさんは、やはりとても幸せそうにパンを噛みしめていた。
その姿を見て、僕はもう一度焼きそばパンを口に運ぶ。
二度目のそれは一度目以上においしく感じられた。
「おいしいですね」
僕がそう言うと、ハルさんは僕の目を見ながら満面の笑みを浮かべて答えた。
「とってもおいひい」
それは、口に出さずとも伝わって来る。
ハルさんは、とても幸せそうにパンを頬張っていた。
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