第8話
今日は授業らしい授業は無い。
学生生活の注意事項、学校行事の説明、そしてクラス委員の選出などを終えると、昼を越えることなく放課後になる。
「そーくん、委員会とか何も入らなかったね」
隣の席のハルさんが椅子ごと僕の席に寄ってきながら言う。
僕は配られたプリントを眺めながら答える。
「結構大変そうですからね。あんまり気乗りしません」
「あはは、あーしと一緒」
ハルさんは僕の机に肘を付きながら僕の顔を見上げている。
前かがみになったハルさんの姿は、着崩した制服も相まって直視するのが憚られる。
「部活とかは? なんもしないの?」
「そうですねぇ。中学の時も何もしていませんでしたし」
「だったら、何か新しいことに挑戦してみたら?」
ハルさんにそう言われ、僕は机に仕舞っていた入学案内の冊子を開く。
部活紹介のページにはそれぞれの部活所属者が書いた説明文が載っている。
「うーん。あんまり興味を惹かれませんね」
運動系の部活のページを眺めるが、僕の心を動かす名文は見当たらない。
すると、ハルさんが身を乗り出して冊子を覗き込もうとするので僕は机の上にそれを広げた。
「うわー、読んでるだけでも暑苦しいし」
「武道系は仕方ないですね。でも、サッカーとかテニスはどうですか?」
「そっちはチャラさが透けて見える」
「手厳しいですね」
ハルさんと一緒に部活紹介を眺めていると――。
「部活、入るの?」
相変わらずの無表情のみぞれが話しかけてくる。
「あまみーは部活やんないの?」
ハルさんがそう聞くと、みぞれは淡々と答える。
「新聞部、明日入部届出す」
「へー、新聞部とかあるんだ!」
僕は、カメラ片手に取材対象を無表情で追いかけまわすみぞれの姿を想像する。
それは、ジャーナリストの取材と言うよりもターミネーターの追跡行動と言う方が正しいのかも知れない。
「ハルさんはどこか入りたいところは無いんですか?」
「あーしはねぇ……」
僕がそう尋ねると、ハルさんは難しい顔をして考え込む。
その姿を僕とみぞれが見守ると、何か思いついたのかハルさんは晴れやかな笑顔で言い放つ。
「お菓子食べながらひたすら駄弁るだけの部活とか」
「あるわけないじゃないですか」
僕が即座にそう言うと、ハルさんが不満そうな顔をする。
「えー、探せばあるかもだし」
「みぞれさん、そんな部活あるの?」
「あるわけないでしょ」
僕たち二人から否定されたハルさんはなおも諦める素振りを見せない。
再び、なにか思いついたのか堂々と胸を張って言う。
「無ければ作ればいいじゃん!」
パンがなければケーキを食べればいいじゃない理論だ。
今は関係ないけどマリー・アントワネットには同情する。
「みぞれ先生、いかがですか?」
僕がそう尋ねると、みぞれは口元に手を当てながら淡々と答える。
「まず、うちの学校の部活動は生徒会からの認可が必要」
生徒会、という言葉を聞いて僕は入学式で見た生徒会長を思い出す。
二年の女生徒ながら、教師よりも堂々としたその姿は凛としていて格好良かった。
「認可自体は一人だけの部活でも許可された実績がある。けど、活動内容がはっきりしているか明確な実績がないとダメ。あと、部費の申請も活動実績を生徒会に報告しないといけない」
真剣な表情でみぞれの話に耳を傾けるハルさんを見て、彼女が僕の思っていたよりも真面目に部活の事を考えていたのだと思い知らされる。
そして、ハルさんがゆっくりと口を開いて言い放つ。
「なんか、めっちゃめんどそう」
僕は前言を撤回する。
ハルさんは僕の想像の範疇にいた。
「というか、入学翌日に良くそれだけ調べたな」
「気になったから」
僕は、みぞれの病的なまでの知識欲に素直に感心する。
みぞれのこの癖というか、ほとんど性癖に近いそれは結構役にたつ。
「じゃ、アタシは帰る」
一通り喋って満足したのかみぞれはそのまま教室を後にしてしまった。
残された僕たちは再び冊子に視線を移すが、やはりこれと言った部活は無い。
「僕たちも帰りますか」
「だね」
荷物をカバンに積めて立ち上がる。
すると、ハルさんがにこやかに笑いながら提案する。
「ね、帰りどっか寄ってかない? 昨日のお礼になんか奢るよ」
「いいですね、行きましょうか」
僕にハルさんのお誘いを断る理由は無かった。
僕たちは足取り軽く教室を後にする。
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