第6話
昼食を食べ終えた僕たちは途中まで一緒に帰ることになった。
道中、自然とそれぞれの家庭事情についてが話題となる。
「え、そーくん一人暮らしなんだ!」
僕の隣を歩くハルさんが驚いた顔をしながら僕を見上げる。
「はい、父が人生経験だとか言いだして家から追い出されました」
「追い出されたって、うけるー」
ホント、僕も最初は冗談だと思った。
進学する高校を決めたことを父に報告した時、一人暮らしをしろと言われたけどまさか本気だとは。
「ですので、今はマンションで悠々自適な生活です」
「ふーん。楽しそうだね」
確かに、誰にも気を遣わなくていいというのは楽だ。
「ですが、掃除に洗濯とやることは多いです」
「あー、そうだよね。大変だよね」
桂川さんは同意するように深く頷いた。
「ですから、手を抜けるとこは抜いています」
そう言って、僕は手に持ったレジ袋に視線を向けた。
中には先ほど食べた弁当のゴミが入っている。
「料理って大変だもんね」
「そうですね。コンビニとスーパーに感謝です」
「あはは、あーしもお世話になってるし」
そう言って微笑むハルさんにつられて僕も笑った。
「ところで、実家はどこ? ここから遠いの?」
「実は全然そんなことないんですよね。学校も通おうと思えば家から通えます」
「なのにわざわざ一人暮らしなんだー」
「はい、わざわざマンションを借りています」
そう考えると、父親の経済力がどれくらいの事なのか実感できる。
そもそも、コンビニでご飯を買う事が日常化しても困らないくらいの生活費も振り込まれていることも、よく考えればすごい。
「バイトとかは? しろって言われてない?」
「そうですね。父からは高校生の間は勉強とか学校の活動に集中しろと言われています」
「一人暮らしはさせてるのに?」
「基準がよく分かりませんよね」
放任主義であり、過保護でもある。
ともかく、僕が学校の成績を一定以上保っている限り、父親からはそれ以上の干渉はされない約束だ。
「そこそこに勉強しつつ、一人の生活を楽しんでいます」
僕がそう言うと、ハルさんがにんまりと笑いながら言う。
「実は、あーしもそーくんと一緒」
「え、ハルさんも一人暮らしですか?」
なんとなく、僕の話に同意する時に実感がこもっていると思っていたが、まさか同じとは思わなかった。
しかし、続くハルさんの言葉に僕が思っている以上に同じ境遇であることがわかる。
「あーしも、実家を離れてマンションなんだ」
「――そこも、一緒なんですね」
衝撃で一瞬反応が遅れてしまう。
「ママが言うには人生経験だって」
「ああ、そちらはお母さんなんですね」
「だから、あーしも家から追い出された」
「うけるー」
先ほどのハルさんの真似をしてみせると、ハルさんはちゃんと笑ってくれた。
「ま、楽しくやってるからいいんだけど。家に帰ると一人きりって時々寂しくない?」
「僕は、一人でいるのは割と好きな方ですから」
「あーしはこうやって誰かと一緒にいる方が好きだなー」
ハルさんのその言葉は僕を喜ばせるには十分だった。
何気ない会話だけど、ハルさんはそれを楽しんでくれている。
「掃除も洗濯もめんどーだし。そーくん、あーしのも一緒にやってくれなーい?」
「はは、そのためだけにハルさんのお家まで伺うのは大変ですね」
僕とハルさん、それぞれが住むマンションがどれくらい離れているのは分からないけど、たとえマンションが隣り合っていても、毎日往復するのは大変だと思う。
ちなみに、洗濯という単語からハルさんの身に着けている衣類を一瞬のうちに想像したことは何としても表情に出すわけにはいかないので、必死に顔の筋肉を抑え込んでいる。
「そういえば、ハルさんの帰り道はこちらなんですよね」
「そだよ。そーくんもこっちなんだね」
「奇遇ですね」
「偶然だね」
途中まで、という話で僕たちは帰り道を一緒に歩いていたが、一向に別れる気配がない。
そして、そうこうしているうちに僕の住むマンションの前まで来ていた。
「ハルさん、僕はここでお別れです」
「あ、そうなんだ」
「では、また学校で」
「うん、ばいばい!」
そう言うとハルさん立ち止って晴れやかな笑顔で手を振ってくれるので、僕も立ち止って手を振り返す。
「――――」
その状態が数秒続いたところで、僕たちは同時に不思議な顔をする。
「ハルさん、帰らないんですか?」
「そーくんも、お別れじゃないの?」
僕たちは同時に首をひねる。
そして、僕たちは同時にその口を開く。
「僕のマンション」
「あーしのマンション」
「「ここ」」
そしてお互いが指を指して方向に顔を向ける。
それは同じマンションを指示していた。
「奇遇ですね」
「偶然だね」
そして、僕たちは同時に笑い出した。
「え、マジヤバ。そーくんと同じマンションじゃん!」
「あはは、まさかマンションまで同じとは思いませんでしたよ」
ひとしきり笑った後、僕たちはマンションのエントランスへ入った。
エレベーターのボタンを押して到着を待つ。
「えー、ヤバ。ご近所さんだし」
「ええ、よろしくお願いしますね」
改めて挨拶を交わすと、到着したエレベーターに一緒に乗る。
そして、僕は自分の住む階のボタンを押してからハルさんに尋ねる。
「ハルさんは何階ですか?」
「7階だよ」
僕はそれを聞いて体の動きが止まった。
そして、頭の回転も停止している。
「そーくん? どしたの?」
不思議そうに僕を見るハルさんの声で僕はようやく動き出す。
「いえ、なんでも……ないようなあるような」
「ん?」
僕は、とりあえずエレベーターを閉めると、あとは成り行きに身を任せることにした。
エレベーターは程なくして7階に到着し、扉が開くとハルさんがエレベーターを降りる。
僕は、開ボタンを押したままエレベーター内で待つ。
「じゃ、今度こそバイバイ!」
そう言って手を振るハルさんに、僕は真剣な表情で言う。
「ハルさん、実はバイバイじゃないんです」
そう言いながら僕がエレベーターを降りるとハルさんの動きが止まる。
しばらく沈黙が流れた後、ハルさんが言う。
「……偶然だね」
「……奇遇ですね」
僕は、ここまで来るととある可能性について考えていた。
しかし、ただの想像に過ぎない。
なにも、確定する情報は無い。
けど、なぜか確信に近いモノを感じている。
「あは、同じ階なのに全然気が付かなかった!」
「ええ、僕もです」
そう言いながら僕たちは自分の部屋の前まで歩く。
僕が先に立ち止ると、ハルさんが数歩歩いて扉の前に立ち止った。
振り返って僕を見るハルさんの顔は、笑いをこらえるのに必死だった。
「マジで?」
「マジですね」
連番の部屋番号、隣に並ぶ入り口の扉の前で僕たちはお互いの顔を見ながら言う。
「お隣さんだね」
「お隣さんですね」
そう言いながら、僕は思う。
ハルさんがお隣さんで良かった。
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