4、霊視
午後9時。
問題の電話ボックスにて岳戸由宇は霊視を行った。
まずカーブになった歩道をゆっくり歩き、少し離れた所から視る。
国道は車のライトがビュンビュン行き交っている。タイヤとエンジンの音が外の波の音をすっかりかき消すほどだ。
車のライトは黄色く岳戸を照らしていく。
その画が欲しくて茂田カメラマンは車道を渡ったガードレールの外から、足下に黒い海を見下ろす位置で、カメラを構えている。
カメラマンが戻ってきて、岳戸は電話ボックスに近づいて、手のひらを向け、目を閉じた。斜め下を向いて神経を集中させている顔をカメラは撮す。
手のひらで霊波を探っていた岳戸が目を開き、こちら、カメラの後ろを見て、言った。カメラにはバストアップの岳戸ととなりの電話ボックスがきれいに収まっている。
「確かに霊波を感じるわ。でもこれは過去のもので、その本体、霊魂は、今はここにはいないわ」
カメラの後ろから等々力が深刻な声で問う。
「霊は電話ボックスに取り憑いているのではなく、この辺りをさまよっている、ということですか?」
「そうよ」
岳戸は厳かに頷いて言う。
「微弱ではあるけれど、彼女の強い思いが感じられるわ。
何かを訴えてくる、
人に何かを知ってほしいと願う強い思いが感じられるわね。
彼女は、わたしに、その何かを訴えてきているわ」
岳戸は幽霊を自分の方へ引っぱる。
「その女性の霊は先生の存在を察知しているということですか?」
「ええ、そうね。わたしの強い霊力を、向こうも感じ取ったのね。でも、この微弱な霊波を、わたしだから、捉えることが出来たのよ。向こうもわたしの存在を感じながら、わたしがどこにいるか、まだ分かってはいないようね。でもここは彼女のテリトリーだから、いずれはここにやってきて、わたしを見つけるわ」
「彼女は、今夜、ここに現れるでしょうか?」
「ええ。必ず、現れる」
「そうですか。それでは心して待つことにします。
ところで先生、
その女性はどういう人か、今の段階で何か分かりますか?」
「そうね、ちょっと待って」
岳戸はカメラの方を向いたまま目を閉じ、顎を反らせて上向き、唇を軽く開け、何か小さくつぶやいた。
目を開くと、顔を元に戻した。
「水……。
全身、頭から足まで、びっしょり濡れているわ。
20代の若い女性の波動を感じるわ。
ひどくヒステリックで、相当強い恨みを持っているようね。放っておけば悪霊になるのは時間の問題ね」
「そうですか。それは恐ろしいですね。我々も十分気を付けることにします。では先生、ひとまずありがとうございました。女性の霊が近づいてくる気配がしましたら、お教えください」
「ええ。分かったわ」
「はい、じゃあいったんカット。岳戸先生、ありがとうございました。後ほどまたお願いします」
社長がオーケーを出して岳戸は頷くと
「加納!」
とマネージャーを呼びつけた。加納は急いで岳戸の肩にボア付きジャンパーを羽織らせた。夜になって寒くなってきた。止せばいいのに岳戸は半袖から腕を露出させて、代わりに肘上までの紫色の手袋をはめている。カメラに向かってのしゃべり方もそうだが、岳戸は世間に向けて自分を若くてセクシーに見せるよう腐心している。
岳戸は加納を従えて、レストラン駐車場に上っていった。レストランは灯りが消え、戻ってきた車3台は、こっそり駐車場に止めさせてもらった。岳戸はリング2号に向かった。
「じゃ後は2時ってことになりますかねえ?」
高谷が訊くと社長は
「先生次第だな。俺たちは前回同様ブラックベースにこもって定点観察だ」
と言った。さすがプロで、いったん撮影が始まると先ほどまでのお茶らけた雰囲気は消えて、何事も見逃さぬよう真剣な目を常に周囲に配っている。
「了解」
高谷も自分の仕事にかかった。柳井は茂田カメラマンの助手に付いているので柄田と万條と連携して今一度3台の定点カメラの映像と音声のチェックをした。
3台のカメラは、1台は歩道を海水浴場へ100メートルほど下った所から歩道と樹木の隙間から覗き見える電話ボックスを撮し、1台は国道を斜めに渡ったガードレールの外から電話ボックスを撮し、1台は枝道を渡った斜めの位置から電話ボックスを撮している。
枝道の1台は有線で、100メートル離れた国道の1台は無線で、ブラックベースの後部収納庫に設置してあるモニターで生でチェックしている。国道を渡った1台は今はチェックできず、撮影したビデオを後で見直すしかない。
茂田カメラマンも駐車場で待機で、柳井といっしょにこれまで撮影したビデオのチェックをしている。
時間が過ぎていく。
モニターは2人ずつ組で常に目を離さずに見続け、1時間ずつで次の組と交代する。何も変化のないモニターに集中し続けるのはかなり精神力を消耗する。この仕事は待つことが4分の3を占める。
モニターに映る国道の様子は、10時を過ぎ、11時に近くなるとめっきり交通量が減り、時折大型トラックが2台3台続けて走っていき、乗用車はぽつぽつまばらに走っていくだけになった。
モニターは夜間撮影用の白黒画面だ。歩道のモニターは東京方面へ向かう対向車が走ってくるとライトで半分以上真っ白になってしまう。枝道を行き来する車は滅多にない。
0時を過ぎた。
国道の交通は更に減り、車中もかなり冷えてきた。
雰囲気は十分だ。
さあ、
いつでも現れろ、
と、モニターを見つめる高谷は気合いを入れて集中力を高めた。
1台のセダンが国道から枝道に入った。枝道のカメラを過ぎ、この駐車場の前を通り過ぎっていくはずだったが…………
モニターに、ぬっと覗き込む男の顔が現れた。
社長がチッと舌打ちし、
「俺、行って来ますよ」
と高谷はモニターを任せて外へ出た。
道へ出ると、シルバーっぽいセダンが止まり、男が2人、三脚のカメラを見て立っている。
「すみませーん」
高谷は声を掛けて走った。
「すみません、これ、テレビの取材中なんですよ。すみませんが、そっとしておいてくれませんか?」
変な連中に捕まってしまうとやっかいなのだが、
「あん? テレビ? そうなんだ? いや俺たち警察の取り締まりかと思ってさ。それにしちゃお巡りがいないからなんだろうと思ってさ」
坊主頭で愛嬌のあるあんちゃんがもう一人の角刈りと顔を見合わせて笑った。チープで派手な服装からしてナンパの帰りで、どうやら今夜は空振りだったらしい。
「すみませんね、お願いしますよ」
見た目に依らず良識的な相手らしく、高谷はほっとしながら頭を下げた。
しかし相手は「テレビ」に興味を示した。
「何撮ってんの? あっちのもそうでしょ? 狸かなんか?」
次回のナンパのネタにでもしようというのだろう、悪気はないが速やかに立ち去ってくれる様子でもない。
「いや実は、幽霊が出るっていうんでね、張ってるんですよ」
高谷はいっそ訊いてみた。
「電話ボックスに出るずぶ濡れの女の幽霊なんだけど、知りませんか?」
「おお、知ってる知ってる!」
男たちは喜んで手を打って盛り上がった。
「あっ、いや、でも、あれってさ」
なあ?と二人顔を見合わせ、高谷は嫌あ~な予感がした。
坊主頭が言った。
「あの話ってここじゃないよ」
「えっ、」
と一応驚きながら高谷は訊いた。
「ここじゃないんですか? どこなんです?」
「どこって言うかさ、」
角刈りが言った。
「もうねえよ。あっち行くとさ、もう1軒レストランがあったんだよ。そこにやっぱり公衆電話があったんだけど、レストランが潰れて、電話も撤去しちゃったぜ? もう、2年も経つぜ? なあ?」
「うん。そうだよ」
高谷は思った、
あっちの潰れたもう1軒のレストラン。
来るときに間違って入りそうになった所だ。
なるほどね、そういうオチか。
「あっ、レストランといやあさ、ここ、食べた? すんげえ!、不味いんだよね?」
坊主頭は余計なことを言って角刈りとぎゃはははと笑った。
知ってるよ、と高谷は心の中で毒づいた。
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